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2006年04月19日

種と枯れたはなびら

伯父から生前の形見にもらったさくらの木のテーブルは、まだイスも修繕をしていないまま一番のお気に入りになっている。このテーブルを利用して、テーブルコンポを続けている。テーブルコンポとは、ただ、このテーブルの上で散策途上に拾ったものとか庭で収穫したものとかを並べて写真に撮ることを自分流に名づけた一応わたしの仕事だ。
じっくりと種やら、放置して枯れた花びらを眺めるのはこの上なく楽しい。外界のさくらの花が散って集めてきたものをピンセットで並べてみた。これを何日も置いているうちに乾いて、室内の風で机の上に散らばっていた。故意にはできない散らばりがいいなと思って1枚撮ってみたり、コピーを切り抜いていた書籍の抜粋の上に散らばる感じにまた1枚という具合だ…。
生から朽ちてもそこには美しさが溢れている。「美」ということばは本当はあまり好きではない。美的を一度はすべて排除した上で今はもう、そういうことはどうでもいいかなと思えるようになった。

たんぽぽの種を風に吹かれないようにと持ち帰った。
昨年咲いたあじさいがドライフラワーのまま公園に残っていてそれもちょっとだけ摘んできた。
種や朽ちた植物の世界には、瑞々しく自生していたころとは違ったかたちがある。形見にちかいと思えるのはわたしのただの幻想だろうか。
それらを眺めているとき、自分が死んだらたんぽぽの種のようになりたいと思った。

posted: mitsubako at <07:40AM>