2007年12月02日
まぶしすぎる

晩秋とまだいえるのだろうか。
ぐっと太陽光線は弱くなったはずなのに光る種のあたりはまぶしすぎる。
森林で落ち葉が降り積もった土のかおりをいっぱい胸にすいこんで、なんでもないようなことに驚いたり感じたりする生活をしたいなと思う。
posted: mitsubako: 23:15PM
2007年05月09日
n°の花粉

お元気ですか
……
おや まぁそれは大変ですね
……
新鮮なのがいいですね
……
形も色も様々ですね
……
乾燥しても褪せないですか
……
それではお元気で 雨が降らないうちに集めてください
{みつばちは花粉集めに忙しい わたしも同様に働いてみるから}
posted: mitsubako: 06:49AM
2007年01月01日
メタセコイア

命にかかわるほどの病におかされた初老の男が、針葉樹林の保護監としてメタセコイアの森に居を移すことになった。大木の木々に囲まれて、くる日もくる日も木に語りかけ、幹に触れて過ごすうち、病が癒された。これはアメリカの奇跡の話しだっただろうか。
何に対しても自信がなくなってしまっていたわたしの心身の調子も少しよくなって、大晦日の午後、近くに散歩に出かけた。誰もいない静かな公園を歩いてほっとする。ここに何年も立っているメタセコイアの木がある。黄金色だった葉もすっかり地面に落ちてあたりを覆いつくしている。その上を踏みしめて感触を楽しんだ。そうしているうち、あの話しを思い出して頼りがいのある真っ直ぐな木を真下から見上げた。両手を広げて幹に抱きついてみても、右手と左手は届かない。日の光があたっている木の肌にしばらく頬をあててじっとしていた。大きい木はいいね、大きいだけでいいんだから。それからわたしは深呼吸を深く大きくした。
新年おめでとうございます。
posted: mitsubako: 00:21AM | comments (2)
2006年12月15日
冬の夏蜜柑

絵描きさんの家の夏蜜柑の木は、主が亡くなってからも毎年初冬に実をつける。今年も例外ではなく鈴なりだ。
重力に従ってぶらさがる実を真下から見上げて隙間から空の背景が見えるのが好きだ。
posted: mitsubako: 07:58AM | comments (2)
2006年12月05日
マユミ

パタゴニアへの夢想をかきたてるような秋の八島湿原でマユミが真っ赤に染まっている。
カラファテの実はマユミのような赤だとばかり思っていた。が、実際は青いのだそうだ。
マユミの赤を見て、せっかくカラファテの実を連想したのになぁ。
*写真は10月末に撮りました
posted: mitsubako: 16:08PM
2006年12月02日
櫛

木の櫛が欲しいとずっと思いつづけている。だから松本民芸館で各国の櫛のコレクションを見て、その美しさにさらに魅了された。
髪と櫛は人生のようなものだから。
posted: mitsubako: 15:19PM
2006年12月01日
刺し子見本

コレクションの整理箱が好きなのと同様に、なにかの見本を見るのも好きだ。
刺し子そのものの美品より、見本に目がいってしまうのはなぜだろう。
posted: mitsubako: 01:16AM | comments (2)
2006年11月29日
薬箪笥

10月の終わり、松本民芸館に立ち寄った。
小さなものをコレクションし分類して入れる箱がわたしは昔から好きだ。
それが木箱ならなおさらだったりする。
posted: mitsubako: 06:11AM
2006年11月23日
夕焼けのはっぱ

夕刻でもないのに、秋の草原のかげをのぞくと一日中夕焼けだった。
湿原へ出かけた時のことを忘れたままにしていた。思い出して更新してみた。
posted: mitsubako: 16:28PM
2006年11月07日
繊維の色

湿原で目にとまった色。きわだった色でもないが、新鮮な繊維に血液が流れていると思った。
posted: mitsubako: 06:20AM | comments (2)
2006年10月30日
湿原へ

自分で歩いてみたいと思う場所が決まるのは、突然だったりする。十分な下調べはそれほどせずに、行ってみたいとイメージする気持ちを優先することが多い。春から夏にかけては「霧の草原」のことばかり思っていた。夏から秋にかけては「湿原」ばかりが頭に浮かんでいて、漠然と数か所行く先を考えていたのに、気がつくと晩秋。条件はただ湿原の中もしくは湿原のそばで、それまで考えていた候補地ではない場所へ出かけてみることにした。
花の季節の名所として知られる霧ヶ峰高原に八島湿原というのがある。諏訪大社の奥宮とも言われる旧御射山遺跡はこの湿原の中にひっそりと佇んでいる。もしかしたら、霜の降りた湿原を見ることができるかもしれないと思って、冬支度で出発した。滞在中の湿原は思いのほか、暖かかった。
諏訪湖から上がって、標高約1000m地点を通過する付近のカラマツ林、それから標高約1600mの八島湿原は、太陽の光をきらきらと浴びて黄金色に輝いていた。落葉した木々と空に向かってひらけた湿地帯は明るい。時折、風にのって流れる雲が、枯れた湿原の上に微妙な光の陰影を投じる。どの時を切りとっても色彩の調和が美しく、一歩あるいては立ち止まり、また一歩あるいては立ち止まりながら、秋の豊かな心の逍遙を楽しんだ。
洋燈がともされた宿で谷間に長く、かん高く共鳴する牝鹿の声を耳にしながら、霧と雨の静寂な夜が通り過ぎていった。
posted: mitsubako: 06:37AM | comments (4)
2006年10月06日
西日に向いて

羊歯は湿った木陰だけを好むのかと思っていたら、意外にそうでもなかったりする。午後の西日に向いて伸びやかに空を指している。
わたしは葉の裏側に陽光が通りぬけた緑が好きだ。
posted: mitsubako: 07:31AM
2006年09月26日
秋のたんぽぽ
たんぽぽは春と思うけれど、今年も秋のたんぽぽがすぐそばの空き地で咲き始めた。朝晩の気温差が出てくる秋のたんぽぽは、ひときは濃い黄色になる。
秋の気配とともに、またあそこのたんぽぽが咲くなぁと思うわたしの感覚がめばえたのは、この2、3年のこと。秋に咲くと霜の降りる日まで長く花がつづいて、初冬には凍る花を見ることができる。花のまま止まってしまい、翌年の小春日和に種になるものだってある。
たんぽぽは異常気象にあわせて、どんどん生き方を変えている。このたんぽぽの変化を知らせてくれたのも愛すべきみつばちたちなのだった。
posted: mitsubako: 07:18AM
2006年08月29日
空と土

posted: mitsubako: 07:11AM
2006年08月28日
草の中

posted: mitsubako: 07:05AM
2006年08月11日
へびいちご

暗い森の中に妖艶に、強く目をひく赤いいちご。チャーミングな尖りで、ちょっぴり毒気のある魅惑と神秘に満ちている。朝露で濡れた赤い実はひときわ艶めかしかったから近づいて見みれば、もうとっくに先客の来訪をうけていて、この小さな客の細い手足はまるで、むさぼるように果汁を吸って、高潮した血管が浮いている。
posted: mitsubako: 07:12AM
2006年08月10日
青いアジサイ

鮮明な青いアジサイがあるだけで夏の山の色になる。そこだけ茂みのようになって、草木が寄せ集まっている。野性の草木の組合せ、色彩に、いつも驚きがある。原点とは実に未分化な組合せだと。
posted: mitsubako: 07:11AM
2006年08月09日
糸としずく

丹念に丹念に、網をはりめぐらした糸が霧より白く輝いている。露のいたずらに濡れることが、よほど常なのか、丈夫で厚い、いく層にも重なった和紙のように明かりを通す。
真下から空の方を覗くと、その先には見えないはずの霧のほか目に見えるものはない。糸の油にはじかれて細かい霧の粒子がつたって流れ落ちていった。
posted: mitsubako: 07:09AM | comments (2)
2006年08月08日
白いアジサイ

庭先で見かける立派な西洋紫陽花からすれば、小ぶりな山のアジサイ。
花だけ接近して見ていれば地味で控えめだけれど、野山に自生している分にはこのぐらいがいい。派手すぎもなくかといって、周囲の草花にまぎれてしまうほどおとなしいわけでもない。そこに在ることがちっとも邪魔にはならない程度に主張しつつ調和している。
質素で清楚なこの白いアジサイも、露に濡れてしとやかさを重ね、山の昆虫たちを魅了している。
posted: mitsubako: 07:08AM | comments (2)
2006年08月07日
森林の息吹

白い霧は天上から静かに降りてくる。
深いところ、浅いところ、ちょっとやそっと複雑な森林のすきまだろうが、忍び入り雫の痕跡を置いて白は消えていく。
あそこの方がもっと先が見えなくて白いからと追ったつもりが、あたりには白い野ばらが咲いていて、濡れた草花には生気がやどり、光も射していないのにぽっかりと明るい。
森林の深いため息か、深呼吸、だから空気中の水分は北の夏のやさしい成分がいっぱいで、身体を包みこんでいく。この土地の包容に身をゆだね、いっぱいに手をひろげ、転々とすれば、いつのまにか潤いが浸透してきて、冷んやりと幻想から呼び起こされる。
posted: mitsubako: 07:06AM
2006年07月14日
小学校のひまわり

近くのお買い物道、学校のひまわりが懐かしさをさそう。
とても蒸し暑いので、あと少ししたらちょっとだけ深呼吸にでかけようか…。
posted: mitsubako: 07:58AM
2006年07月10日
その樹

崖に登って撮ってみた。
ほらね、プルーンだよ。
手が届かないぐらいまで伸びている。
posted: mitsubako: 07:38AM
2006年07月07日
プルーンの樹
何年も前にたったの90cmぐらいのプルーンの苗木を茨城で買った。庭に植えて、なんどか移植されたけれど、もうかれこれ5、6年はたっただろうか、あの頃からは想像もつかないぐらいに立派な木になってきている。毎年、白いかわいい花を春になるとつけてはいたものの、実らしきものは、まだならなかった。
今年、初めて実がついた。あたりまえのようなことだけど、その木その木に実がなるようになる時期がある。毎日その成長を見てきたわけではないけど、こうして一人前に実をつけることができるようになった木を前にすると「おめでとう」といってあげたくなる。
わたしはなんにもしていないのにちょっと誇らしいなと思う。
posted: mitsubako: 07:54AM | comments (2)
2006年06月28日
どんな気分?

庭先に蜘蛛の巣がふえた。
南天の木のすきま、何層もの柔らかい糸がからまって
散った花びらをうけとめる。
蜘蛛はどんな気分でここにいるんだろう。
posted: mitsubako: 07:39AM
2006年06月20日
京浜工業地帯

京浜の土手
高速の下の忘れ去られた土の上
このガラスのかけらが水晶の十字架だったらと
posted: mitsubako: 07:05AM
2006年04月21日
はじめて見たハナバチ

ニホンヒゲナガハナバチというのがいるというのは図鑑などで見ていたけれど、本物に出会って飛びはねたいぐらいに嬉しかった。
それは、すぐ家の下に放置されている大好きなたんぽぽ群生の空き地だった。たんぽぽの様子はいつ見ても劇的で感動する。そこにニホンミツバチがやって来ているのは知っていたので、今日こそ撮影しようと小さな空き地にしゃがんで待っていた。目的のミツバチはたくさん来ていて写真は撮ったものの、本物の姿を見ていることほど楽しいことはないのですぐカメラをやめてしまった矢先だった。ふっと横目で右を見るとすっと長く伸びたひげ。「うわぁ、いるんだ」。体をうごかさないようにしてカメラだけ開いた。シャッターを押した瞬間にどこかへ飛び去っていった。
今年も近場での蜂観察がはじまっている。わたしだって春は気ぜわしいのだ。
posted: mitsubako: 07:49AM
2006年04月12日
雨あがり

posted: mitsubako: 07:26AM
2006年04月10日
黄色の革命
まっさきに春を感じる色は?と質問されたらなんと答えるだろうか。
わたしなら「白」。
春、庭先に最初に咲く花に白が多いから。それから黄色の順になる。
菜の花の群が風にゆられているのを眺めていると、光が生み出す黄色の革命だと思う。
一昨日、雷雨のあと、すぐそばの空き地をのぞきに行った。
一面タンポポの無法地帯だ。
シャワーを浴びた、黄色と緑がきらきらここにも革命をおこしていた!
posted: mitsubako: 07:19AM
2006年04月07日
池のなか

posted: mitsubako: 09:00AM
2006年03月06日
海の泡

夕暮れどきの淡い泡をすくってみたかった……
posted: mitsubako: 07:26AM | comments (2)
2006年02月24日
こおる空気

わたしの小さな田んぼに今年はなんども氷がはった。
posted: mitsubako: 07:45AM
2006年02月22日
小さな漁港

小さな漁港が目にとまった。
電線に止まる鳥の群れはからすでなくてとびだ。
漁師が残り物の魚の切り身を空中に向かって投げると旋回していた群れの秩序が乱れて騒がしくなる。
「魚市場だと人間の頭をつついていくんだ」と漁師はいった。
この空を飛ぶとびは餌付けに慣れた小さな共存の世界に生きてるやつらだ。
しばらく眺めていると天空を舞う魂のつかいが降りてきた。
posted: mitsubako: 07:04AM
2006年02月20日
潮のひいた磯

薄い白い雲の朝、磯へ向かった。
冬枯れの色彩に見慣れた目に、豊富な養分が堆積された磯は、ことのほか映えうつった。
posted: mitsubako: 07:20AM | comments (3)
2006年02月04日
Lotus 花托

はすの花托は「はちす」とよばれる。
posted: mitsubako: 14:31PM
2006年01月23日
ゆきの日の犬

1月22日、太平洋側、わたしの住んでいる街にもゆきがふったよ。
ゆきの野原へ出かけて行って おもいっきり転がってみようと思った。
見ているときより触ってみるとずっとずっと水をたくさん含んだ重たいゆきだった。
野原でころがったりぺたんと座っていられるのはよそのだれかの犬だけだった。
*北陸、東北にかけては記録的な豪雪がつづいていると聞いています。いつだったか自転車で訪れた津南も大雪で隔離状態の地域があるといいます。あれだけ深い山、閑散とした地域だっただけに想像を絶する危機的状況にあるのではないかと思います。
どうか無事にみなさんが過ごせていますようにと無力なわたしは心のなかで祈るばかりです。
posted: mitsubako: 07:32AM
2006年01月10日
霜の降りた朝

冬の雨が降った翌朝、少しだけ早起きをしてもうとっくに止んだはずの雨なのに長靴をはいて出かけた。いつもなら見過ごすはずの草むらが朝日を浴びて浮き立っていた。
posted: mitsubako: 07:00AM | comments (2)
2005年11月21日
草はら

前にもいちど空き地やはらっぱのことを書いたことがあったけれど、今年の秋ほど草はらがいいなと目にとまったこともなかった。
秋とはいいつつも、むしろふたたび春が巡るような陽気が夏の後しばらく続いたせいか、花の感じが春を思わせるほど明るかった。
「Kai-Wai散策」というブログをご存知の方はとても多いと思うのだが、わたしは友人から教えてもらってこのサイトを読んでいるひとりだ。東京界隈が主だけれど、時々また違った界隈も登場する。通りすがってしまうようなもの、懐かしいもの、路地裏のようなところに目線をあてて、淡々と収集をしている。わたしの友人いわく「標本系ブログ」なのだそうだ。
山口県の三隅町というところへ行かれた時、はらっぱが目についたことを書かれていた。
わたしが、この秋はらっぱばかり撮影していたので、すごくこのエントリーに反応をしていていつかここでも書こうと思っていた。
もっとも、わたしの場合は、草花にやってくるみつばちの方が主流だったりするのだが、そうしてみつばちを追っかけているうちに気づかされる事象が実に多くて驚いている。わたしは、放置された草がぼうぼうの草はらがとても好きだ。放置された草はらは、人がどんなに造園をしようとしてもなかなかできない趣きがあったりして、その年の優位な草がほとんどの面積を優先していたりする。そんな中に人がかつて園芸をして植えたような園芸種もまざっていたりすると、なおさら想像を膨らませたりする。放置の影に人の気配とか暮らした跡を感じるからなのかもしれない。そして、放置の間に草に覆いかくして忘れてしまいたい人の陰もあったりするのだろうと思う。秋の夕暮れの光に照らされる草はらの色はなんともいえない黄昏れ気分と枯れ行く冬を想わせてくれる。だのに、今年はピンクのフシネハナカタバミの繁殖がすごいなとも思った。
posted: mitsubako: 07:47AM | comments (2)
2005年11月18日
とおい空

posted: mitsubako: 07:25AM
2005年11月14日
不思議と思う場所

このあいだ、ちょっとした小さな林で立ちどまった場所がある。
秋から冬へと移り変わるのこの季節、夏のから比べると遠く離れた太陽の光は侘びしさと一緒になって泣けてくる光を描いてくれる。朝と夕の光が大好きだ。
木立はとりわけ風の具合とかで射し込む光が一時一時変わり続けていく。
こんもりと盛られた土の上に草が生え、周りを木が囲んでいる。木霊が集まっているようにも見えるし、なにかを葬っているようにも見える。
淋しさは感じなかったけれどお墓だと感じた。
posted: mitsubako: 07:31AM | comments (2)
2005年11月09日
収穫期
「笑わないでください。写真は収穫した稲です。」一昨年初めて稲の収穫を自分でした時の第一声だった。今年は、友人のm-louisさんからわたしたちが活動をいろいろした広島の地、灰塚の苗もいただき、3つの小箱たんぼで稲を育てた。育てたというほどのことはしていなくて、太陽の光と、雨水と風が見守ってくれたおかげで昨年より少しだけ多く収穫ができた。記録は、パブリッシュが壊れてしまったblogのアーカイブに残されているのでそのうちに、journalへまとめようと思う。いつになることやら…。
秋の実りは、近所の庭先の樹木や草むらの中と気づけばたくさんある。艶やかな赤い実をつけるものもあれば、地味でそっとしているものもある。種を運んでくれるご希望の媒介者たちによって色も形も変えて「連れていっておくれ」と待ちのぞんでいるのだろうか…。わたしが小さいころ、秋になると裏山のしいの木に実がなって、家の古いトタン屋根の物置小屋にコン、カラカラカラと音をたてて降ってきた。夜、眠りにつく前にそんな響きを耳にしてイマジネーションをふくらます女の子がいたっけ。
よく横断する近所の道路わきの小屋からここ数日、夜も深まる時刻に渡るタイミングを待つ時間、懐かしい音が聞こえてくる。翌朝、アスファルトにつぶれたどんぐりを見るのは哀しい…。キミたちの旅はここまでだったね…。
posted: mitsubako: 07:28AM
2005年11月08日
石蕗
キク科の多年生常緑草の石蕗(ツワブキ)は江戸のころから人々に親しまれ栽培されてきたそうだ。ちょっとした野山へ行けば木陰にすっと自生をしている。先日近くの園芸店でふた株買ってきて植えた。以前にあったはずなのに、なくなってしまったからだ。どうして植えたのかといえば、養蜂家が「冬は花が少ない時だから…」といつか話してくれたことを覚えていて、冬の間も花を咲かせている石蕗をせめてでもいい、もしかしたら訪れてくれるかもしれないみつばちのために植えておいてあげたいと思った。
晴れた日の朝、川村記念美術館へはるばる足を運んだ。美術館の周りにある散策路には群生になって石蕗の花が咲いていてミツバチによくにたハナアブが蜜を集めにやって来ていた。
花が咲いたら、やって来てくれるかな、近所のみつばち……。今から晴れ間の冬のころが待ち遠しい。思えば、初めて養蜂園を訪れたのも昨年の11月だった。1年目の記念の花にしよう。
posted: mitsubako: 07:21AM
2005年10月28日
くもの巣

今年は女郎蜘蛛の巣はまだそれほど大きくは張られていない。でも、低木をよく見ると綿菓子のように虹色に輝く糸がぐるぐる巻になっている…。
2004年10月31日、明け方の雷と大雨で今朝は早くから目が覚めていた。10月も終わろうというのに激しい雷雨とは珍しいことだ。先日、秋晴れの庭木に大きくかけられているくもの巣をしばらく見ていた。直径80cm以上あるのではないかと思うほどの大きさの女郎蜘蛛の巣だ。真っ青な空にやさしい風にゆられてきらきらとしている。そういえば、秋の日射しに輝くものはいろいろある。ススキ、紅葉した葉、とんぼ…。いつだったかりんご園で夕日に真っ赤に染まるりんごを見たことがあった。この季節の太陽の位置によってきっと、さらに実りを輝かせてくれる光を放っているのかもしれない。くもの糸があまりに繊細に織りをなしていたので、カメラを持ち出して何枚も撮ってみた。そんなことがあって、毎日なんとなく、今日もまだかかっているだろうか?と気になるのだ。今朝の大雨後もまだ無事にあったので、ほっとした。雨をよけられる場所にはかかっていないので、激しく降る中よくぞ破けなかった、よほどグリスが効いているのかなぁ。
posted: mitsubako: 07:33AM
2005年10月26日
交差点のとんぼ

交差点のとんぼ
東京のどまんなか
午前9時40分
朝の交通ラッシュ時
太陽と排気ガスの靄のなか
きらきらととんぼが飛んでいる
たくさんのとんぼが飛んでいる
とんぼは光るものが水辺と認知するらしいから
空から見えるメタリックの車のボディの行列が反射して
きっと水辺なんだと思ってる
産卵をしようと車に向かって飛んでいく
東京のどまんなか
交差点の近くで毎朝いっぴきのとんぼの死がいを見た…。
posted: mitsubako: 07:21AM
2005年10月24日
秋草
遠くへ出かけることができないけれど、近くを久しぶりに散歩した。えのころぐさやすすき、秋の草花がいつのまにか元気よく咲きみだれている。秋はこれほど花が多かったかと思う。今年はいつになく草が美しいと感じる。朝日を受けた朝露の残る草むらが、今一番大好きだ。
少し涼しい夜は「晩秋」ということばが漸く光るようになって、虫の鳴き声がいっそう澄み渡って聴こえてくる。もっともっと冴えてきて、空中の純度が増すころが待ち遠しい…。
みつばちは、いずれやってくる寒い季節の前に最後の花の季節を謳歌して飛びかっている。
posted: mitsubako: 07:49AM
2005年10月20日
散るかおり

雨つづきだった…。雨と一緒にぱらぱらとオレンジの小粒がおちていく。
出かけの朝、ぼんやりそれを見ていたら、急にちょっぴり哀しくなった…。
あまりに新鮮だったから…。
「きんもくせい」にコメントやメールをいただいた。雨の日に撮った写真も載せてみました。
posted: mitsubako: 07:45AM | comments (2)
2005年10月19日
きんもくせい

どこからか運ばれてくる甘いかおり。
暗い夜道を歩いていると、自然にこのかおりに連れられて、そのどこかを辿って行ってしまいそうになる。
こんなに甘く、誘発するかおりなのに、みつばちはこの花にはただの一匹だってやってはこない。
posted: mitsubako: 07:41AM | comments (4)
2005年09月24日
あかね色

早朝の散歩をしてみたら、あかね色の主がじっとしていた。
草原の光線に飛ぶ群はゴールデンに輝いていて朝靄の中で幻想的だった…
渡瀬川をこえて、栃木に向かうところにあき津亭というお店がある。もう1年も前のことになるけれど、そこへ一度だけ行ったことがある。このお店の名前の由来はアキアカネの古名『秋津』からきているというのを思い出した。
*写真の主、ネキトンボかナツアカネかどちらかではないかと思う。近くの公園にて……
posted: mitsubako: 08:31AM