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2008年09月23日
大道あや展

開催期間中に書くことができればよかったと思う展覧会のひとつが渋谷の松濤美術館で2008年8月5日-9月21日までやっていた「けとばし山のおてんば画家 大道あや展」だ。わたしは終了間近になって足を運んだ。大道あやは、70歳を過ぎて画家になった丸木スマを母に、兄に「原爆の図」で世界的に知られる丸木位里をもつ。人生のさまざまな悲しみや苦しみを経験して60歳になるあやに「わしが極意を教えちゃるけん」と、絵の世界に声をかけたのが兄の位里であったという。大道あやの絵筆のタッチは、数々の絵本で目にしたことのある人が多いはずだ。まるで「鳥獣人物戯画」を思わせるようなユーモラスな小動物は、わたしたちの身近なできごとをそのまま空想の世界へ連れていってくれる。田舎の一軒家にひろがる庭や草むらで遊んだ経験のある人には、再びその楽しかった体験を再体験させてくれる力がひそんでいる。暮らしの中のできごとをいったん大道の心の「ユーモア」というフィルターにかけてから、多くの色彩を用いて細部にわたる描写を手がけていると感じる。絵は明るく元気いっぱいで、見ているとこちらも思わず微笑んで愉快な気持ちにさせられてしまう。会場に来ていた老夫婦にふっと目がとまった。擬人化されたかえるのモモルをじーっと見つめていた夫の方がひとこと「かわいいね」とつぶやいた。わたしは「きのこ」と題する絵のほんの傍らにみつばちたちがそっととまっているのに感嘆していた。ぜひ、絶版になった絵本を図書館などで目にしていただきたいと思う。
「ねこのごんごん」(福音館書店 1975年)、「かえるのモモル」(小峰書店 1977年)、「けとばしやまのいばりんぼ」(小峰書店 1980年)、「しゃものピョートル」(福音館書店 1984年)、「たろうとはなこ」(福音館書店 1987年)ほか多数。
posted: mitsubako: on 16:09PM | comments (2)
2008年09月12日
横浜トリエンナーレ 2008

9月13日から11月30日までの79日間、「タイムクレヴァスへ」というテーマで横浜トリエンナーレが開催されている。内覧会を1日をかけて歩いてみた。新港ピアでチェックインをすませて、まずは赤レンガ倉庫に向かった。2F会場では主に戦後日本の前衛アートのパフォーマンス映像資料を観ることができる。土方巽、具体、フルクサスなど身体表現の貴重な映像が流れている。その資料展示室にそった長い廊下には壁から突出しているテキストを読みながら進むミランダ・ジェライの作品がある。日本語と英語で進む方向は逆になる。ワンウェイの狭い空間に個人的な内面を1対1で向き合わせられる作品だ。3F会場には、リクリット・ティラヴァニャのほか、ハンブルク在住のハンネ・ダルボーフェンの作品が整然と展示されている。えんぴつで走り書きをしたようなメモや数字、日常に使われていたなんでもないような挨拶状と楽譜の表記の組合わせのパターンなどが壁に順列されている。ひところ昔の作風のコンセプチュアルアートの手法を感じる。
チェックインをした新港ピア内は会場空間構成が西沢立衛設計事務所で、ここで23人の参加アーティスト作品が見れる。この会場で私が楽しみにしていたのは、スイス、チューリッヒ在住の作家フィシュリ&ヴァイスだ。彼らの「事の次第」は日本でなじみも深くよく知られている。今回はトリエンナーレのポスターにもなったラット・アンド・ベアーのフィルムの上映と会場内の隅にラット・アンド・ベアーのぬいぐるみが、グーグーと気持ちよさそうに眠っている。はたしてラット・アンド・ベアーは芸術で一攫千金を得られたのであろうか。なんとなく笑いがこぼれてくる。カールスルーエ出身のウラ・フォン・ブランデンブルクの映像は映像でありながらシーンに古典絵画を再現している。映像なのにまるで静止画を見ているような錯覚にとらわれる。ひとコマひとコマが、クラシカルな写真のようでもある。ひととおり会場内を見てからカフェで休憩をする。作品数を多く観るときは休息も大切な時間の使い方だ。会場めぐりの仲間に、今日初めてお会いした画家の日高理恵子さんとお話をする。詩人・長田 弘の「空と樹」の挿画でも知られた方である。そのまま茶飲み話がつづきそうな私たち女性グループに、「今日は雑談をしにここに来たんじゃないでしょ、見ないと、見ないと」と一緒に休憩をしていた峯村敏明さんに言われて、次の会場へと足を運ぶことにした。
わたしの中での今回の目玉は、本牧にある三渓園内に設置された中谷芙二子の霧の彫刻だ。午後、シャトルバスで三渓園に着いたころには、まるで真夏のような太陽が照りつけていた。園内の緑は美しく、歩くたびに変化する庭を楽しみながら作品を見てまわる。涵花亭でトリス・ヴォナ=ミシェルの作品を聴き入り、旧燈明寺本堂のお堂内の暗闇の中をカンテラを持ってキャメロン・ジェイミーの民族文化的な作品ものぞく。そこで久しぶりに建畠晳さんに出会う。横笛庵の近くまで来ると霧がたちこめていて、木々の間に射し込む光りがかもし出す美しい情景に心を奪われてしまう。まずは、横笛庵の内藤礼の繊細な作品を見てから霧の中へと向かった。風に反応して霧を発生させるしくみになっていると中谷さんが話してくれた。三渓園の風景はこの人工の霧の発生によって、さまざまに変化をする。樹木にかかったクモの巣は水のしずくで白く輝いていた。また偶然に、"here and there"の編集と出版をしている林央子さんと出会う。この会場から日本郵船海岸通倉庫ビルまで一緒にまわることになった。日本郵船海岸通倉庫ビルでまず目をひいたのは、田中泯さんの小屋だ。いつパフォーマンスをするかは観客にあらかじめ知らされてはいない。2F、3Fの各フロアにはマシュー・バーニーやポール・マッカーシーをはじめ21人の参加アーティストの作品が置かれている。マリナ・アブラモヴィッチの作品台には勇敢にも作家の窪田久美子さんが体感した。
この後、カフェで休憩をしてから若い作家たちの関連イベントでZAIMにも顔を出す。
本来ならゆっくりと数日間をかけて見ていくものなのだろうが、時間に限りもあるのでできる限りの作品をざっと見てまわった。毎回思うのは、作品数が多すぎて忙しなく観てしまうことだ。会場内はまだ内覧会とあって準備中のものもあったり、作品に対して質問をしてもスタッフがあまり説明ができなかったりする。運営も含め79日間を通じて熟成していくのだろう。会場を後に、疲労感にひたった私は、最後に少しだけ頭を冷やしに大桟橋に行って海風にあたりながら芝生にねころんで月を眺めていた。闇のなかライトアップされた桟橋にシャボン玉がたくさん飛んでいるのが幻想的だった。
今回は、全体的にビデオアートやパフォーマンスが多くとりこまれている。「タイムクレヴァスへ」の企画趣旨のひとつに時間意識を覚醒させる意図が含まれている。現代社会にあって時間はもはやリニアな線としては表現できず、複数の軸線が複雑にからみあって出現している。この現象は、必ずしも人間の深層の豊かさと結びついてはいない。現代社会のこの現実を時間の亀裂ととらえ、亀裂の中に落ちた自分をそこから再認識することがはたしてできるだろうか。その場でしか体感できない身体パフォーマンスが多く取り込まれた狙いはそこにあるという。私にとっては、野外での三渓園のゆるやかな時間の流れが、日常と対話ができる最高の場所となった。最後に、その場所で偶然にも内覧会鑑賞中のフィシュリ&ヴァイスに出会うことができたのも嬉しかった。そして気持ちのよい人たちと歩いて回れたことがなによりも楽しい1日となった。
帰宅後「タイムクレヴァスへ」のテーマを読んだら若林奮の「VALLEYS」のことが無性に頭に浮んできた。今年見た展覧会の中で印象の深かった「VALLEYS」のカタログをもう一度開いて読んでみたりした。
会場への詳しいインフォメーションはこちら

ハンネ・ダルボーフェンの作品の一部

ラット・アンド・ベアー

中谷芙二子の霧の彫刻(三渓園にて)



田中泯の小屋前にて

マリナ・アブラモヴィッチのSOUL OPERATION TABLE

大巻伸嗣のイベント Memorial Rebirth

posted: mitsubako: on 02:44AM
2008年09月07日
みつばちの本

用事で銀座に出かけた。銀座に行くと必ず立ち寄る本屋がINAXだ。INAXシリーズの新刊書籍をいろいろ見ようと思って行ったのだが、目についたのはみつばちの本2冊だった。
1冊は福音館の月刊たくさんのふしぎで「ニホンミツバチと暮らす」文・写真 飯田辰彦。もう1冊は「庭で飼うはじめてのみつばち」監修 中村純 編著 和田依子 山と渓谷社。
生息が減少しているというニホンミツバチと都会で飼育が増えている西洋ミツバチ事情を象徴するような2冊だ。「庭で飼うはじめてのみつばち」はホビー養蜂を楽しむための情報がたくさん掲載されている。部活動のようなミツバチ愛好家たちの集いがあることも知った。数年前に比べるとずっとミツバチが人に注目をあびるようになったようだ。人は意外に容易に養蜂をスタートさせているんだなと思った。それにくらべると、わたしはなんとのんびりと養蜂のことを考えているんだろうと思ったりする。
posted: mitsubako: on 13:58PM | comments (2)
2008年09月06日
東京のはらっぱ

「はらっぱ ひろっぱ はらっぱ ……」という歌があるのを知っているだろうか。
大きな声で空にむかってこの歌をうたうと気持ちがいい。
先日、東京タワーの見えるビル群の街でルーフガーデンの視察に行った。地上から約45mの高さの屋上に水田やビオトープが作られている。樹木や小さな菜園も再現されている。これまでのビルの屋上は排気口や空調機がむきだしの味気ない印象だったが、ここ数年の建築は屋上利用を工夫したものが増えている。高層階のビルから見下ろす景観に考慮したものだという。空中に持ち上げられたこの庭園の視界は不思議だ。持ち上げられてはいるものの地面という零レベル感覚がありながら、高層ビルの窓面のすきまから雲や空がのぞく。立ち入ることはできない向こう側のビルの上は鳥たちが運んだ糞からはらっぱができていた。
東京のはらっぱは都市開発途上地域とこうしたビルの屋上に健在している。雑草よ、東京をおおいつくせ。
posted: mitsubako: on 12:30PM