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2008年04月19日

『小さな建築』をめぐる千一夜

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象設計集団の創設メンバーである建築家・富田玲子のシンポジウムに行った。第1回目のテーマは「子どもの居場所」で、語り手は詩人の谷川俊太郎、教育学者の佐藤学そして富田玲子。
富田玲子は「あいまいもこ」の建築空間をスライドを通して紹介していく。選出した写真の意図と組み合わせが一つひとつ詩のように建築それ自体と連鎖するシーンが美しいと感じた。そこにはやさしい光りがある。
「谷川さんは何歳までが子どもとだと思います?」と静かに富田さんが語りはじめた。生まれた小さな子どもの最初の居場所は「だっこひもでくるまれた布の中」という。小さくて、あたたかくて、やわらかいということが居場所のはじまりではないかと富田さんは考える。
子ども1人。柱1本がひとりであることの居場所になる。子ども2人。子ども3人。明るく落ち着く北の光、教室と庭の真ん中にある隙間、音に対してやさしい材質の床や壁。内と外の境界がはっきりとしないあいまいで不思議な空間を「あいまいもこと」呼ぶ。

佐藤学は国内外の教育現場を知るフィールドワーカー。西洋の学校建築の流れにはふたつのルーツがあるという。それが教会と監獄だ。日本の学校建築の二つのルーツは民家と兵舎。明治33年にいわゆる学校のビルディングタイプができあがる。以来、質実剛健で廊下は北が規則となった。いくつもの海外の学校を見てきて佐藤さんも富田さんも印象に残ったのが偶然イギリスのShady Hill Schoolだったという。1918年に創立、ケンブリッジのハーバード大学の裏手の林の中にある。空間と教育現場が共鳴しあい棲まい、憩い、交わり、学びあう場所としての学校が成立している。
・ルーム(居場所)としての学校
・ホーム(家庭)としての学校
・コミュニティ(共同体)としての学校
子どもサイズで作られている学校で、自分の存在が感じられたり、静かで彩がとてもいい。こうした環境は声を荒立てずにおだやかで静かに暮らせるということにつながる。静かな落ち着いた環境は思考を深める。日本の画一化された学校はPタイルでコンクリートの硬質の素材がもとになっている。硬い床や壁は声がキンキンと反響するので、聞こえづらく話し声がさらに大きくなって騒々しくなる。

谷川俊太郎は無意味、言語以前に触れる詩創活動をおこなっている。自分の存在を意味論をあえて排除することで、身体を通じて言語以前を再現しようとしている。谷川さんは学校ぎらいだった。学校は意味空間を強要するところがあって反発を覚えたという。「学校」という詩を朗読。この詩のなかで学校を火事にしてしまう。そんな谷川さんが、学校の校歌の作詞をしている。戦後30年ぐらいのころに作ったものには校名、場所性などを織り込むことが重要な要素であった。しかし時代の変化とともに本質に向き合う詩を求められることが多くなってきた。
今では、時代の政治形態の影響を受けないような文化を伝える詩に変っていっている。

こうしたそれぞれの3人の仕事とディスカッションを通し、「居場所」=自分の座標、あるいはポジショニングは意味だけでは伝たわらないものを持ち合わせていることが見えてくる。それが身のおき方や呼吸、そして距離感であり、人と共有できる心の加減は空間と密接な関係がある。それは、建築以前を「あいまいもこ」に包んでいる建築空間のなかで起きる衝撃ではないか。
『小さな建築』富田玲子著 みずず書房

posted: mitsubako at <18:25PM>