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2006年11月29日
薬箪笥

10月の終わり、松本民芸館に立ち寄った。
小さなものをコレクションし分類して入れる箱がわたしは昔から好きだ。
それが木箱ならなおさらだったりする。
posted: mitsubako: on 06:11AM
2006年11月27日
なんとなくコレクション

また古道具ニコニコ堂の話。
つづけて新紀元社から出ている「なんとなくコレクション」長嶋康郎を読んでいる。五十音順で長嶋さんのコレクションの写真とそれにまつわることがらが書かれている。ご託を並べるようなことはひとつもなくて、すっきりと体験談やものには価値がないこと、そして作品としての古道具が読みとれる。
鎹継ぎと書いて「かすがいつぎ」と読む。
こんな仕事の存在を聞いたことがあっただろうか。少なくともこれを読むまでのわたしは、それを知らなかった。骨董市や骨董に格別興味があるわけでもなく、暮らしの中に取り入れているというほどでもない。あるものと言えば、祖父のほんの少しの残留品、親戚から捨てるなら趣があるからとゆずり受けたもの、そんな程度だ。
鎹継ぎとは日常で割れた茶碗などをホチキスの針のようなものでとめて修理をする技術で、針先はその陶器の表面には出ていないというからすごい。鎹継ぎの茶碗を今度探してどんなものか見てみたいと思う。この仕事の多くは在日朝鮮人が請け負っていたことから「朝鮮継ぎ」とも呼ばれるそうだ。
「修理ということ」の章にこんなことばがあった。
古道具屋の修理となるとまた別の意味でいろいろある。もちろん“いい仕事”もあるのだが、商売のことを考えるとそんなに悠長に手間隙もかけていられない(こともある)。いわゆる“ニセモノ”作りというわけではなく、お客さんの心に合った、古さを損なわず、気になるところを上手くやってみせる。安価で。
まあ、とにかく、読んでいるとその気になってくるからやっぱり長嶋さんはタダ者ではないような気がしている。
posted: mitsubako: on 06:47AM
2006年11月24日
ニコニコ通信

通勤の電車は朝がものすごく早くなって一番のラッシュ時。サラリーマンはつらいのだ。
なかなか満員電車で本を広げる気持ちにはなれない。それでもどうしても気になって数ページだけ、たった5分でも3分でも座れたら開いているのがニコニコ通信。
古道具ニコニコ堂の店主長嶋康郎さんが長年つぶやいてきたことばの数々だ。ニコニコ堂のことは、作家の岡崎乾二郎さんから昔よく聞かされていた。岡崎さんが話すからなおさらユニークでどんな仙人みたいな方だろうかと思い浮かべてはクスリと笑ってみたものだ。
これまで、長嶋さんの存在は知っていたけれど、なかなか本を手にすることはなかった。四谷のアート・ステュディウムで配られるartictocを手にして、発売されたらぜひとも読みたい『時のかたち』ジョージ・クブラーの特集で、かたちの素をテーマに長嶋さんと岡崎さんの対談が掲載されていた。長嶋さんのモノの価値観がとてもおもしろくて、おかしくて、急に本を読んでみたくなったのだ。
中谷礼仁さんが発行したニコニコ通信は長嶋さんの直筆のコピーだし、なすび新聞なんかを思い出したりもして、素朴な日常性のなかに垣間見るシニシズムとでも言おうか。シベリアンハスキーの巻なんて、なんだか笑いと涙がごちゃまぜになって何度も読みたくなるなんでもないお話。
編集出版組織体アセテートから出しているニコニコ通信の帯に岡崎さんが「ニコニコ通信は文字通り 人にニコニコを送る通信であった。」と書く。
ほんとだね。ごみかごから広い集めたような捨てゼリフがびっしりなのに、読んでるとニコニコしてくる自分がいるから不思議だ。
posted: mitsubako: on 21:52PM
2006年11月23日
夕焼けのはっぱ

夕刻でもないのに、秋の草原のかげをのぞくと一日中夕焼けだった。
湿原へ出かけた時のことを忘れたままにしていた。思い出して更新してみた。
posted: mitsubako: on 16:28PM
2006年11月18日
就職祝い

新しい仕事先で歓迎会のあった晩、就職祝いが届いていた。送り主は、岩手のタイマグラ、山代陽子さんからだった。季刊うかたまですてきな版画山代恵子さんのイラストとともにタイマグラでの生活から食の便りを連載している。わたしは陽子さんの素朴なデザートとパートナーの奥畑さんの男の料理の大ファンだ。
フレッシュマンとはある意味、自分にこれまで構築されてきたものが全否定。ことばが通じるだけに外国にいるより気疲れする。だけど自分でそれを望んではじめたことだから前方を見て、だんだんにわたしのペースが見つかればいい。そしてなにより、とびきり大すきで信頼している人と一緒に仕事ができるんだから。
たくさんの知人、友人、旧仕事場の仲間たちから温かいことばをもらった。涙が出るような葉書もいただいた。メールもいただいた。みんなありがとう。まだまだぜんぜんいつもの自分じゃないけれど、こんな体験をしてはじめて違った自分を発見することもあるね。そして、温室のなかで大事にされることに甘えてきた自分にも気がついて、もっとしっかりしないとなぁと思ったりする。どれほど多くの人にこれまで助けられてきたことかと、今やっとわかったのは大きな収穫だ。
さて、陽子さんからの就職祝いはタイマグラの味噌に大根、手づくりのアップルチョコレートケーキにりんご2コ!「あんなに遠いところから」と頭の中に風景が浮かんで浮かんで、深夜なのに感嘆の声をあげていた。ぽろんと涙もこぼれた。ケーキのおいしかったこと。カカオが効いたブラウニー風。カカオのパーセンテージが高くなるほど腐葉土っぽい味がする。
これからタイマグラは厳しい冬の訪れ、風も吹きあれる日もあるでしょう。体に気をつけて、薪ストーブのまわりで家族と元気いっぱいに過ごしてください。
posted: mitsubako: on 19:48PM
2006年11月15日
時間軸のノーテーション
つい数日前まで続いたフレッシュマンの緊張もようやく解けてきた。もう緊張するだけしてしまえば、どこかでプツンと切れる時も来るだろうと自分をほっておいた。仕事は相変わらず、毎日が新しい。真っ白だった自分に、ちょっとづつ情報の色がつけられていく。でも、ひと眠りすればそんな色はすっと消えてしまう。都合よくできている脳みそに感謝。
ところで、今のわたしの仕事にエッセンスが一滴おちてきて、見方が転換する瞬間があった。それはなんでもない大文字のABC。時間軸にそって膨大な量のTO DO!を表記していく。たったひとことの「記号化」ということばにすっかりその気にさせられてしまった。わたしはそういう表現に弱い。ある時間軸までは、事がらの事後を追ったのだが、ある地点からは事がらの事前、つまりプレを表記していく。事がらを表記に移行しているうちに、ふと交響詩って一体どうやって譜面化していくんだろうと思った。それは予測でしかないわけで、あらかじめ、すべての音を聴いてから表記しているはずはない。作曲家はイメージの中で音の調和を聴いて表記化していくのだろうか。そんな風にやがてハーモニーが生まれるといいな。
posted: mitsubako: on 23:43PM
2006年11月12日
木枯らしの吹く朝に
近所のフェンスに木枯らしがカンチンと音をたててあたっていく。その音で目が覚めた。
数日ノドに軽い痛みがあって、緊張からくる疲れやら、体験が思考をうわまわる日々で頭の中はカオス状態。心労が最高潮に達している。
おはよう。新聞をひらいて、宇井純さんの訃報を知った。
今から10年ぐらい前のこと。都市博が中止され、その補償問題から企画がはじまったアトピックサイト展のスタッフとしてかけめぐっていたわたしは、沖縄の作家チームたちと宇井純さんにお会いした。
当時、現代美術で「毒」を素材に展開している作家とコンタクトをとり、表象としてのアートと事実の記号化としての研究者とのコラボレーションを考えていた。
いろいろな事情で、この企画は実現はできなかったものの、長くわたしの心をとらえて、むしろ自分の視座を与えられた経験だった。たとえ実現はできなくても、ある誰かに伝わっていく、残されていくことで、企画は1%は成功したことになると今なら思える。
「毒」の定義はむずかしい。多量でも微量でも有害になる。微量が有益になることもある。わたしたちは「毒」の渦中に生きているのか、「毒」を囲むフェンスと隣あわせに生きているのか。ふと、ベラルーシ、グルシコビッチ村のミルクの入ったガラスのコップが浮かんできた。
もう一度、引用した宇井純さんの『住民を結ぶ旅』の冒頭のことばを転記してご冥福を祈りたい。
「高度成長のもたらした精神的荒廃の一つは、私たちが自分の生活の存続を信じて疑わず、生存の基盤がくずれかかっても常にどこかの権威にたよって生きてゆけるのではないかと信じこんだ点にある。
地域住民の生活を、外から呼びこんだ大資本にたよって豊かにできるという図式も、外からの権威を呼んでそれにたよって運動が展開するという希望も、この点ではひとしく虚妄であり、幻想にすぎない。住民がその住んでいる地域で経済的にも精神的にも自立することの大切さを正面に押出した政治的な討論が、今こそ必要だろう。」
posted: mitsubako: on 12:07PM | comments (4)
2006年11月10日
大輪 源十

松本のファーマーズガーデンで生産者大輪 源十と書いてある洋なしを買った。
果肉はみずみずしくて甘酸っぱかった。果実は大きさのわりに、小さな葉をつけていた。
posted: mitsubako: on 06:46AM | comments (2)
2006年11月07日
繊維の色

湿原で目にとまった色。きわだった色でもないが、新鮮な繊維に血液が流れていると思った。
posted: mitsubako: on 06:20AM | comments (2)
2006年11月05日
リトアニアの靴

用事で連休の東京へ出かけた。用はすぐ済んだ。内田也哉子の「BROOCH」を目にしたことのある人ならすぐにイメージできるD-BROSの企画展が、たまたま近くで開催されていたので、その後ためしに覗いてみた。細かい切り絵に投影される影、鏡に映し出された世界…ファンシーな虚像空間が意外とおもしろいなと思った。
そのままぶらりと2Fのショップを久しぶりに眺めていたら目にとまったのがこの靴だった。「made in lithuania」リトアニアというだけで 、一挙にいとおしくなってしまうからどうしようもない。初めてこれを足にして、草の上を一歩あるきはじめた小さな子どもの足が浮かんでくる。口をあけて笑っているだろうか、青い空を見上げただろうか……。
そして、この靴は今、わたしのテーブルの上に置いてある。
十一月一日からフレッシュマンになった。まるで、この靴を足にした子どものようだ。自分の衝動買いが、滑稽に思えてくすりと笑った。
posted: mitsubako: on 09:59AM | comments (4)
2006年11月01日
リモート、遠隔

all photos by Felipe
「はるかに遠い」。そんなことだけを考えるのが大好きだ。
いつだって心のほんのすみっこに遠い大地のことが響いている。「わたしはいつかパタゴニアに立っている」って。
まだ見ぬ原風景に想いをよせて、めぐらした時にぽつぽつと書いていることがある。それが気が向くと「お話あそび」のカテゴリーに掲載している『あるいは たぐい希なき感性の投影…… 気づかぬ詩人へ』だ。『蜂のこと』につづいてこれから少しづつ書いておきたいと思っている。そうして、いつか本当にパタゴニアに立った時、書いたものがすっかり壊されるんだとわかっていてもそうしてみたくなる。
サンチャゴを経由してプンタアレナスという地に、パタゴニア地方の羊牧小屋を喚起して建設されたRemota Hotelがある。チリの現代建築家でアタカマ砂漠などをはじめ数多くのホテルを手がけているGerman del Solがデザインをした。実際にそこへは行ってはいないので、詳細は書けないが、パタゴニア地方という自然の宝庫に、こうした現代的なホテルを建築するにあたり、当然、素材選出、環境への影響を考慮したに違いない。写真から見る材質や形には、さまざまな観点からその特異な地域性を取り入れた配慮がなされているようだ。
ロケーションは人けのない、リモート、遠隔の地だ。Felipeはサンチャゴ大学で建築を学ぶ20代前半の若い学生だ。この青年がプロジェクトでパタゴニアを点々と旅すると時々、写真や土地の様子を知らせてくれる。チリの詩人を誇りに、自国の自然を愛する青年だ。わたしが、これから、ここにパタゴニアの写真を掲載することがあれば、それはサンチャゴから届くこの友人Felipeからのメッセージだ。Felipeが撮影をした写真はRemota Hotelのサイトのpicture galleryにも掲載されている。岩手県の向井田の集落の写真をいくつか見せたとき、彼はこれほど遠い地球の向こう側に、こうした類似したような村落があることにとても興味を覚えたという。それからすっかり気の打ち解ける友だちになった。
パタゴニアは多くの人を魅了する神秘にあふれた大地だ。それだけに、この土地をめぐる開発にはさまざまな国が介入しようとしている。適度に循環できる糸口を見つけだして、勝手ながら、どうかいつまでも神秘さに輝いていてほしい地の果てだ。
ところで、松本民芸館に展示されていた創館者の丸山太郎のことばと筆が美しかった。
美しいものが美しい
では何が美しいかと申しますと色とか 模様とか 型とか材料とか
色々あります その説明があつて物を見るより
無言で語りかけてくる物の美しさを感じることの方が大切です
何時 何処で 何んに使ったかと云うことでなく
その物の持つ美を直感で見て下さい
これはほとんど無名の職人達の手仕事で日常です
美には国境はありません
丸山太郎

posted: mitsubako: on 06:51AM