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| 若林奮
犬になった彫刻家 »
2008年03月11日
「かつら文庫の50年」記念の集い

2008年3月に101歳になられた石井桃子さん。彼女が生み出した名著の数は、もはや言うまでもない。「かつら文庫」が誕生して50周年を迎え、その活動の歴史と石井桃子さんの功績が新聞や雑誌などで取り上げられている。「幼なものがたり」によれば、浦和に生まれ、身近な家族や近所かいわいの人々にいつも囲まれて、かかわりをもって暮らし、時には現実と物語の世界のあいだを行ったり来たりした天真爛漫な女の子が、後の石井桃子を児童文学者に育て上げたといっても過言ではないだろう。わたしが思い描いていたおとなしくて優等生のように本を読みふけっていた少女のイメージは払底され、むしろ躍動的で活発な子どもであったことを知ってほほえましく思う。このことは、楽しい幼児体験がなによりもファンタジーにつながる基盤をはぐくんだ証ともいえよう。
石井桃子さんが荻窪に家庭文庫を開いたのは、「子どもから学ぶ」という一貫した姿勢のひとつで、それを実践する場であった。岩波新書からこの文庫の7年の記録を綴った『子どもの図書館』が出版されると、大きな反響を呼んで、子どもたちのために何かをしたいと思っていた庶民の心に共感を与え、各地で次々と家庭文庫が開かれるようになった。しかし、石井桃子さんの意図は家庭文庫を広めることでは決してなく、「本をつくる側」がもっと子どもの目線に立つために研究をし、広義の意味で機関としての役割を担うためのものであった。それと同時に子どものための図書館は、国の税金でまかなわれ、公共のサービスとして社会に根づいていくべきものと考えていた。かつら文庫はそのためのプロットタイプだったとも言える。
その後も、かつら文庫を個人活動にとどめることなく存続させていくために、慈善的志向の強い土屋文庫、子どもと本の関係を実践的に見ていく現場としてのかつら文庫、子ども図書館ができるサービスとは何かを検証する松の実文庫、これらの3つの流れをくんで東京子ども図書館という財団法人に組織化した。社会とつながりを持ち、それを事業として組織的に運営をしていったこの女性たちの50年の仕事は大いに注目するにあたいする。
開演前、席を探して通路を歩いていたら、短大時代の恩師芝恭子先生に偶然お会いした。懐かしい思いがいっきに蘇ってきた。
2008年3月5日(水) 13時〜15時30分 有楽町朝日ホール
主催 財団法人東京子ども図書館
posted: mitsubako at <08:02AM>