蜂のこと その20

●ミツバチ科学研究施設

五月晴れの爽やかさをいくぶん通り越した初夏の陽気の朝、家を出る前に庭の光の中をもやもや白いものが浮遊している光景を目にしました。それは小さな虫であったり、タンポポの綿毛だったりで、ただそれを見ているだけで空気中の密度が急に濃くなった感じがします。
電車に乗り込みました。田園の都市に向かうにつれて緑が茂り玉川学園前で降りた頃には、日中の日射しが照りつけてきて、暑さに弱いわたしは少しぼーっとして坂道を歩き始めました。降りたった駅は名前のとおり学校です。構内は森のように木々があって気持ちがいいところです。15分ほど歩いてやっと目的の校舎にたどり着きました。
今日、わたしは玉川大学のミツバチ科学研究施設の訪問を許されて、中村純さんとお会いしました。メールでは何度もやりとりをさせて頂き、いつも本当にご丁寧にそしてたくさんの事を教えて頂いていてお会いできるのが楽しみでした。いや、本当を言うと少し緊張していました。「こんにちは」のはじめのご挨拶でわたしはすぐにほっとしてしまいました。とても優しい空気がそこに溢れていたからです。
研究施設で中村純さんと、榎本ひとみさんにいろいろな資料を見せて頂き、わたしの小さな好奇心の中からたくさんの興味引き出して頂きました。それは、一度に全ては書けないので、「蜂のこと」を書くたびに、あるいは他のエントリーでこれから消化してことばとなっていくことでしょう。
今日は、まずは中村さんの人となりを記しておこうと思います。本来ならば助教授でいらっしゃるし先生とお呼びするところだと思うのですが、あえてそうお呼びしないところに、わたしの人としての敬意というか、人に対するこだわり感を残しておきたいと思います。
今日、参考になる文献をいくつもご提供頂いて、これからわたしはそれを手がかりに楽しくミツバチのことをもっと考えながらそれを取り囲む大宇宙を見つめて生きたいと思います。
ミツバチ科学研究施設が定期的に発行している『ミツバチ科学』という雑誌があります。中村さんはこの編集長でもあり、研究者の立場としても数々の論文や報告を掲載されています。
2002年のVol.23号にインドの環境保全活動について書かれていたものを、今日帰ってから読みました。3時間以上にも渡って、今日お話くださった中に、中村さんの自然環境に対する眼差しとか、海外青年協力隊に参加されていたこととか、大きな共感がわたしの中にひろがりました。
中村さん一行はニルギリ高地を越えてウーティという辺りから深い谷間に広がる人工的な美しい風景を目にしました。イギリスのコロニアル時代に成功をおさめた茶園の陰には、その美しさとは相反して住民や生態環境に大きな問題を残しているのでした。
中村さんが訪ねたキーストン財団ではミツバチと人間のための環境保全活動を行っていました。茶園で壊れてしまった本来この地の持つインド亜大陸の多様性に満ちた生態の保全がその主眼であるというのです。そしてもう一つ、地域資源となる成果物の発掘が地元の生計を成立させるためには重要となってくるからです。
キーストン財団は、この地に住む多くの少数部族が伝統的にミツバチを飼い、ハニーハンティングをする文化であることに注目しました。ミツバチを採用した開発事業は、ここの地で、ここで起きたケースとして、住民の生活の維持や向上のためには生物の多様性が守られねばならないことと結びつくわかりやすい事例となっているようです。
ミツバチを取り入れた開発事業は「飼う側」と「飼える環境」の両方が整っていなければなりません。森の中で自然発生的に行われてきたミツバチと人の関係はまず「自然に聞け」ではないけれど、その森に見合う生産量を超えることはできないのです。一度崩壊してしまった森に樹木が花をつけるまでにはどれだけの時の流れが必要なのでしょうか。そしてその樹木が何年も何年も生きて大木となり、ゆっくりとした時間の中に人、ミツバチ、そしてその他にもたくさんのその土地固有の生態圏を担うもののサイクルがからみあってこそ存続していけるものなのです。
何者かがそこで欲を持つと、長い間続いたサイクルは簡単に壊れていってしまう。
中村さんの書かれたこと、そして今日話したことからわたしはこんなことを考えました。

「自然は儚くもあるが、人のはかりしれないところでゆっくり回復する、いやもしかすると再生する力がきっとある。わたしはそう信じていたい」

中村純さん 榎本ひとみさん お忙しい中、今日は本当に長い時間を割いてたくさんのことを教えてくださりありがとうございます。帰ってすぐ、家にニホンミツバチが来ていないかと探しました。
これからもよろしくお願いします。