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2007年10月31日
石ころに問うように
入社をして1年がたった。辛く、悲しいことばかりで、涙をするか怒っているかの毎日がそのほとんどだった。
悩んだり、悔やんだりの連続で精神的な疲労がひどく、いつのまにか考えることすらできない状態が続いた。それでも、人生の仕事と思ってあたためてきたみつばちのことだけは、あきらめずにつないできた。この先また同じ1年がつづくと思えば、出てくるのはため息しかない。だれかのせいではないのだけれど、自分で自分の環境をつくりかえて行く魔法が今の職場ではちっとも効かない。力もだんだん尽きてきて、時々どこかへ逃亡したくなる。
ひとりで、ぼんやり湖の前に座って、空を通過する雲を見たり、湖面に浮かぶ影を追ったりしていたい。それからこの1年のわたしをすべて消してしまいたい。
羽音に耳をかたむけ、木箱を押して、たんぽぽの広がる野原でおもいきり寝転んで時間を過ごしていたい。
裸足になって澄んだ心で真理を石ころに問うように、謙虚に深く詩えるひとになれればそれでいい。
posted: mitsubako: on 22:41PM | comments (1)
2007年10月28日
生命の予兆

台風の影響で大雨の新宿、風が吹き荒れはじめた頃にロシアンレストラン「スンガリー」へ入った。酢漬けの魚やふわふわのクレープに包んだサーモンをほおばったり、笑ったり、お酒を軽く飲んだりして過ごすうちにどうやら台風は通り過ぎて行ったらしい。
ビルの地下だと窓もないので風も雨も知らず、すっかりいい気分でお店を出た時刻には雲の間からぼんやり月が見えていた。そうして、今日ひとつの新しい命の誕生の知らせを聞いた。
「おねえちゃんに赤ちゃんが今産まれた」それから彼女は自分の遠い故郷へ帰りたいと涙をこぼした。
なにひとつ言えなかったけれど、命が誕生することにはとても不思議な力がある。理由はないけれど新しい命が祝福してもらいたくて、どんなに遠いところからでも呼んでいるんだと思う。星に導かれてそこに駆けつけることが一番なんだと思う。
わたしたちは何よりもこの命につながっていて、そのことのために食べて、感じて、喜んで、哀しんで、遊んで、ちょっとだけ働けばいいんだと思う。
おめでとう、小さな命へ。
posted: mitsubako: on 00:45AM | comments (2)
2007年10月21日
Jochen Lempertのミツバチの写真
蜜蝋で絵を描いている人がいると知って、画廊に先週、足を運んだ。やさしい曖昧な色味が魅力的だなと思った。
ふと、会場の隣にある本の陳列の中に写真が数点おかれているのに目がいく。モノクロ写真のミツバチやミニマルな昆虫の写真だった。ミツバチの写真は焦点がきっちりとあっているわけでもないが、かえってそれが昆虫写真とは異なって作品として成立していると感じる。作家はJochen Lempertという人で生物学を学んだ後にアート活動をはじめたという。昆虫を詩的なモチーフにひきだすことができるとはなんともうらやましいこと。ちょっぴり勉強した気分になった。わたしもこんな作風を自分でみつけだせたらなと思う。
posted: mitsubako: on 18:22PM
2007年10月20日
いとおしい時間

仕事でよく池尻大橋へ行く。地下鉄から地上へ上がるとすぐに高速道路と246が走っている。脇道に入っていくとそこは意外にも静かで、昔ながらの小さなアパートや一軒家が並んでいる。ブロック塀を歩く猫と目があったり、庭先に咲く秋の花や実の鮮やかさにはっとする。室内ばかりの仕事に追われる週を過ごして、久しぶりに日中の外界に触れれば、こんな都会の中にも驚くほど小さな自然が変化をしているものだ。
池尻大橋の駅から世田谷公園にぬけるまでの道にはそんな楽しみがある。そして足を運ぶ世田谷ものづくり学校の庭をちょっぴりのぞくのも楽しみのひとつだ。玄関先の2、3段のステップをのぼった踊り場は、花壇でもないのに淡いピンクのかわいらしい小花が群生している。かがみ込んで、その淡い色彩の絨毯をながめていると、やがて見えなかったものが見えてくる。小さな生き物たちがその群生の中でやさしく儚い生命をいとなんでいる。ふわふわと浮遊するような白い羽の虫たち、小さなシジミ蝶。名を知る虫も知らぬ虫も夕方の薄い光の中でうごめきあっている。「ふう」このいとおしい時間にため息まじりの深呼吸ひとつ。
邪魔をしないようにそっと立つと、わたしは玄関の向こう側の小さな菜園も見に行った。大きな木の上で鳥が鳴いている。ここでも深呼吸。多い茂った雑草の中に夏の暑い日、林さんと見た大根がまだ植わったままだった。枯れたハマナスの木に橙色の実がついている。下から見上げてみると空の青と白い鰯雲にむかって実が複雑に絡んでいるように思えた。ふとその先に視線を向ければ、藍の花が咲き乱れている。ここにも虫たちがまるで春の夢を見ているかのごとく花から花へと舞っているのだった。
ほんの額ほどの土地から沸き立つ生命の光景はかえってかけがえもなく広大なはらっぱを幻想という中に映しだす。いとおしいこの時間よ、ずっとこのままでと。
posted: mitsubako: on 22:19PM
2007年10月15日
ZEN CENTERのこと

「考える人」No.22の特集アメリカの考える人たちの発売を楽しみにしていた。読んでください。いいです!
精進料理のことがずっと気になっていて、でも今人気のマクロビとか自然食の本は手にする気にもなれず、ずいぶん前に水上勉の「精進百撰」を買ってぱらぱらと眺めていた。わたしがサンフランシスコに住んでいた頃、精進料理は一種のブームでルームメートのジルに毎日のように「精進料理教えて」とせがまれ、かなり我流のわたし風精進料理いや野菜料理を伝授したものだった。
「スタンダードは知らないよ。わたしのは自分でここにあるもので考えて作るだけだから」といっても彼女にしてみるとものすごい食文化だったらしい。
ある日彼女が手にしていたのはZEN CENTERから出ているレシピ本だった。「すっごいいい本があるの」と宝物のようにしていた。彼女にとってのZEN CENTERの食事は精神そのものだった。
今号の「考える人」はこのZEN CENTERのGREEN GULCH FARMのことが書かれている。わたしは急にジルの笑顔が思い出されて懐かしくなった。Tassajaraベカリーのパンはわたしのお気に入りだったしGREENSの本はいつもテーブルに置かれていた。窓辺にはわたしたちのアボガドの食べタネからひょろりと伸びた芽も並んでたっけ……。わたしにとっては人生第二のステップの土台となったこういう西海岸的カルチャーブームを現在の日本はどうとらえるのだろうか。ちょっと興味がある。
そうです、今のアメリカは嫌いです、でもそれはごくごく一部の石油資源をめぐる戦争を神の名のもとに行っている先導者たちが嫌いなのであって、マスコミやメディアにとりあげられるアメリカという名に象徴されている断片が嫌いなのかもしれないのです。
いいところもいっぱいある。悪いところを「わるい」というより、いいところを「いい」と素直に言えることが平和を生み出す小さな力になるのかもしれない。それって簡単なようで案外むずかしいことなんだけど。
なんだかGREENSの本が手元に欲しくなってきている。
posted: mitsubako: on 13:30PM | comments (0)
2007年10月14日
アントニン&ノエミ・レーモンド展

気持ちのよい秋の週末はいくつもの展覧会に足を運んでいる。
並行して読んでいるもの、頭に浮かんでいながら連鎖していないキーワードが、ふとしたことでつながる時がある。そうすると、その瞬間はかけがえもなくいい時で一歩また飛躍できる自分になれる。イリヤ・カバコフの『世界図鑑』絵本と原画展、アントニン&ノエミ・レーモンド展もその内にあげられる。カバコフ展のことはまたいつか書くかもしれない。ひとこと言っておくと、彼の「はえ」がわたしにとってのみつばちである。
話はアントニン&ノエミ・レーモンド展にしぼろう。
アントニン・レーモンドは1888年にボヘミアに生まれ、1910年にニューヨークへ移住したデザイナーだ。広告、デザインの傍ら夢を持っていた建築家への道は、地道な製図おこしの仕事から実現していく。兼ねてから交流のあったフランク・ロイド・ライトに声をかけられ帝国ホテル建設事業のために来日をした。日本との長い人生の付き合いと建築家への扉はここから開けられた。ライトの元では、下働きにあけくれ、やがて退職を決意する。その原動力が後のレーモンド夫妻をより深く日本文化を解釈し自身のスタイルに吸収していく動機になったといえよう。
外資投下の好景気と重なって1900年前半の日本は、西欧の建築論で西洋化しようとする日本の近代化の風潮と一致して外国人建築家は需要が高かった。時代の波に乗ったレーモンド夫妻は、東京女子大学、星薬科大学、各国の大使館(フランス、旧ソビエト連邦、ベルギー、カナダ、アメリカ)など着々とビジネスの好機を得ることになる。こうして得た資金でヨーロッパへの旅を実現し、当時ヨーロッパで勃興しつつあるモダニズムの流れに触れて大きな感化を受けることになる。西欧のモダニズムと並行して、彼がとりわけ関心を深めたのが日本の民家と伝統文化であった。西欧を映し出すことで日本の伝統を知り、日本の伝統に触れることで西欧の建築論をより独自のものに掘り下げていくことができたといえるのかもしれない。
壁にはられたキャプションに目がとまる。「人々と彼らの着物、家庭用品、瀬戸物、絵画、庭はみなすばらしい用途の一致を示しており、自然界のいかなるものとも同様に、時代を経て自ずと明確に発展してきた」アントニンが見た当時の日本の情景である。
彼は、1930年代には、喜び、静穏、ユーモア、自然さといった人間が人間らしく生活ができることが建築自体を洗練させるという考えにいきつき、生活様式を創造的な空間に広めていくための「芸術と自然」を日本の伝統文化の中に見いだしていったのである。
レーモンドの弟子にはジョージ・ナカシマ、吉村順三、前川國男などがいる。
芸術家たちのための週末住宅としてチリに構想を描いていたル・コルビュジエの未完の邸宅「エラズリス邸」に着想を得ていた「夏の家」の写真が心に響く。そして吉村順三の軽井沢邸と二重写しになるこの「夏の家」はわたしをひどくノスタルジックな気分にさせるのだった。その地にある素材を使い、大工と共に建設をしたというこの家は平凡であるがゆえに美しい。そこに在ることがあまりにあたりまえであるがゆえにくっきりと見えてくる思想があるのだと思える。
戦争を背景に日米関係の悪化をのがれるようにしてアメリカへ帰国をしたレーモンド夫妻は、ウィリアム・ペンの色が濃いクエーカー教徒の拠点ペンシルベニアのニューホープ州で実験プログラムを開始する。戦後にレーモンドは再び日本へ再来日をはたすがこの時、彼には5原則が明確にあげられていたという。
「建築は、simple, natural, economical, direct, honestでなければならない」
わたしはこの言葉に日本の修験道のスピリットとクエーカーの沈黙と清貧のアクションが結晶しているように感じる。
わたしは、長い時間をかけて芸術が雲のように立ちあらわれるところを探し続けているひとりだ。
今たどりついた地点は、自分が気持ちよく過ごせる環境を営んでいくことだ。そうした創意工夫が日々の日常のなかであたりまえのように働きかけられる人が真の芸術家ではないかと思う。二人称や三人称で語るべきことではなく、一人称の実にごくあたりまえの「わたし」から発することのできるものだと思う。ひとりであることに気づいて、他者と出会あうことのできる世界の実現だと思うのである。
*展覧会カタログの「レーモンドと日本」松隈洋さんの考察をとても面白く読み参照しました。
写真はカタログからの複写で「夏の家」です。
posted: mitsubako: on 12:41PM | comments (0)
2007年10月08日
直島の家

直島で一軒いいなと思う家があった。
なんとなく昔どこかの街角で見たことがあったようなそんな家だった。
植木が家から生えているみたいで、緑の縁や戸袋のペンキの色が懐かしさでいっぱいになった。
歳をとったら小さくてかわいらしい一軒家に住んでみたい。
posted: mitsubako: on 10:32AM | comments (2)
2007年10月07日
旅の逆もどり

9月の旅で見た瀬戸内海の青い海と小さな島々が心の中に浮かんでいる。その後、伊丹十三の本を貪るように読み続けていて、旅はまだ読書の中でも続いている。
もうひとつ旅を逆もどりすると、伊丹十三記念館の前に丸亀の猪熊弦一郎現代美術館にも立ち寄った。何度訪れてみても気持ちの良い空間と気さくな空気が流れている。半日をぼんやりとすごして、カフェでゆっくり食事をしただけなのに、物足りない日々の生活の探し物が見つかった気分で満たされていく。
この旅のおかげで9月は気持ちよく過ぎ去っていった。
さあさあ、秋です。風も気持ちよくなってきていよいよ活動開始です。
posted: mitsubako: on 21:25PM