蜂のこと その10

●12月の朝に思った蜂のこと

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朝、雨戸を開けるとからっと晴れ渡る空。緊張感がちょっぴりある空気を感じるようになりました。2004年も12月です。blogのカレンダーをせめてエントリーして12月にしなければと思い、とにかく時間のない中を書いています。忙しいからこそ書く、それも大事だと思います。わたしは一体、今年どんなことをしただろうと通勤途上のあい間に振り返ってみるのがこの時期です。
今年はじめの目標は、確か自転車で各地を走り回ろうと、思っていたはずです。でも、今年の気候やスケジュールの関係で、なかなかいいタイミングを見つけることができず、ほとんど乗らなかったというのが本当のところです。走るはずのために、わたしの時間をコントロールしようと思っていたのが、やはりできなかったのは力不足でした。自分がやりたいと思うこと、したいと思う生活に近づけないのはわたし自身の中にある意思とか、体力の弱さだと感じます。
わたしが自転車に乗るのは、純粋に走るのが好きだし、気持ちがいいし、楽しいからです。自転車は自立した乗り物です。わたしの体力さえあれば、どこでも一緒に行けます。燃料に頼らない移動手段と、時速21kmのゆっくりした速度は、知らない土地の空気とか、棲んでいるものの気配を感じるのに最適です。
今年とても感動したのは、熊野という地を旅したこと、そして養蜂の世界を少し覗くことができたことです。熊野では、南方熊楠記念館を訪れました。以前からとても行きたいと思っていながらも不便な場所に位置し、なかなか実現できなかったことのひとつです。この交通の不便さから、熊野は日本の辺境ともいわれるほどです。けれども、その閉じた地域から、とっぴな宇宙観をもった風変わりなひとりの男が世界に向けて、メッセージを放ったのです。熊野のうっそうとした森、内なるものを秘めた地には想像もつかないほどの、エネルギーがみなぎっていると感じるのです。

養蜂には、転地養蜂と定置養蜂があります。採れる蜜の濃度の好みから、日本人は元来、転地養蜂のはちみつを好んだといわれます。わたしが訪ねた養蜂家から出会い頭にイメージだけを転地養蜂で売って、実際には定置を行っていることの方が多い事実を知らされました。転地養蜂とはいわばジプシー生活です。実は、わたしもこのイメージ化された「移動」ということに非常に注目をしていたわけですが、本当にこの方法で蜜を採って仕事にしようとすれば、そううまく回らないことを示唆してくれました。ジプシー的な養蜂をするなら、利潤はほとんどなくてみつばちが必要とする蜜の一部を人間がほんの少し頂く程度であると知りました。たった、スプーン一杯の蜜を集めるために、一匹のみつばちは300往復してもまかなえないのですから。
"みつばちの木箱"のお話で私がイメージを膨らませて書いたことは、その瞬間に大きく崩れました。知らないということがテキストを不自由にすると同時に、自由にもする、と痛感したのです。
わたしは、今すぐにストーリーを再構築しようとは思っていません。このことを知った後、わたしの中でコンセプトがもっとコアなものになったと思っているからです。「移動」ということへの私のモチベーションは今も、そしてこれから先も存続していきます。