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2007年02月15日
BAIDARKA バイダルカ

「ぼくがそうだったように12歳の少年少女(12歳の心をもっていれば本当の年齢はどうでもいいけど)が、ぼくの死んだあと、バイダルカの進化を継いでくれるため」のキットである。 アン・E・ヨウ
長年、手に入れようとしていて、なんとなく後まわしにしておく本というのがある。ある時、突然それがどうしても手元に今なくてはならなくなる時が来る。情報センター出版局から出された「バイダルカ」ザ・カヤック ジョージ・B・ダイソン/徳吉英一郎訳がそういう一冊だ。
本が届いてすぐに裏表紙の著者紹介を読んだ。本文のなかにもいくつも書きつけたくなるようなテキストがあるのに、やっぱり最終的に、「よし、ここだ」と思ったのは本の一番最後のアン・ヨウのこの一文だった。なんでもない言葉かもしれないけれど、好きだったことを誰かに伝え残して行きたいという思いがよくわかって心にしみるからだ。極論かもしれないが、人間の生きた記なんて、こんなことなんじゃないかと思う。だから、好きなことに出会った人はとてもしあわせだとわたしは思う。
アリュートが狩猟の技術として生みだしたアリュート・カヤック。ロシア人による隷属支配を生きぬいた民族の精神のひとつに「いつも舟の主であるということを忘れなかった」ということがある。伝説のバイダルカは海面を鳥のように浮上して、音もなく、最速に走る海洋の宇宙船といわれる。ジョージ・ダイソンはこの伝説のロマンにかけて復元と航海に人生をついやした。ある人から見れば、奇人の遊びごとのような価値のない行為に思えても、それが人類になくてはならない宇宙観かもしれない。それを決めるのは誰でもない未来のような気がする。
誰にでも、たったひとつぐらいは大好きだったことを、誰かに残していきたいと思うことがあるはずだ。そんな小さな種を拾い上げて、この手で大事に育てていくことが、知るすべもない未来につながるわたしの生き方なんだと確信するようになった。
posted: mitsubako at <06:21AM>
mitsubakoさんの先日の文章を読んでから、バイダルカって何だったっけとずっと考えてました。この文を読んで、ようやく昔読んだケネス・ブラウワー『宇宙船とカヌー』の記憶を拾い上げることができました。
さっき出してきてぱっと開いたら、ワタリガラスの神話のページでした。:)
ジョージ・ダイソンの書いた本もあるのね。今度探してみます。
帆に風を受けて進め!
posted: ya ma@tokyo on 2007年02月16日 11:06
ていねいな言葉、ありがとうございます。ぼくらも家族で思い出し、思い描きました。舟と馬と森と海と蜂と沢と、そこに暮らす人々と。
posted: toku on 2007年02月16日 20:59
yamaさん
こんばんは。ワタリガラスのページが偶然開くとなんだかそちらにひっぱられているような気がしてきますよね。だから本のページの出会いって楽しくて離れられないですね。
tokuさん
急に雪が降って寒くて大変でしょうね。
無理をしないようにしてくださいね。そして、tokuさんが翻訳してくださって本当によかったと思っています。
バイダルカはいろいろな思いをつないでくれています。
posted: mistubako on 2007年02月17日 22:22