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2006年05月11日
薪ストーブ革命
「ふーー、ふーー」薪ストーブに息を吹き込んで火を見守りながら髭の主は静かに語る。
森には雨水をろ過する力があると。
若干の酸性雨であったとしても健全な森であったなら中和させる力があるはずだと…。
山を中心に生活を営んできた時代には、人が生活圏で必要とする森とその背後に自然林として放置される森がバランスよく保たれていたという。雑木林は枝を伐採したり資源木を倒木し、人の手を介してはじめて調和を保つ森林として存続する。里山とはそんなところだ。
人は木を利用して薪にしたり炭を焼いてエネルギーを生産した。薪や炭を燃料として吐き出す二酸化炭素は植物が吸収しふたたび新たな酸素を生みだしていた。
燃えかすになった灰は土に播かれることで土地の酸度を中和化させ、そこにしみ込む雨水は木々の根や土を通過して、やがて川に流れ出るまでにろ過されて、清流が流れ出るしくみになっていた。このバランス感覚は微妙であり絶妙で、人間の持つ勘と自然の方からの調和力で一定に保たれる。
人が必要以上に木々を伐採することからはじまる闇の連鎖は、黒い森をどんどん死へと追いやる。土石流をくいとめるために岩壁を工事しダムをこしらえ、ろ過できなくなった水を中和させるために中和剤をまき、その場しのぎの応急手当をすればするほど、社会はお金を使いながら悪循環を促進させる。
まずは森に灰をまこう。
だからと言って、どこかしこでもそう簡単にはできない仕事だ。今まだかろうじて薪ストーブを使っている地域で、火を起こすこと、使い続けることを絶やさないことからはじめよう。ある山村のこんな小さな働きが、わたしたちの生活圏を本当の意味で後々まで支えてくれるはずの政治改革だ。
髭の主の薪ストーブ革命は『わら一本の革命』に匹敵する改革だとわたしはその時思った。
posted: mitsubako at <07:31AM>