« 蜂のこと その29 | « Go to main page | いつでも『くちぶえサンドイッチ』 »
2004年12月11日
蜂のこと その30
●蜂と共に暮らすとは
もし、58歳ぐらいまで生きていたとしたら、わたしはどんな暮らし方を選んでいるんだろう。
蜂のことを書いてきてみつばちを見つめる目が少しだけ育ったように思う。何がわかったとか、何ができるようになったということではまるでないけれど、もし、こういう風なことになったら何を探せばいいかという方法とか、質問できる人とかそういうことがいつでも自分の周り在るようになったから。
なぜ58歳なんていう中途半端な年齢を選んだかというと、Max Westbyが今その歳だからというだけだ。人として、養蜂家として今とても信頼し尊敬できる人物だ。
大学の教鞭の職をリタイヤしてからはフランスのバーガンディー地方へ移り住み、エコロジカルな「食・住」を実践しながらミツバチを飼い、ブリキの彫刻家としても第二の人生をはじめているこの人のことを書きたくなった。
バーガンディーはフランスの東部に位置しワインの産地でもある。Maxはもともと神経科学が専門で、長い間ナマズの研究などをしていたらしい。アカシアの樹の下、ブドウが茂る片隅にミツバチの木箱が積み重なって置かれている。養蜂はアマチュアだといいつつも、イギリスの科学系サイトにコラムを投稿する執筆者のひとりだ。
昆虫、植物、いやすべての自然を愛し、人権を守るためのアクションもする。ボランティアでパーキンソン患者を訪問したりそのハートとフットワークには、溢れる何かが輝いている。それでいて、フランスっぽいシニカルで滑稽なおしゃれな初老だと思う。
ある時、彼の飼うミツバチで、羽もちぎれるほどに働いた最期の頃の姿をとらえた写真を見た。とても黒かった。だいたい1カ月前に飛び立った頃の若い時期と比較すると本当に消耗しきった老いた姿だった。
「とても体が黒い」とわたしが反応すると、このミツバチの種固有のものであることを教えてくれた。イギリスのヨークシャーという種類の蜂だった。この種はイタリアンのようにどんどん繁殖をしていかず一定を保つということらしい。わたしはミツバチ科学研究施設の中村先生の話を思い出した。ニホンミツバチは、必要以上に花粉や蜜源を集めてどんどん子どもを増やすことはせず、どんなに花が豊富な好条件でも自分たちの許容範囲をとどめている性格があると。それに比べると西洋ミツバチは、花があれば集められるだけ食糧を集め調子にのって子どもを増やしていっぱいになってしまうそうだ。「ニホンミツバチのような謙遜なかしこい生き方はわたしたちに何か意味を伝えているようです。」と言われたことがずっと心に残っていた。
ただしMaxは、ヨークシャーよりは、イタリアンの方が飼いやすいと言う。ニホンミツバチもヨークシャーと同様、巣が気に入らなければどこかへ行ってしまうし、飼い慣らすということを主眼にすると扱いはむずかしいと一般的にいわれている。人間の都合よりは、ミツバチの生態として調和がとれていることに目を向けることは、どこかゆとりを感じさせられる。
お世話になっている養蜂家がいつかこんなことを言っていた。「ミツバチのことを知っているとか、養蜂をしているというと西欧の人からすぐに信頼されます。それぐらい養蜂という職業は海外では認められているのね。」
確かに、わたしのみつばち好きは海外の友人からも温かく支持されている。ブラジル人の友人が"Abejas e colmenas"と命名してくれたんだったし、イタリアの友人はわざわざ故郷のイタリアンのミツバチの写真をいくつも撮影してくれた。岩手に住むアメリカの友人も故郷へ帰った時、偶然ミツバチの分封に出くわし、その一部を撮影してきてくれた。
ノイバレーに住む友人は路上で売られるノイバレーの蜂蜜の写真や、趣味養蜂の方の蜂を撮影してくれた。
日本でミツバチを飼う方々にもとても親切にしていただいてわたしはこれ以上何を望むのか?というほどhappy smilingな日々だったりする。
posted: mitsubako at <22:35PM>