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2007年10月28日
生命の予兆

台風の影響で大雨の新宿、風が吹き荒れはじめた頃にロシアンレストラン「スンガリー」へ入った。酢漬けの魚やふわふわのクレープに包んだサーモンをほおばったり、笑ったり、お酒を軽く飲んだりして過ごすうちにどうやら台風は通り過ぎて行ったらしい。
ビルの地下だと窓もないので風も雨も知らず、すっかりいい気分でお店を出た時刻には雲の間からぼんやり月が見えていた。そうして、今日ひとつの新しい命の誕生の知らせを聞いた。
「おねえちゃんに赤ちゃんが今産まれた」それから彼女は自分の遠い故郷へ帰りたいと涙をこぼした。
なにひとつ言えなかったけれど、命が誕生することにはとても不思議な力がある。理由はないけれど新しい命が祝福してもらいたくて、どんなに遠いところからでも呼んでいるんだと思う。星に導かれてそこに駆けつけることが一番なんだと思う。
わたしたちは何よりもこの命につながっていて、そのことのために食べて、感じて、喜んで、哀しんで、遊んで、ちょっとだけ働けばいいんだと思う。
おめでとう、小さな命へ。
posted: mitsubako at <00:45AM>
> わたしたちは何よりもこの命につながっていて、そのことのために食べて、感じて、喜んで、哀しんで、遊んで、ちょっとだけ働けばいいんだと思う。
これは、いい言葉だなぁ。
台風一過でカラリと晴れた朝にこれを読んで、とてもいい気分です。ありがとう。
posted: iwayan on 2007年10月28日 07:06
iwayanいつもありがとう。
人に対して愛情を持つということがこの頃気になってしかたありません。
自分が他者に対して持つ愛情が普遍的なものではなくて、とても固執したものなんじゃないかと痛く感じることから発しています。
そんな時、身近な人ですぐにはわからなかったけれど心に深いものを持っていて愛情を恥ずかしがらずにこめられる姿に感動してその姿から自分もあたたかい優しい気持ちになれることがあるのです。
昨日の生命の誕生の知らせをこんな風に他人事ではなくて一緒に喜べるようになったのには、その人の影響がとても大きいなと思っています。
わかっているようでいて、心に本当に感じることができるには意外とむずかしいことだったのです。
ああ、iwayanもそうしたことをわたしに教えてくれたひとりかもしれないです。
かりんちゃんという写真を通して:))
posted: mistubako on 2007年10月28日 17:16