蜂のこと その30

●蜂と共に暮らすとは

もし、58歳ぐらいまで生きていたとしたら、わたしはどんな暮らし方を選んでいるんだろう。
蜂のことを書いてきてみつばちを見る目が少しだけ育ったように思う。何がわかったとか、何ができるようになったということではまるでないけれど、もしこういう風なことになったら何を探せばいいかという方法とか、質問できる人とかそういうことがいつでも自分の周りに存在してくれているから。
なぜ58歳なんていう中途半端な年齢を選んだのかといえば、Max Westbyが今その歳だからだ。人として、養蜂家として今とても信頼し尊敬できる人物のひとりだ。大学の教鞭職をリタイヤしてから、フランスのバーガンディー地方へ移り住み、エコロジカルな「食・住」を実践していてミツバチを飼い、ブリキの彫刻家としても第二の人生をはじめているこの人のことを書きたくなった。
バーガンディーはフランスの東部に位置しワインの産地でもある。Maxはもともと神経科学が専門で、長い間ナマズの研究などをしていた。アカシアの樹の下、ブドウが茂る片隅にミツバチの木箱が積み重なって置かれている。養蜂はアマチュアだといいつつも、イギリスの科学系サイトにコラムを投稿する執筆者のひとりだ。昆虫、植物、いやすべての自然を愛し、人権を守るためのアクションもする。ボランティアでパーキンソン患者を訪問したりそのハートとフットワークの軽さには、溢れるものが輝いている。それでいて、フランス人ぽいシニカルさと滑稽さを持ち合わせたおしゃれな人だと思う。
ある時、彼の飼うミツバチで羽もちぎれるほどに働いた最期の頃の姿をとらえた写真を見た。とても黒かった。約1カ月前に飛び立った頃の若い時期と比較すると力のすべてを消耗しきった老いた姿だった。
「とても体が黒い」とわたしが反応すると、このミツバチ種の固有のものであることを教えてくれた。イギリスのヨークシャーという種類の蜂だった。この種はイタリアンのようにどんどん繁殖はせず、一定を保つということらしい。わたしはミツバチ科学研究施設の中村先生の話を思い出した。ニホンミツバチは、必要以上に花粉や蜜源を集めてどんどん子どもを増やすことはしない。どんなに花が豊富で好条件であっても、自分たちの許容範囲をとどめている性格があると。それに比べると西洋ミツバチは、花があれば集められるだけ食糧を集め、調子にのって子どもを増やしていっぱいになってしまうそうだ。
「ニホンミツバチのような謙遜なかしこい生き方はわたしたちに何か意味を伝えているようです」と言われたことがずっと心に残っている。
ただしMaxはヨークシャーよりは、イタリアンの方が飼育しやすいと言う。ニホンミツバチもヨークシャーと同様、巣が気に入らなければどこかへ行ってしまうし、飼い慣らすということを主眼にすると扱いはむずかしいと一般的にいわれている。人間の都合よりは、ミツバチの生態として調和がとれていることに目を向けることは、どこかあきらめと遊びのようなゆとりを感じさせられる。

お世話になっている養蜂家がいつかこんなことをいっていた。
「ミツバチのことを知っているとか、養蜂をしているというと西欧の人からすぐに信頼されます。それぐらい養蜂という職業は海外では認められているのね」
確かに、わたしのみつばち好きは海外の友人からも温かく支持されている。ブラジル人の友人が"Abejas e Colmenas"と命名してくれたんだったし、イタリアの友人はわざわざ故郷のイタリアンのミツバチの写真をいくつも撮影してくれた。岩手に住むアメリカの友人も故郷へ帰った時、偶然ミツバチの分封に出くわし、その一部を撮影してきてくれた。ノイバレーに住む友人は路上で売られるノイバレーの蜂蜜の写真や、趣味養蜂の方の蜂を撮影してくれた。
日本でミツバチを飼う方々にもとても親切にしていただいて、わたしはこれ以上何を望むのか? というほどhappy smilingな日々だったりする。