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2004年12月05日
蜂のこと その24
●『分かたれた家』A house divided Mark Thompsonの活動
1989年、まだ東西の分断が続くベルリンでひとりの作家が蜜蜂を追跡していた。19世紀に使われていた蜂捕獲箱を使い、森の樹のほこらに棲む野生の蜜蜂や、飼育されている蜂群から蜂を追って、東西6kmに渡る四方を探し求め歩いていた。作家はこの追跡方法をliningと呼ぶ。追跡から西ベルリン側のピッカードさんの養蜂場へ辿りついた。養蜂家に自分のやろうとしていることを話すと、蜜蝋を分けてくれた。この蜜蝋はまだチェルノブイリ原発前に採取された放射能を含まないもので、貴重だった。
作家は西ベルリンの壁近くにある病院を「ベタニア芸術館」としてプロジェクトの場にした。
自然を共有できるモチーフを選び、その土地固有の素材、歴史、環境、さらに人々との関係をどんどん取り込んでいく作品形態を主眼に展開したこのプロジェクトは、行き着く先が予定調和的なものではない。集めて来た蜜蝋は、作品を公開する一室のアーチ型窓に塗った。窓から射し込む光を通して、この室内が蜜蝋色に包まれる。室内に立つ2本の古びた円柱もこの蜜蝋で覆い、豊かな香りが部屋を満たす。ガラス張りの巣箱1ケースをこの部屋に設置し、巣箱に蜜蝋とピッカードさんからの分蜂群を放した。巣箱とパイプを通じて病院の内と外をつなぎ、蜜蜂は自由に外へ蜜源を求めて飛んで行く。そして、また帰ってくる。東西の花から蜜を集め、ケース内に新しい有機的な巣を形成していく模様がライブで見ることができるのだった。
この1シーン、ガラスの巣箱の中での瞑想がCalifornia College of the ArtsのMark Thompsonの作品集で見ることができる。
人間は壁を越えることができなくとも、いと小さきみつばちたちによって、ひと足先に東西融合の予兆があったことに、私は大きな意義を感じる。もしかすると、自由に見えていて、私は、見えない壁に囲まれて決して自由でないかもしれない。だけど物理的に国の政策として、こうした制約を受けたことはない。実際にこうした体験をした人々は、一概にはいえないが、我慢強く耐えることに慣れている。だから、ちょっとした弾圧とか、抑圧にも沈黙で闘える底力のようなものが静かに備わっていると私は感じることがある。東独、チェコを訪れた時に、あるいはインドネシアの作家と共にした時感じたことだった。
蜂が行きかう光景を、もしその場で見ていたとしたら、その姿に私は何を見るんだろうか。
この作品の一部は、古事記の文献に初めて蜂が現れた状況と似ており、大国主命が何かの試練のための通過儀礼として蜂の群がる部屋に閉じこめられたとあることを想起させる作品でもあったと、訳者の松香光夫氏は書いている。
もう一つの作品はここ日本で行われたものだった。
松尾芭蕉の『奥の細道』に深く共感した彼は蜂箱をしょってその足跡の一部を辿った。私はそれが一体どこあたりだったのか実際に知りたいと思う。
道連れの蜂に、作家は蜜源を求めて旅をする。蜜源に辿り着くまでは、目的に向かって歩調も急ぐ。けれどもそれに近くなるにつれて、歩く歩調も緩やかになる。場へ行き着く一歩一歩は独立したステップではなくて、この連続性が線となり、場から場へとつながりをもたらす。やがて、蜂と人との関係に相互感が芽生え、共生関係が生み出される。蜜蜂は花らか蜜を得、花は蜜蜂を媒介に花粉を運んでもらい、新しい芽生えを繰り返す。養蜂家は自分の求める蜜にしたがって蜂から糧を分けてもらう。常に蜂群の状態が将来にわたり良い状態であるようにと一部を残しておく。蜂と養蜂家の共生は自然界との深い精神性とつながりをもって調和している。この移動と共生には、何年もの月日が費やされて、はじめてバランスが保たれる。プロジェクトを通して気づかされていくこと、この「目覚め」が彼の作品意図である。
追記:旅先の途上で、彼は家族にはがきを送るという。
これは、また別のところで紹介するが、私がこの作品を知りたくなったのには大きな理由がある。1996年、岡崎乾二郎の親友でもある、ロシア人作家ヴァディム・ザハロフ氏を招待した。その際に私は、彼と同行してプロジェクトのサポートをした。無人島へ渡る計画を立て、その地を選ぶにあたり岡崎氏は「芭蕉の足跡を辿るとか、そういうことを彼に話てみて。東北がいい。」と旅先のアドバイスをもらい、松島あたりを探したが、結局、宮城県立美術館の斎さんの勧めなどで、気仙沼沖、大島に渡った。1ヶ月に渡る彼との旅のプロジェクトは、表出するものこそ違うけれど、源流がThompsonと似ている。私が未知数で体験したことが、後々紐解くように理解できるようになったりすると、その時あらためて感謝と貴重な体験をさせていただいていたことに気づく、今である。
最後になるが、Thompsonのライブ・インのガラスの巣箱には思いがある。私のプロジェクト“みつばちの木箱”の前身では、ガラスの蜂箱を考えていたことを記しておきたい。そして、エルンスト・ユンガーの『ガラスの蜜蜂』を想い起こしたりする。
※見つけられたら、Hi8から東独を旅した時のベルリンの風景をいづれここにアップします。
芸術に関するものは“草の根っこ”のカテゴリーに入れていたのですが、“蜂のこと”に入れかえることにしました。
posted: mitsubako at <21:33PM>