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2006年07月28日

Category: 岩手雑感

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馬は走るために生まれて来たんだと思っていた。
晴の日も、風の日も、深い霧の日も、雨の日も、沸きたつような雲の日も、草原でじっと草を食べ、ゆっくり歩き、立って休み、時には寝転ぶ。
馬はそうして30年ぐらいの命を送る。

一緒にならぶのは母馬と子馬。
仲間と離れすぎることもなく、近づきすぎもしない。
お互いが大好きというわけでもなく、大嫌いで孤立もしない。
近くでもなく遠くでもなく、ひとりでもなくみんなでもない、見ていないようでいて、見ている、つながっているようだけど、密接すぎない。
だのにとってもそこが平和に見えてくる。

*深い霧につつまれた草原に見え隠れする馬の姿を追うのは感動的でした。馬の持つ雄姿と霧による遠近感、やさしい草のたちこめる地平はとてもこの世のものとは思えぬ幻想の世界です。わたしはそこにひとつの平和の姿を見たような気がします。
遠野の徳吉家「ありがとう!」

posted: mitsubako: 07:54AM | comments (2)

2006年07月27日

小学校のまでの道

Category: 岩手雑感

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朝ご飯を食べて、7時20分。あかねちゃんの通う附馬牛(つきもうし)小学校に歩いて行くことにした。それは昨日、車の中ですっかり仲良しになったあかねちゃんが「ねぇ、ねぇ、いつ帰るの?」って聞かれて、「明日」とこたえた。
「何時?」「3時の電車に乗って帰る」「じゃ、会えないや」。
わたしもこれだけだと後ろ髪をひかれる思いがしたので「じゃあ学校まで一緒に歩いて行こうかな」とさそってみた。そこで約束が成立。その翌朝、両脇に木がいっぱい茂る舗装道を下ってあかねちゃんとわたしは歩き出した。
「はい」大きな山椒の葉を一枚くれた。山の山椒のかおりはとてもしっかりしている。においをかぐと血のめぐりがよくなるのかわからないけれどすっきりしてくる。何度も鼻に葉をあてるわたしを見てこの少女はきゃっ、きゃっと笑う。
あかねちゃんはちょっとだけ遠回りして林の中にある鳥居を案内してくれた。いつも行く道で最大限のツアーだ。
すぐそばを流れる川の音を聞きながら、右や左へ歩く側を変えて単調なコースを行く。
「はちがいるよ」少女はわたしのはち好きをちゃんと知っている。里の肥えた土に立派に咲く芙蓉の中で一匹のハナバチの一種がせっせと花粉を集めている。
「これはね、ハナバチだね。毛がふさふさしてるでしょ。大きいけど優しいよ」「じゃあ、刺さないんだ」「いやがることをしなければね」。
それからしばらく行って、見たこともないようなグミの古木の前で近道に入った。あかねちゃんがグミの実を採って食べたのでまねした。赤くてすっぱくておいしい。わたしたちは笑顔。その真下の水田に誰にも食べられずに落ちて散らばる赤い実。大きな黒いおたまじゃくしの影がその上をすっと通る。
そして右に進んで行くと少し小高い民家の庭先にわたしが好きな雲の劇場がみつかった。「待って、写真撮ってくる」。
「見せてぇ」撮った写真をながめて「へー、上手に撮れたね」と褒めてくれた。
さて、緑の田圃が広がるところまで来ると「お父さんやお母さんはいつもここまでだけど」と言う。「ふーん、学校まで行ってもいい?」「いいよ。いいけど、友だちも一緒だよ。往復4km、大丈夫?」。
ツアーをしたためちょっぴり遅刻気味、待たせた友だちにごめんね。早足でそのあと川のそばを歩いて学校まで行った。校門の前であっさり「じゃあね」少女はそれからもうふり返りもせずまっすぐ学校の校舎へと向かって行った。
忘れたことがあった、途中で犬のいる家の犬に「ころちゃん」と声をかけていた。ほんとにころちゃんかどうかは知らないんだそうだ。白い孔雀を飼ってる家があった。この孔雀時々羽を大きく開くんだって。なんて楽しい片道2kmの通学路だろう。
ところで、ひとりの帰り道、郵便局とか、田圃とか、あちこちもっと寄り道をしてから、あまりに日射しが強かったので雨傘をさしさし、わたしは山の家に帰っていった。

posted: mitsubako: 07:51AM | comments (2)

2006年07月26日

遠野の日本みつばちツアー

Category: 岩手雑感

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遠野の松崎、駒木(こまぎ)集落で馬の世話とか、農業とか、みつばちの巣を仕掛けている岩間くんの家に敏江さんが一番に連れて行ってくれた。
岩間くんの納屋の屋根の上に巣箱あり。
大きなブルーベリーの実がなる前の屋根の上に2つの巣箱あり。
そこから8歩先に藁のかかった西洋みつばちの巣箱あり。
「まだ、あるよ。ちょっと上の方へ」と車で1分ぐらい上がったところの茂みに2つ巣箱あり。
「電柱の中に入ってるのがいた」とそこへも行ってみた。もはやそこにはみつばちはいなかった。電柱の空洞の中にボルトで開けられた穴から、分封したみつばちが先日まで出入りしていたそうだ。
「野性の巣もあるよ」そこでまた車で今度は下ってちょっと村の方へ行った。大きな大きな大木の隙間にちょろちょろ出入りするみつばち。この木のすぐ近くにも巣箱が2つ仕掛けてあった。
「橋の下も見てこよう」今度は河原。橋の下に3つかな、巣箱が置いてあった。河原の涼しい風、やさしい草花が茂るところ、つばめが飛びかっている。橋のたもとから切り取るこの風景は生息するものの楽園。
それから車に乗って空き家の縁の下に棲んでいるみつばちの巣も教えてくれた。
あんまり当たり前のようにみつばちと暮らしていて、当たり前のようにそこここにみつばちがいるので嬉しくなった。特別なことじゃないんだよ、みつばちがいるって。

posted: mitsubako: 07:49AM

2006年07月25日

えへへ。

Category: 岩手雑感

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「ゆきはべろんてなめるんだよ」
かくべつ、人恋しいしぐさをするゆき。だが、逃走すると野性心が旺盛なのか、なかなか帰ってこないらしい。瞬間だが、この犬には不思議な心があるとわたしは感じた。

posted: mitsubako: 07:47AM

2006年07月24日

森の巣箱

Category: 岩手雑感

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岩間くんのみつばちもだし、あかねちゃんとも遊びたかったので早朝の列車で遠野へ向かった。
午後、あかねちゃんとわたしは傘を手にすぐ目の前の森に歩いていった。
薄暗い森の木陰に切り株の幹が斜めに仕掛けてある。それが岩間くん手作りの巣箱だ。
雨、露でしっとりした木々や葉のなかに溶け込むような自然なフォルム。このシンプルな造形物から羽音がひびく。これは森の楽器だよ。
門番のみつばちが巣の入口で蠢動している。
「こうすれば近くまで行けるんじゃない」熊よけの電線を傘の柄ですっと上にあげてくれたあかねちゃん、10才の少女は知恵に溢れている。
蠢動の原因はすぐにわかった。1匹のアシナガバチが偵察に来ていて、ちょっとでも入口に近づこうものならみつばちたちは体全体をぶる、ぶると一定に振るわせて威嚇をする。緊迫と警戒の最中だった。
わたしにはなにもしてやれることはない。それが自然の法則というものだから。でもどこかに、このみつばちたちの強さのようなものが伝わってきて、きっと彼女らは守りぬくだろうと祈るのみだった。
それからもう一度傘の柄で電線を持ち上げてくぐりぬけ、森のきのこを見ながらあかねちゃんの家に帰った。

posted: mitsubako: 07:45AM | comments (3)

2006年07月19日

山のみつばち

Category: 岩手雑感

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小さな日本みつばちに繰りかえされる命を見ると心がぽっとしてきて元気になる。
ほら、見られているよ。

*2006年7月17日、18日、夏を迎える前の遠野へ行きました。草や木々のにおいがかおるなんとも優しい時を過ごしました。
旅のおはなしは少ししてから書いてみようと思います。

posted: mitsubako: 07:24AM | comments (4)

2006年05月16日

川井村採石所近く

Category: 岩手雑感

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昨年春、自転車でまわった川井村。気になって心に残っていた場をまた今年も確かめてみた。
なにも変わっていなかった。

posted: mitsubako: 07:52AM

2006年05月12日

蒔絵の針箱

Category: 岩手雑感

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箱石とはなんと心にひっかかる名前だろうか。
宝石箱のようなものを思い浮かべたり、あるいは、四角く切り出された石を思い浮かべたりする。箱という形に惹かれるし、石という素材にも惹かれる。いずれにしてもミニマルな原形をとどめた感がこのことばにはあってわたしをひどく魅了する。
だから、そんな土地にありもしない空想を抱いてどんなにしても自分の好きな場所にこじつけたくなったりする。

ところで、まるで違う土地にこんな伝承があるそうだ。

母の形見の蒔絵の針箱をせめて後世に残しておきたいと姫は断崖から「石になれ」と命じて投げ落とした。それからその針箱は断崖を転がり壕に落ちて石になった。この石はそれ以来「箱石」と呼ばれるようになったそうな…。

*盛岡から走るローカル線のJR山田線の駅に「箱石」という駅がある。源義経伝説と箱石家にまつわる話しもあるようだが。

posted: mitsubako: 07:32AM

2006年05月11日

薪ストーブ革命

Category: 岩手雑感

「ふーー、ふーー」薪ストーブに息を吹き込んで火を見守りながら髭の主は静かに語る。
森には雨水をろ過する力があると。
若干の酸性雨であったとしても健全な森であったなら中和させる力があるはずだと…。

山を中心に生活を営んできた時代には、人が生活圏で必要とする森とその背後に自然林として放置される森がバランスよく保たれていたという。雑木林は枝を伐採したり資源木を倒木し、人の手を介してはじめて調和を保つ森林として存続する。里山とはそんなところだ。
人は木を利用して薪にしたり炭を焼いてエネルギーを生産した。薪や炭を燃料として吐き出す二酸化炭素は植物が吸収しふたたび新たな酸素を生みだしていた。
燃えかすになった灰は土に播かれることで土地の酸度を中和化させ、そこにしみ込む雨水は木々の根や土を通過して、やがて川に流れ出るまでにろ過されて、清流が流れ出るしくみになっていた。このバランス感覚は微妙であり絶妙で、人間の持つ勘と自然の方からの調和力で一定に保たれる。
人が必要以上に木々を伐採することからはじまる闇の連鎖は、黒い森をどんどん死へと追いやる。土石流をくいとめるために岩壁を工事しダムをこしらえ、ろ過できなくなった水を中和させるために中和剤をまき、その場しのぎの応急手当をすればするほど、社会はお金を使いながら悪循環を促進させる。

まずは森に灰をまこう。
だからと言って、どこかしこでもそう簡単にはできない仕事だ。今まだかろうじて薪ストーブを使っている地域で、火を起こすこと、使い続けることを絶やさないことからはじめよう。ある山村のこんな小さな働きが、わたしたちの生活圏を本当の意味で後々まで支えてくれるはずの政治改革だ。

髭の主の薪ストーブ革命は『わら一本の革命』に匹敵する改革だとわたしはその時思った。

posted: mitsubako: 07:31AM

2006年05月10日

ある休日

Category: 岩手雑感

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あったかい薪ストーブに集まって
おはなしを読んでもらう
おっきな頭もちっちゃ頭もほらだんだん近寄ってくるよ

posted: mitsubako: 07:18AM | comments (4)

2006年05月09日

おきゃくさん

Category: 岩手雑感

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わたしがおきゃくさんで山の小屋へおでかけしたら
もっともっとおきゃくさんがいた
にぎやかにあつまっていろんな声がきこえてくるよ

posted: mitsubako: 07:14AM | comments (2)

2006年03月13日

うかたま

Category: 岩手雑感

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どうしても、静かなところでゆっくりと手紙を書きたいという思いがつのってどこへ行こうかと考えていた時、タイマグラという土地に巡り会った。それは昨年の5月のこと。
岩手県にあるカタカナの地名タイマグラ、雄大な早池峰山の裾野に小さな山小屋フィールドノートがある。何もとりたててないけれど、何もないというところを休暇の場所に選ぶのは意外にむずかしかったりする。とにかく日頃使う、PCや携帯など便利な通信ツールのスイッチをオフにして、自分の手でえんぴつを持って書きたいというのがこの旅の目的だった。フィールドノートは、そんな場所に100%ぴったりとはいえないけれど、大きな自然に包まれた本当に何もないところだった。わいわい楽しく家族のようにして、わたしは自分の田舎ができたようなそんな一時を温かい薪ストーブのまわりで過ごさせてもらった。

「うかたま」は、宇迦御魂神に由来することばだそうだ。もともとは稲の豊作を願う守り神だったという。その土地と深く結びつく先人の知恵や精神を支える「食」をテーマに、わたしたちが忘れかけてしまった素朴な味を伝えようとする雑誌が昨年冬に創刊された。フィールドノートですっかり仲良しになった宿主のひとり山代陽子さんが、ここにタイマグラから楽しい連載をはじめた。
陽子さんが今いる食文化圏は決してオシャレで洗練されたものではないけれど、季節ごとに人間が土や空気から感じた、原点に近い食欲と結びついたものではないかと思う。生命をぎりぎりの環境の中で支えるための工夫や、空腹をなんとか乗り越えるための知恵がたくさん盛り込まれた、生きるための暗号がかくされた食がタイマグラという入植地に息づいているように感じる。
現代のように均一に分化され洗練されてきた食もわたしは好きだが、贅沢すぎるのはちょっと気がひけるのが本当のところだ。素朴でも手間暇かけたものはなんでもその心がおいしいと思えるものだ。
創刊号にはタイマグラの味噌のこと、そして2号には春の外ごはんのことが書かれていて懐かしくて嬉しくなった。
陽子さんこれからも楽しみにしています。

『うかたま』季刊 発行:農村漁村文化協会
詳細はこちらのサイトでごらんください。

*ほんのちょっぴり2号でお役にたてて嬉しかったです!
タイマグラでの記録はこちらをお読みください。

posted: mitsubako: 07:53AM | comments (2)

2005年05月18日

雑穀

Category: 岩手雑感

azuki_white.jpg*だいぶ前に書いていたものです。エントリの機会を失っていて今になりました。

わたしは、麦だったりあわだったりが好きだ。小麦はできればあまり精製されていないものが好きだし米も玄米の方が好みだったりする。餡も漉し餡より粒餡が好みだし、パンは全粒粉やドイツの真っ黒のパンとかが好きだ。多分、殻の食感とか繊維が荒いものが混ざっているのが好きなのだと思う。
5月に岩手の川井村からタイマグラへ行ったことをこのblogに何度も掲載した。1カ所だけまだ訪ねたのに書いていない所があった。雑穀のことだ。時々気まぐれにパンやお菓子を焼くことがあるのだけれど、そんな時使う粉類はだいたい岩手とか東北のものが多い。
川井の駅から自転車で走る途中『雑穀ブレンド』という看板が目についた。行きはとにかくタイマグラまで着くことが先決と思っていたから寄り道はやめてとりあえず通り過ぎた。タイマグラでは連日フィールド・ノートの奥畑さん、山代さん夫妻が手しおにかけた寄せどうふや、ピザ、山菜の天ぷら、おからの炒め物…おいしい食事をたくさん準備してくださった。はっきり言って、こんな山奥で食事なんて期待をしていなかったわたしは、この手料理がもう毎日楽しくてたまらなかったのだ。
ある日のご飯は雑穀米だった。

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豆がとてもおいしく炊けていて「おいしい、おいしい」と言っていたら、「来る時見なかった?」と山代さんがあの例の『雑穀ブレンド』のことを話してくれた。嵯峨農園のオーナー嵯峨さんがブレンドしている雑穀だ。
帰りにさっそく立ち寄ることにした。嵯峨さんはとてもやさしい方だった。以前は会社員で、むしろ化学的な分野で活躍されていたらしい。現在の生活とは真逆のことをやっていたのだと話してくれた。
大麦、黒大豆、もちきび、青大豆、大豆、茶大豆、そば、もちあわ、ひえ、はと麦とほとんどが岩手で育成されたものがブレンドされている。わたしが食べ種を植えている話しをしたら、「茶大豆とかやってみてください。すぐ芽が出ますよ」と言われた。この他にも、米は籾がついているものからではないと発芽しにくいことも伺った。雑穀を買ったらそのおまけにと白小豆と黒米までいただいてしまった。
白小豆はとても珍しい。和菓子なんかだととても上品な感じだし。ひとまず、ただ茹でて食べてみた。砂糖なんかなくてもおいしい。豆の風味が味わえる。残りは、いつかお菓子に使おうと思う。
3粒、白小豆を植えた。細い曲線の芽が出て来た。きれいだ。

黒米は籾がないので失敗をするかと思ったが、5本だけ成功した。嵯峨さんが「もう苗の時から紫っぽいですよ。」と言っていたとおりだった。M類さんからの苗とは別に、わたしの実験バケツに今年も昨年収穫の籾から発芽をした苗と少しの黒米を田植えした。
黒米は少なくてもいい、今年少しでも収穫があれば、来年はもっと籾が増えるから。
こうして、いろいろ試している。梅雨時を無事に越して夏に茶大豆が収穫できるかとても気になっている。

わたしたちは米だけを主食と考えがちだけど、米のおいしさはもちろんのこととして、いろいろなものを主食と考える方がもっと楽しい。いろいろなものを育てる方が害虫もつきにくいし、だいたい面白い。芽の出方や育ち方、葉の形状、葉の色、さまざまで、その異なり具合を見ていたくなる。
嵯峨さんは、最後に「もし、時間があって、農具なんかに興味がおありなら、川井の駅のすぐそばにある川井村北上民俗資料館に寄るといろいろ展示してありますよ。」と教えてくれた。自転車で脇道にそれて集落を巡った後、わたしは川井村北上民俗資料館に立ち寄った。

posted: mitsubako: 12:37PM | comments (0)

2005年05月16日

タイマグラばあちゃん

Category: 岩手雑感

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岩手県タイマグラの山小舎フィールドノートをやっている山代陽子さんから昨日メールが届いた。そう、前にも書いた『タイマグラばあちゃん』のドキュメンタリーはこのフィールドノートのすぐ上に住んでいたマサヨばあちゃんの記録だ。このドキュメンタリーの中で、生きている味噌とか豆腐とか、そしてこのしみ芋の真っ白なレイがいくつもいくつも家の周りにかけられているのがとびきり映えて、残像がいつまでも心の中にある。発酵ということにとても興味があるわたしは、マサヨさんの発酵時間に合わせた暮らし方に共感した。一度訪れた地のことをもう一度東京で映像として見ることができる!そんなお知らせをもらった。多分、また前とは違ったものが見えたりするのではないかと、今から楽しみにしている。澄んだ川の水にさらす芋の美しかったこと。。。
上映後に陽子さんや澄川監督のお話も聞けるので再会も嬉しい。

*上映会の詳細はこちらのサイトをご覧ください。上映される会場は自由学園というユニークな教育でもちょっと知られた学校でその中にある、フランク・ロイド・ライト設計の明日館(みょうにちかん)で行われる予定です。
陽子さん、会えるの楽しみにしてますよ!その頃の東京はきっと暑いですから覚悟して来てね…。
マサヨさんの写真は横沢隆雄さんの岩手養蜂日記の「北上山地の原住民たち」という左メニュからいくとたくさんあります。素敵な笑顔のおばあちゃんです。横沢さんが当時、マサヨさんを撮影した帰りに、タイマグラからじゃがいもをお土産にいただいたとか。今回山代さんと私が、その横沢さんのお父さんのお宅へ遊びに行った帰りに「じゃがいもを持って帰るか」と袋いっぱいにお土産をくださった。そうやって人は収穫を分け合うんだね。それが何年か後のことでも…。

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このぶらさがっているものは一体なんだろう?紙粘土のネックレスのようにも見えるけれど、これは、じゃが芋。わたしはこれを、岩手県の横沢集落からの帰りに撮影した。これを、ここでは、「しみ芋」とか「しみホド」と呼んでいて、保存食のひとつだ。ものすごい手間暇をかけてつくられるこの「しみ芋」。水に何日もさらしたり、雪にさらしたり…。食糧もそれほど豊富にあるわけではないのになぜこれほど時間をかけたものを命をつなぐ大事な糧として作るのだろうか。フィールドノートの奥畑さんもそんなことを言っていたのを思い出す。横沢とタイマグラはぐるりと山の反対側にそれぞれある。この辺りではどうも同じように伝統的にこのしみ芋作りをしているようだ。

posted: mitsubako: 12:33PM | comments (0)

2005年05月15日

虹追い人

Category: 岩手雑感

house_people.jpg風邪を引いて熱と頭痛に少しだけうなされていた。近ごろめっきり夢を見ないと思っていたら、密林へ行っているのにどういうわけか赤茶の海に出て裸で漁をする人を見ていた。

岩手雑感を書こうとしているが、どうにも体が追いつかなくて保留にしている。
写真は岩手発の雑誌「家と人。」リヴァープレス社の10号だ。ここに5月4日エントリーの横沢隆雄さんの写真が掲載されている。アマチュアカメラマンとして出身の集落を撮り続けている。故郷や人、そしてそこから発信される存在するものへの宇宙観が今私に痛烈な印象をなげかけている。
人は、生きている間にどれほどの夢と現実のはざまを歩くのだろうか…。
地上に生きるすべてのものが一体どれだけ夢想にふけり叶ったり叶わなかったりを繰り返しているのだろう。星の数ほど願いがあると言うけれど、岩手で見上げた夜空には星くずが無限大に散らばっていた。夢はいくつあってもいいじゃないか。いろんなところで願ってやまない心がきっと未来に通じる……そんな気がする。
光る虫、キキンデラというのを思い出した。E・ユンガー著書「小さな狩」にキキンデラのことが書かれている。この時どうしてこんなメモをはさんだのか皆目覚えていないのだが、久々本を開いたら「光る虫 キキンデラ、英語では firefly」その横に「Rainbow chaser(虹追い人)」と書かれたレシートの裏紙が出てきた。虹追い人とは夢想にふける人のことだが、このことばとキキンデラが何か接点があったからきっと残してあったのだろう。
まるで今書いたことは関連性がないように見えるけど、なんだか私の中では繋がりがあるんだ。

posted: mitsubako: 12:31PM | comments (0)

2005年05月07日

早池峰山のふもとで

Category: 岩手雑感

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タイマグラで過ごした日々のこと。
出会った人、馬、みつばち、そしてすべてのものに“ありがとう”。

**2005年5月初春、タイマグラですごしたことをblogで連載した。そのうちに木箱のお話となるでしょう。
*タイマグラを走る
*横沢で出会ったみつばち

posted: mitsubako: 07:33AM

2005年05月05日

馬の背中

Category: 岩手雑感

akane.jpgあかねちゃんはこの日みんなのヒロインだった。裸馬に乗るそのバランス感とか、馬との一体感とかは憧れの少女そのものだった。
あかねちゃんのデモンストレーションの後に乗馬初体験の少年たちが次々に跨ってみる。
あかねちゃんがあんなに平素なそぶりで難なく乗りこなしてるんだもの、少年たちだって負けてはいられない。だけど、やっぱり緊張するよね。だって今まで一度も話をしたこともない馬と初めて挨拶をしたわけだし。
それから大人の順番が来た。
乗った瞬間「あったかいなぁ〜」と感じた。でも、私の中には重くない?大丈夫?とか心配と遠慮が少しあった。悪いなぁと思う気持ちはきっと馬に伝わっているんだと思う。なんとなく向こうも遠慮気に歩いたり、止まったりする。
2度目の乗馬が始まった。少年たちは体で覚えるのが早い。ずっとずっとリラックスして、手放しなんかもして歩いてみたりしていた。
私も2度目はなぜかずっと気持ちが和らいだ。少し自分にゆとりが出たから馬の背をじっと見ていた。鬣をちょっとそろえてみたり、なんでこんな形をしてるんだろうとか、どうして人間がこれに乗れると思ったんだろうとか思ったりした。

hourse.jpgこの日、私はタイマグラから標高差で多分500m以上はあると思うが荒川高原を目指して自転車で登っていた。早池峰山をかねてから見たいと思っていた一つに、修験の霊峰のひとつであることや、友人の内田一成さんから、訪れたときの光景をはっきりと目に浮かぶような情景で話を聴いていたからだ。だから、自分の目でそれを見てみたいと思っていた。
荒川への登りは決して楽ではなかった。けれども、軽いギアで自分のペースを決めてゆっくりゆっくりと登ったので、それほど苦痛だとかそういう思いは不思議なほどなく、爽快に高度を上げて行った。こうした無機質な乗り物に日ごろ、試乗しているからこそ、余計に心あるもの、体温のあるものの背は「私」という自己ではなく共鳴のステップの上にあるものだと直感した。

峠を越えた遠野から子どもの日に車でかけつけてくれた徳吉さん、あかねちゃんどうもありがとう。会えて嬉しかったよ。
そして思いがけないこどもの日をみんなと過ごせてとっても楽しかった。
そしてジンガ郎、遊んでくれてありがとう。

posted: mitsubako: 12:29PM | comments (0)

2005年05月04日

手書きのノートから 3日目

Category: 岩手雑感

yokozawa_honey.jpg奥深い山の桜は、種類が異なるからなのか、そしてさらに、朝晩の気温差があるからなのか、ソメイヨシノの淡さよりずっとずっと色濃い。桜餅の薄皮みたいな、そんな色だ。奥畑・山代家族たちと、手づくりの散らし寿司を持ってすぐ近くの、丁度あの曲がり角の先の1本の桜の木の下でお花見をした。
ここにいると、道を覚える目印は樹木だったり、そばを流れる川幅だったり、突き出た岩だったりする。川井の駅からは、自転車で行かなくても、車で送迎もしてくれるのだが、私があえて、自転車を選ぶのには、歩くよりは速くて、それでいて体で通り過ぎた土地を感じることができるからだ。その方が旅先の土地の詳細にずっと触れることができる。人がいれば声をかけることもあるし、気に入ったところですぐに止まれるから魅力的だ。距離感もわかるし、標高差がある場合には、登りで気温が下がることも肌で感じることができる。土地勘が出てくると、もっとそこへ愛着も沸いたりする。

ずっと青空と早池峰の風に流れていく雲を見ながら昼時を過ごした。
山代さんと末川さんとで横沢という集落へ向かった。

私は、今回旅をする前に、川井はどんな村だろうとネットで調べていたら、すぐに岩手川井村養蜂日記というのが目に入った。横沢隆雄さんという方が、出身の集落の写真や文章を書かれているサイトだった。地元の養蜂シーンは蜜蜂に虜になっている私を震撼させた。「なんていう偶然だろう」私は、すぐ横沢さんにメールを書いて、養蜂園をお尋ねしたいとお願いした。横沢さんは、養蜂をされているのは父親であること、まだ春先でもしかすると蜜蜂はあまり活動していないかもしれないこと、横沢は何もない春だということを書いて来てくれた。
「じいさんも、ばあさんもそれほど遠慮の必要な人ではありませんので立ち寄ってみて下さい。」とあった。私は、横沢さんのことばとか、撮られている写真に強烈な印象を受けてどうしても、ここを訪れなければと思った。
自分の直感というものを信じられるだろうか。私は、ちょっとだけ自慢するとすれば、自分の直感はあることに関してはかなりピタリとくると思っている。私が求めているものには自然とこの直感が呼んで、ちゃんと出会わせてくれるから不思議だ。
こうして、私は本当に横沢さんのところへ行った。しばらく、日のあたる居間で横沢さんのお母さんと話しをした。にこにこと笑顔のやさしい目をした人だった。子どもの日も翌日なので、この地域の粽の作り方とかを聞いたりした。しばらくして、お母さんは湯飲みに一杯分のトチの蜂蜜を注いで勧めてくれた。まだ、蜜の採取もできない時期にこんな貴重な蜂蜜をたくさんにおもてなし下さって、嬉しいやら、恐縮するやらで、気持ちがどうかなってしまいそうだった。でも、本当に嬉しかった。だから、全部飲みほした。少し後味に酸味が残る深みのある山の蜂蜜だった。こんな味は生まれて初めて味わった。ニホンミツバチもいたそうだが、それは熊にやられてしまったと聞いた。私は、こんなおいしい蜂蜜が食べられる熊になりたいと思った。
yokozawa_bee.jpg横沢さんのお宅は小川の流れる斜面に建っている。すぐそばに、畑もある。もし、桃源郷というのがあるのならば、春のこの日のここはまさにそうだと私は思った。
お父さんが農作業から戻って来た。「蜂を見に来たのか」と言われ「蜂は刺すぞ」がその第一声だった。午後は蜂は機嫌が悪いとも言っていた。確かに、午前中の暖かい光の中で、少し蜜をもらって機嫌がいい時の方が急激に冷えてくる午後よりは良かったかもしれないと思った。それでも、養蜂用の帽子を出して来てくれて、被って、手もできるだけ袖口を組んで隠すようにと言って蜂箱の方へ案内してくれた。私は、普段から蜂を観察しているし、今まで刺されると思ったことはなかったので、ちょっと気をゆるし気味で中へ入って行った。あっという間に横沢さんは、蜂箱を素手で開けて、中を見せてくれた。蜂は顔の回りにぶんぶんと飛んでくるし、勢いがいくらか勇ましいと感じた。環境によって蜂の性格はちがうかもしれないとこの時すぐに思って、私はあなどれないと思い少し気をつけながら蜂を観察した。いつも見ている西洋みつばちよりも、体が少し黒いと思った。体毛ももっとふさふさしているように感じた。
新緑の大木の前に午後の光が射す中を風にも負けず飛びかう蜜蜂は勇敢だと思った。そして、こんな光景は何時間でも見ていられると思った。

横沢さんと記念撮影をした。こうして蜂を飼う人は私にとって今何よりも尊敬できる人生の大先輩だと思うからとてもとても光栄だった。
私が、日頃観察をさせてもらっている養蜂家は「蜂は刺さない」と言う。横沢さんは「蜂は刺すぞ」と言う。このどちらも私は本当でどちらにも、長年飼って来た蜜蜂との哲学があることばだと思う。

息子さんである横沢隆雄さんの岩手川井村養蜂日記は力強い写真がたくさん載っている。そして、隆雄さんは、今何十年計画で、山に植樹をされているそうだ。それは、いづれ、花をつけ開花した頃に、蜜蜂が蜜を採りにやってくるために……。

かけがいのない出会いの機会を心から感謝しています。ありがとうございます。
そしてお元気で今年も養蜂の仕事を続けてください。

posted: mitsubako: 12:26PM | comments (0)

2005年05月03日

手書きのノートから 2日目

Category: 岩手雑感

fieldnote_house.jpg快晴。近くの川で顔を洗う。川から引く水の管は1本しかないから、朝はここが洗面所だ。冷水。すっきり、さっぱり、気持ちいい。
朝食の後、奥畑さんの弟さんが徒歩20分ぐらいの山の上に住んでいるので、そこへみんなで散歩がてら出かけて行く。奥畑さんは息子の大木くんと宮古へ買い出し。
少し上へ上がるだけで見晴らしが良く、そこはちょっとヨーロッパのアルプスかどこかへ来たみたいだ。ここに奥畑正宏さんの南部桶正工房がある。木桶の職人だ。おひつとか、寿司桶とかで、どうやって木片が組み合わさって桶のあの円形になっていくかを説明してくれた。桶のサイズによって、曲面を出すための道具のサイズも違う。だから、壁いっぱいに鉋とか刃物がぶらさがっていてそれだけでも手仕事の重みが伝わってきた。細部に渡る地味な技がたくさん隠れている桶を初めて知った。気の遠くなるような手間隙をかけた日常品(=芸術品)だ。私は毎晩この方の風呂桶に浸かって疲れをぬぐっていた。

bach.jpgその後、裏山にカタクリの花が咲いていないかとか散策に出かけた。どこを見渡しても澄んだ水と若草が萌える。活動を始めた山のハチとかクマバチも見かけた。南部桶正の工房でも、ニホンミツバチ好きがいて、いつやってきても大丈夫なように巣箱とか、キンリョウヘンまで置いて、待っている。でも、この山の環境だと、山奥の方がよっぽどヤマバチには都合がいいらしい。ちっともやって来てはくれないそうだ。根比べは果たしてどちらが勝利するやら。
実際、私も都心の自宅にいる方がハチは見つけやすい。
この日は縁側で手紙やノートを書いたりする。フィールドノートの縁側は木のしなり具合とかがお尻に気持ちよく、縁側から見える山は毎日いろどりが添えられて、ぼんやりした春色が美しい。こんなところで机こそないけれど、手紙を書いたりしたくなる。
ポストは近くにはない。だから、配達に来た郵便屋さんに直接渡すか、町へ買い物へ行く時にお願いするかしか方法はない。運ばれてくる荷物とかも40分も50分もかけて車で届けられるわけだし、そう思うと送り手も受けてもその有り難さとか、そこに込める時間とかが必然的に湧いてくる。なんてステキな環境なんだ。こんなこと人生で考えたこともなかった。
夕方の光に移り変わる時刻、私は自転車に乗り込んだ。夕日の早池峰を見たかったからだ。山代さんに聞いて、車両通行止めから先の小国峠を走ることにした。走るというよりは登ることにした。
手書きのノートからの抜粋……
『…呼吸のリズムを決めて、ゆっくりゆっくり登る。もうだめだと思う時不思議と木陰の先に光が射して、もしかしたらあそこの先に早池峰の絶景があるかもしれないと思い、その気にさせられて進むと、やっぱ樹林ばかりであまり見えない。そんなことにだまされつつ、登って行く。残雪があって、木が倒れていた。冬の頃、さぞかし風が吹いたろうと思う。山の影、谷、明暗が曲がる道々に見え隠れしていた。』
奥畑さんは自然に精通している、私はここの仙人のような人だと思う。鉱石が好きで、イヌワシを観測したり山のガイドをしたり……。話かたは穏やかだけど、目はとても野生的な生き生きとした目をしていると思う。奥畑さんと山代さんと、毎晩遅くまで薪ストーブを囲んで面白い話とか、そこにちょっとエッセンスの効いた自然を見つめる話とかして、今も心に残っている。声がいまだに耳に鮮明に残っている。これは長い間に私の財産になるなと思う。今それをとり立てて、あれだこれだとは書けないけれど、きっと長い間に私の中で消化されて、自分の生き方の選択肢とか、自然観とか、ことばとか食べるとかそういうところに表出するんだと思う。
書きたいことが多すぎて、とりとめもないことで長くなった。
滞在中、本当にお世話になりました。どうもありがとう!

「林は水源に尽き、便ち一山を得たり。山に小口有り、髣髴として光有るが若し。」
桃花源記:陶淵明

posted: mitsubako: 12:24PM | comments (0)

2005年05月02日

手書きのノートから 1日目

Category: 岩手雑感

fieldnote_001.jpg手書きのノートからの抜粋……
誰もいない駅、JR山田線で陸中川井下車。桜の花びらが輪行袋に降りそそぐ。はたくだけでも大変だった。ここに到着と同時に空は青。雨あがりだから抜ける青さだった。ゆっくりペダルをこぐ。太陽の光が強くて、自転車をこいでいると汗が出てきた。風は冷たいけれど光はとても強い。あたたかいとか、ぽかぽかするとか、そういうのではなくて浴びせるように頭上から降ってくる。
トンネルをいくつも越えて、山桜とか、新芽とか、道の路肩に咲くたんぽぽを見てただ走る。途中、峠の間を吹き込むような風がやってくる。あまりに強くてバランスを崩したりする。渓流のそばで休息したり、水を飲み、呼吸を何度も整えて、ゆっくり、ゆっくり、タイマグラへ向かう。やがて早池峰の山頂が見え隠れしてきた。自分が少しづつ目的の場所に来たと気づく。
フィールド・ノートという山小舎に着いた。人家があることにこんなに安心をするものなのかと思った。ヒノキ風呂に薪をたいてもらって入る。疲れがあふれ出すのがわかる。体を使った気怠い疲れだ。こんな疲れは久しぶりだった。おいしい食事をして、人と話して、夜も更ける。外に出てみるとすっかり冷え込んで、空は満天の星。どこを向いても星ばかりだった。

**水は、川から引いた管が1本。トイレはコンポスト式。電気はある。この環境にあって手で書くことを大事に過ごした。書くという方法にはいろいろな手段がある。そのどれを選択するかによって自分が思考することは変わったり、変わらなかったりする。どうしても、ペンを持って書くことを試してみたかたった。ただそれだけだった。
写真は奥畑・山代家でニホンミツバチを迎えるために庭に置いてある巣箱

posted: mitsubako: 12:22PM | comments (0)