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2006年08月21日

「百枚の手紙」

今日のタイトルは『杏っ子』の中から。
『蜜のあはれ』『火の魚』『女ひと』そして、一気に『杏っ子』のあと残り数十ページを読もうとしている。同じ作家の作品を続けて4冊読むのも初めてのことかもしれない。

杏子の女友だちが書き続けたものを犀星にだけ読んでもらいたいと手帖を差し出した。
「誰か一人だけに見せたいんです。ただの一人の人、」
この手帖には、自分にあてて百枚も綴った記録を或る人から渡され4、5枚の返事では済まないような気がして、一生返事の書けない手紙に対することがらが書かれたものだった。「白状の詩業」「美しい人」と話しはつづく。

「恋愛」杏子は結婚をする。その前に何度も見合いをするのだが、父と娘はこんな会話をかわす。森鴎外にしても徳田秋聲でも、菊池寛だって、娘たちは大してえらくない人と結婚をさせた。えらい人には癖があって厭なものだから平凡がいいと犀星は言う。
「えらくなれなかつたらお金が取れないじゃないの。」
「それなんだ、其処で何時も問題は行詰まるんだが、食べられるだけ取ればその中で遣り繰りをして、愉しいものを最少限度にすくひ上げるんだね、卵五つを買ひ菊一本を買ひ蜜柑七つを買ひ古本で文庫を一冊買ひ、……」
「また始まったわね、千圓を一萬圓に使えと仰有るんでせう。」
「さうだよ、我々貧乏人は千圓をこなごなに碎いて、そのかけらで、想像も出来ない生活の設計が出来上がるんだ、林檎や夏蜜柑は二十五圓出せば買へるんだ、驚くじゃないか、あんな立派な奴を二個も買へば二日間はある、印度林檎を一箱買ふ奴はその美しさも、詩情も喜び持てない、夏蜜柑一つだって座敷の真中に置いて見たまへ、いかなるものも壓倒されるし、よく考へると此の小さい奴の威張らない美しさに負けてしまふ。」

犀星はこれを読み終えたらしばらくはお休みにしようと思う。次に手にしたい本が手元にあって、もうわくわくとしていて、読めもしないはずなのに二冊の本をかかえて移動している。

posted: mitsubako at <07:49AM>