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2007年01月27日
eight 8

ある午後のアスファルト、西新宿駅に向かっていた。
小ぶりの熊蜂が路上にうずくまっている。
こんな寒い日に、こんなところで、こんな時に出くわした。奇遇は奇跡を暗示する偶然かもしれない。
そして、いつもカメラを持ち歩かない自分をはじめて悔やんだ瞬間だった。
イメージはtanakatakashiさんの作品です。
posted: mitsubako: on 16:31PM
2007年01月24日
鳥 ' "
今日は午後半休をとって会社を早退した。
その足でP3の伊藤忍さんと何年ぶりかの再会をした。考えてみると忍さんに会う時は、自分の中で何かの決断ができた時なのかもしれない。そしてその後押しをしてもらうために彼女に会いに行く自分がいるような気がする。だって彼女はまるで自然界の出来事のようにわたしの感情の流れを受けとめてその時を読んでくれるから。
それからわたしは恵比寿のlimartへ向かった。別館で開催されているtanakatakashiさんの作品を見た。もっともっとわたしが洗練された表現ができるなら彼のようなことを再現したい。わたしが思い描いているようなことがずっと昇華された形でそっと置かれているような気持ちになってとても嬉しかった。一枚作品がわたしのところにやって来た。もう夜なので撮影はしないけれど、後日アップしようと思う。
このところ、林道郎さんの小冊子「絵画は二度死ぬ、あるいは死なない」を読んでいてロバート・ライマンのことばかり考えていた。わたしの足どりは、時々自分でもなぜそうするのかわからないことがある。誰かにそうしてごらんと自然に教えられているように繋がりがまるでないようでいて結ばれていることがある。
そして今日の最後は中目黒に年末から店舗を出したわたしの髪をいつも切ってくれる大橋くんのお店だった。新しくなった「暮しの手帖 26号」を持って立ち寄った。
これからわたしはいくつも自分の中で溢れている考えをひとつひとつ形にしようとしている。ここ数カ月、新しい職場のことだけでいっぱいになったり弱っていたわたしはこのままではだめになってしまうと急速に何かが始動しだしている。
タイトルはtanakatakashiさんの作品に感化されて鳥にしました。
今日の足跡で再会したり出会った方々にありがとう。
*tanakatakashiさんの個展は1月28日までリムアート別館で開催中です。
東京都渋谷区恵比寿南2-16-6 Green Hills GF
posted: mitsubako: on 23:11PM
2007年01月20日
黄色い群衆

花粉が好きだ。それを運ぶみつばちの姿が連想できるから。
庭で育った冬のばら、やさしい光の色を吸収してる。
より抽象的な視線で見つめていたらこうなった。
posted: mitsubako: on 11:42AM
2007年01月15日
ポルトガルの木箱

クリスティーナからポルトガルのみつばちの木箱の写真が送られて来た。
「涙がきっと消え去って、明るく元気なあなたになるよ」って。
なるほど夕日に照らされた木箱を見ていると、ぽっと体中にハートが
広がってどんなおまじないよりもわたしに笑顔を蘇らせてくれる。
みつばちの木箱はまた一歩小さなステップを踏み出そうとしている。
posted: mitsubako: on 06:37AM
2007年01月14日
松の蜂蜜
パンデピスが養蜂家に届いて、電話がなった。「いやー、心のこもったパンデピスというんですか、送ってくれてありがとう。あなたは本当に研究熱心だね」。それから30分ほど長々と久しぶりの会話を楽しんだ。
養蜂家のところには、お菓子専門職の方からも時々蜂蜜を使ったケーキが送られてくるらしい。パンデピスに似た、蜂蜜の焼き菓子だという。本来なら、ごくごく少量にしか採蜜できない菩提樹の蜂蜜を使用してスパイスを入れるクリスマスのお菓子だと話してくれた。菩提樹の蜜は、ロシアとかある限定の地域に限られたもので時期もあるしとても珍しいものだと言っていた。
その話しをヒントに、パンデピスの味は蜂蜜によっていろいろ種類ができるなと思い試してみたくなっている。そこで、たまたま見つけたトルコの松の蜂蜜を今度は使ってみようと買ってみた。それから、いつか遠野のやさしい香りがする日本みつばちのパンデピスも作ってみたいと思う。その土地を織り込んだ食べ物はとても魅力的だとわたしは思う。それが複雑だったり単調だったりする味わいが詩になるのだから。
posted: mitsubako: on 09:48AM
2007年01月09日
パンデピス pain d'epices


蜂蜜は冬に向かう頃に採蜜したものがわたしには一番おいしく感じます。2006年11月3日にビン詰めされた蜂蜜をいつもの養蜂家から3本送ってもらいました。蜂蜜のたくわえがあるとなんとなく安心するのはわたしだけでしょうか。
このところ、僅かな時間を利用してパンデピスというパンとパウンドケーキの中間のようなものを焼いています。フランスに伝わる蜂蜜とスパイスをふんだんに使った食べ物です。1本の型に使用する蜂蜜の量は200g近いので、とてもしっかりとした個性をもった風味が味わえます。スパイスは好みだと思いますがわたしはシナモンをベースにナツメグ、クローブ、カルダモンを摺って加えています。焼いたすぐよりは、数日置くことで生地が落ちつき、スパイスの香りも熟す気がします。
これを薄く切って、ブルーチーズなどと一緒に食べても絶妙です。複雑なスパイスと甘味が好きな人にはちょっとやみつきになりそうな焼き菓子かもしれません。ほんの少しだけ、お世話になっている養蜂家へ贈り物にしようと今日パッケージをつくりました。
卵と蜂蜜をミキサーで攪拌していると羽音をうならせて木箱の温度を保っている蜂たちのことが想い浮かんできて、一日も早くみつばちの姿をゆっくりと見たいなと心の中がいっぱいになります。
posted: mitsubako: on 06:51AM | comments (4)
2007年01月08日
「薄い膜、地下の森」

晴天と乾燥が続くはずの関東地方の冬は、雷雨や強風と大雨が入れかわり立ちかわりやって来る。冬の気象まで夏のように荒くなったと感じる。
大雨の土曜、長靴で出勤。その前に大塚愛子展「薄い膜、地下の森」に立ち寄る。
刺繍という手法や織物を素材に探求をしているアーティストとして以前から作品を見たいと思っていた。刺繍は刺すことの行為が通常だが、彼女の作品のなかではほつれや解くことも同時に作品の中で行われている。
ゴブラン織りは分厚い一枚の織物だが、解いて糸を取りだしていくと重量感がことのほか見えてくる。布の表皮は美しい模様を魅せていて、その薄い幕の裏には複雑で長い糸の束が存在していることに気づかされるおもしろい作品だと感じる。
*大塚愛子展は表参道スパイラルガーデン1Fで1月5日から1月18日まで開催中です。
また1月10日から4月22日まで府中市美術館 公開制作室で「気配の縫合—名前の前に」が公開されます。
posted: mitsubako: on 09:36AM
2007年01月05日
思考というモーション

新しい年を迎えて一通目のgood news。
詩人のぱくきょんみさんから、事前にちらりとお話を聞いてはいたものの、こうしてお知らせが届くとわくわくしてくる。
岡崎乾二郎さんとトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーのコラボレーション公演がついにアメリカとフランスで開催される。アメリカでの公演日は1月18、20、21日。飛び立ってとても見に行きたい!岡崎さんはこの世界初演作品の舞台装置・美術・衣装デザインと多岐にわたる舞台芸術を勤められるという。コンテンポラリーかつ実験的な作品になるにちがいないと期待に胸がふくらむ。
20代前半、わたしは素足のダンスと出会った。小川亜矢子さんをはじめカニングハム、マーサ・ グラハムのテクニックに強く惹かれ、地味なスタジオでレッスンにあけくれる日々を送った。単純に体を使うことが気持ちがよかった。空気を掴むこと、床と対峙することが楽しかった。壁、床、空気のことばかり考えて暮らした。見たいものはその瞬間しかないからと芝居小屋でも舞台でも連日のように通った記憶が懐かしい。
ピナ・バウシュ&ブッパタール舞踊団、イリ・キリアン、フォーサイス……あげればきりがないけれど裸足と子宮を意識して身体と感情の表現に魅了される日々だった。後の自分の人生にこれがどれほどの意味を与えたかは、ややナルシストだがわたしにしか分からない。身体で覚えた記憶は心に投影され、より深くなっていくように思えるから不思議だ。
「トリシャ・ブラウン 思考というモーション」についてはこちらを
コラボレーション関連のサイトは下記からご覧になれます。
http://www.peakperfs.org/performances/trisha_brown
http://www.peakperfs.org/artists/kenjiro_okazaki
*イメージはテキストに関連はありません
posted: mitsubako: on 06:14AM | comments (2)
2007年01月04日
Cy Twombly

昨日の表参道の午後は新年の人出で賑わっていた。雑踏をよそに、美術カタログを扱う書店にぶらり立ち寄る。トォンブリの画集が目にとまるところに置いてあって、ぱらぱらと頁をめくった。
トォンブリの作品は90年代にベルリンの新ナショナルギャラリーで開催されていた展覧会でゆっくりと見た記憶がある。ミース・ファン・デルローエの箱の中で過ごしたこの時間は今でもわたしの宝物だ。
以前からトォンブリの作品性はあまりに無意図的すぎて、「いたずら書き」と称されることが多く、その評価は賛否両論だった。当時、親しくしていて、若くして亡くなった現代アーティストのM氏にトォンブリの作品に惹かれることを話すと鼻から「えー、トォンブリ」と小馬鹿に笑ってかわされた。それでもわたしはこの感覚的ないたずら書きが大好きだった。即興に近い詩人のノートに無邪気でナイーブな未完成を感じるからだ。ナイーブは哀しみと慈しみをさそう。
部屋に帰って、引き出しからベルリンで買ったカード集をとりだして一枚一枚に目をあて回想にふけった。
posted: mitsubako: on 15:05PM
2007年01月02日
元旦の午後

元旦の午後、アルザス風りんごタルトを焼きました。
一晩落ちつかせて、起きてみたらやわらかい朝陽があたっていました。
今日のお客さまとあたたかくして食べたいね。
posted: mitsubako: on 08:54AM | comments (2)
2007年01月01日
メタセコイア

命にかかわるほどの病におかされた初老の男が、針葉樹林の保護監としてメタセコイアの森に居を移すことになった。大木の木々に囲まれて、くる日もくる日も木に語りかけ、幹に触れて過ごすうち、病が癒された。これはアメリカの奇跡の話しだっただろうか。
何に対しても自信がなくなってしまっていたわたしの心身の調子も少しよくなって、大晦日の午後、近くに散歩に出かけた。誰もいない静かな公園を歩いてほっとする。ここに何年も立っているメタセコイアの木がある。黄金色だった葉もすっかり地面に落ちてあたりを覆いつくしている。その上を踏みしめて感触を楽しんだ。そうしているうち、あの話しを思い出して頼りがいのある真っ直ぐな木を真下から見上げた。両手を広げて幹に抱きついてみても、右手と左手は届かない。日の光があたっている木の肌にしばらく頬をあててじっとしていた。大きい木はいいね、大きいだけでいいんだから。それからわたしは深呼吸を深く大きくした。
新年おめでとうございます。
posted: mitsubako: on 00:21AM | comments (2)