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2006年03月15日
幻灯機のせかい
以前はもう少し自分周辺のことがらを書いていた。その頃、とらやのホームページの「歴史上の人物と和菓子」のコーナーで中勘助について触れていることを紹介したことがある。
今月は、宮沢賢治のことが書かれていたので、たまには『うかたま』に続いてこんなことを書いてみたくなった。
岩手でミツバチを飼われている横沢さんのところへ、フィールドノートの陽子さんと遊びに行ったとき、横沢のおばあちゃんが地域につたわるお餅のことを話してくれた。5月だったからおそらく柏餅のような葉にくるむ餅菓子のことだったように記憶する。すらすらとそんな話をしてくださったのだが、もっとこういうお話をきちんと書きとめておくべきだったなと今になって思う。
ところで、とらやのページだ。賢治の書いた『鹿踊りのはじまり』とあったので、古い文庫本をひっぱり出してまた読み返してみた。食べかけの団子を鹿のために残していくというところから、人と鹿の不思議な世界がはじまる。賢治の世界でわたしをすぐそこへ引き込んでくれる装置が「幻灯機」だ。
この素朴な創作が遠野地方に伝わる伝統芸能「鹿踊り」のもとになったといわれている。
その土地固有とされる文化はある人の空想や幻想が原形だったりするものだと妙に納得する自分がいる。その空想や幻想は土地が人にもたらす発酵加減なのかもしれない。
posted: mitsubako at <07:38AM>
発酵。面白いことばだと思います。
以前、庭つきの家を借りて住んでいた頃、ゴミバケツで生ゴミ堆肥を作ったことがあります。やり方を教えてくれた叔母が、「最初はうちで作った堆肥をあげるから、それを混ぜ込んで作ってね。その堆肥のなかのバクテリアが仕事をするの。でも、バクテリアは地つきのがいるから、自分のところの庭土も少し入れておくといいわよ」と言うので、地つきのバクテリアで作るようになりました。
ほかの土地のバクテリアと、うちの庭のバクテリアと、どう違うのかなぁと思いながら。
どう違うのかは結局わからなかったけれど、いろいろ考えるのが面白く、楽しかったです。その土地のバクテリアの力を借りて堆肥を作るということから、その土地のスピリットに感謝を捧げて耕作や採集をするといった人間の営為に思いを馳せたり。
数年間の休耕期を経て、ようやく昨年秋から細々と土いじりに復帰したところです。ベランダで。
そんな折りに送っていただいた和綿は、空想や妄想の種として、すでにわたしのなかには播かれていますよ。ありがとう。
posted: ya ma on 2006年03月15日 15:03
もしかすると東京のyamaさんかなぁ?
偶然にもタイマグラのyamaさんと同じハンドルネーム。でもなんとなく文体が違うかなぁ??なんて。
どちらのyamaさんにもちょっと共通するところがあるのでここでふたりのyamaが登場してきてなんだかおもしろいなと思います。いつかみんなが出会えるといいな。
発酵は、生命のなかでとても関心のあることがらなんです。パンの発酵も腐葉土も人の体温もみつばちの巣箱の温度もほぼ同じ温度。タイマグラの味噌はそこにすみついた菌のしわざ。そんなことがいろいろ連鎖しています。わたしは一時期実験が楽しくて、酵母を育ててました。またもう少ししたらやり始めます!
posted: mitsubako on 2006年03月16日 13:29
t-yamaことタイマグラのyamaです。私も?と。
東京にもyamaさんがいたのですね。
mitsubakoさんも「発酵」好きなのですね。
私も好きなもの(食べ物)と考えていくと
パンに漬物に味噌にお酒に・・・となんと
酵母に支えられていることか。現在味噌
玉乾燥中につき、納豆は禁止しています。(笑)味噌玉が以前納豆臭を放ったためも
しや空気中にフヤフヤと・・・?味噌の麹菌
よりも勝ったのかなと。
posted: t-yama on 2006年03月16日 17:09