« ある作家の死 | « Go to main page | name »

2005年01月09日

アースワーク

RIMG0761.jpgアースワークと言うと、ライアル・ワトソンの『アースワークス』を思い浮かべる人もいるかもしれません。それとは、違うジャンルだけれど、共通点もあることばです。
私は、ある数年間を美術家でもあり批評家でもある岡崎乾二郎のもとでお手伝いをしながら芸術のことを教えられました。とくに、私がこうして自然や環境、転地養蜂家をモチーフにして作品を考えようとする土台は、多かれ少なかれ、岡崎さんの影響なしにはありえなかったと思います。
HAIZUKA ERTHWORKS PROJECTというプロジェクトがありました。これは、広島県の山奥にある、総領、三良坂、吉舎、の3町が主体となって、ダム建設による広大な空き地を芸術によって活性させるプロジェクトとして、岡崎さんが1993年ごろからかかわっていたものです。私は、このプロジェクトで数ヶ月、灰塚という地に滞在をしました。まだ、ダム開発が進められる前の灰塚は、古民家がぽつりぽつりとあり、雑草が覆い尽くす野原が広がり、廃校になった懐かしい面影を残す小学校があり、閉じた日本の里を代表する美しいところでした。

私たちが取り組んだプロジェクトは生態、テクノロジー、社会思想、美術など様々な分野を専門とする人たちが集まって、地元の専門家たちと話し合いながら、地域の特色を表出させる活動を目的に、試行錯誤の日々でした。放っておけば、どこかの建設コンサルが入って、フルーツパークだとか、ゴルフ場だとかに変貌する土地でした。数名の村役場の人たちが、岡崎さんの自由で奇想天外な構想に惚れ込み、一命をとりとめた地域であるとも感じます。94年頃から毎年、サマーキャンプと称して各地から建築や美術を専攻する学生を呼び集め、テーマを持って、場と作品の追求を構築しました。海外の作家を招いて、滞在型の作品発表の場を提供する、アーティスト・イン・レジデンスも開催しました。つきないほどの体験話がここにはあります。それは、友人のM類さんが構成・編集・デザインを手がけたサイトにぎっしりと詰め込まれているので、是非読んでください。
この中でも、特に私が好きだったプロジェクトは小田貴史さんがコアとなってやった『地灸』です。想像もできないほどの空き地を与えられた私たちは、トラクタをお借りして、雑草を刈り倒したこともあるし、ダイナミックな展開ができる、恵まれた機会を与えられたのです。地灸とは、その土地の持つ固有性に生きているものたちが、関わることで生じた病を、灸をすえて再生させるプロジェクトです。大半の農民は、雑草を嫌悪します。外来種のセイタカアワダチソウが、鬱そうと茂る土地は、人々にとって何の益もありません。草は刈るだけです。刈るとまた生えます。いつしかそれは、人と草の闘いになります。私たちは、その刈り取る行為を真似て、刈り取った草を盛り上げ、プランに沿って盛草の山を点在させました。炎天下のもと、刈っても刈っても刈りきれない草に呆然とした記憶があります。次第に思考は停止して、ただただ、その行為に無我夢中になっていく自分があったことを覚えています。イベント当日、その草山を蒸して、煙をあげ、風向きにまかせた煙雲の幻想的な流れに、各々が想起するものを見るのです。蒸し加減は非常にむずかしく、ある年はかなり燃えてしまったこともあります。構想からプロセス、そして現存させる過程を共に多くの人たちと分かち合い、私を育ててくれた作品のひとつだったと思います。これが現在の私の視座に大きくかかわっていると思えるのです。

『地灸』については、こちらを読んでください。そこに小田さんの制作メモが載っていてとても楽しいです。火を見るたびに、思い返されます。

posted: mitsubako at <14:04PM>