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2006年10月31日
洋燈の灯る宿

八島湿原を前に、小さなヒュッテを運営している田口信さんの宿に宿泊をした。もともと旅館の別館として、木材はどちらかの古民家から移築をしてきて、約50年前に建てられたものを譲り受け維持しながら暮らしている。冬も家族で山を降りずに暮らしている。
がらがらと玄関の引き戸を開けると「はーい」と中から田口さんが出迎えてくれた。やさしい、繊細な心の持ち主とひと目見て思った。
薄暗い室内に入ると広いリビング兼食卓に、天上からつるされたいくつもの洋燈、薪ストーブ、壁中に広がる山の雑誌と古書、ぎしぎしいう階段、こうした古いいいものたちにすっかり魅了される。ふた晩の宿には贅沢すぎるくらい立派な木製の家具と窓から見えるアルプスの山並みが用意されていた。
わたしたちのために心のこもった料理や風呂を沸かしてくれることで、少し忙しい中、合間をぬってお話をするうちに、またよい方に出会ったなと嬉しくなった。
帰りぎわの早朝は冷え込んだ。試験的にこの秋、初の薪ストーブをたいて、ゆっくりと「暮らす」ということを話してくださった。はじまりは、わたしのタイマグラの体験からだった。東北の奥地で見た生活はストーブを中心に、ストーブを囲んで過ごすことを話したら、「東北のそんな地名もそんな地も聞いたことはなかったけれど、本当の冬と湿り気をもった雪に閉ざされる地方では、暖をいかに効率よくとるかを昔からの知恵で生活に生かしているはずです。」と田口さんが話しはじめた。「今はそんな地方でも、現代的な暮らし方をしている人の方が圧倒的に増えてしまったけれど、暮らしというのは自分で考えることから始まるものだと思っているんですよ。例えば、ここ八島なら、少しのお金も必要で、それを得る方法も考える、経済的に暮らすための工夫をしたり、古い家なのですこしづつ手入れも必要だけれど、誰かが来てくれて修繕してくれたり、火ひとつとってもあらかじめインフラが備えられているわけでもないのです。ないところからその環境にあった生活の知恵を積み重ねて、繰り返しよりベターな方法を発見していくことが暮らしだと思っているんです。」それから静かにこうも話してくれた。「学校で学んだことって、ここではあんまり役には立たないんだなぁ。うーん、理科なんかでね、春が来ると種を蒔いて、野菜を…なんて言うでしょ。こんな高原ではそんなことは成立しない。こういうことは、一律ではなくて場所場所でまるで違うことですからね。」表情はにこやかだった。
そうだ、この話しは遠野で馬附住宅の実践真っ最中の徳吉家の敏江さんも話していたっけ。「教科書とか園芸誌はだいたい関東、それも東京近郊を中心に書かれているんじゃないかな。だからここにいるとそういう情報誌的なものってあんまり必要としなくなる」って。なるほど、遠野の山奥で種ひとつ播くにも時期はまるで違うはずだとその時初めて思ったけな。和綿の種をタイマグラの陽子さんたちが植えても、おそらくは短い夏の間に発芽して花を咲かせない限りは外の環境ではむずかしいだろうなとも思う。
「東北のそうした暮らし方は、今のうちに記録に残しておかないと消えてしまいますね。だいたい、記録しようと思う心理がはたらくこと自体がもうおかしなことで、本来なら伝承されていく文化のはずだったのです。ただもう、伝承できる家庭ということ自体も崩壊をしてきてしまっているので、日本は大事なものをすべて捨ててしまった、もったえない国です。」田口さんとのストーブを前にしての会話はこれからのわたしに対して、とても心強い励ましをもらったようにその時思った。
わたしは、田口さんにこうエールを送りたい。「田口さん、そんなに深く心配しなくても大丈夫。ぽつりぽつりと点在する小さな思いや、小さな力がきっと未来に実を結びます。世の中は危機に晒されているのは確かなことでしょう。考えてみると危機的状況になると人は生命維持のために知恵を振り絞る動物なのだとわたしは思います。これまでに人が育んできたものの中にすぐれた知恵と技があったように、陽性に風潮が向くことも、たまにはある。自然の技はそんな風に、わたしの想像をはるかに超えて、脅かしつつも調和を保とうとするように思えてなりません。田口さんのような生き方をされている方を知ることがわたしの灯火でもあるのです。」
帰路、もうすでに、次のわたしの訪れる場所がイメージできていた。今度は「雪の上」らしい。それが何処なのかは、まだ知らない。
posted: mitsubako at <23:43PM>
mitsubakoさん、お久しぶりです!
私も、ちょうど29、30日とビーナスラインを辿っていました。
今の時期、冬へと向かう山の雰囲気が、穏やかに内省を促すようで、いいですよね。
八島は素通りしてしまいましたが、北八ヶ岳の麦草峠から白駒池周辺をのんびり散策してきました。
こちらは「静謐」をそのままそこに置いたような、苔むした樹林がいいですよ。
posted: uchida on 2006年11月01日 10:36
uchidaさん、本当にお久しぶりです!
そして、わたしもuchidaさんに連絡をしようと思っていた矢先です。うれしいタイミング。後ほどメールしますね。
偶然ですね。わたしは扉峠を下って、美しい紅葉に谷底に落ちてしまいそうな気分でした。(笑)
それにしても、あまりに暖かい1600m付近にちょっと驚きました。霜が見られるだろうと期待をしていたのですけど…。
posted: mitsubako on 2006年11月01日 20:11