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2006年03月29日

和紙

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漉き加減で和紙の厚みがきまって来る。できたて生の和紙が一枚一枚と重なっていく。

posted: mitsubako: on 07:21AM

2006年03月27日

漉く

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冬の冷水でもさいた繊維と調合をした水で漉くという行為が繰り返される。
窓辺から薄暗いファクトリーの中に少しだけ外の光が射し込んでくる。

posted: mitsubako: on 07:16AM

2006年03月24日

木の皮をさく手

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蒸した木の皮は湯気が出ているうちにさく。
表面からは想像もつかない、裸にされた木の肌が繊維となる。

posted: mitsubako: on 07:37AM

2006年03月22日

蒸すかおり

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その日は植物の枝を大釜で蒸す年に2回の1日だった。
蒸すかおりは甘く、包まれていくととろけた気分になる。

posted: mitsubako: on 07:45AM

2006年03月20日

灰汁

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植物の繊維には強烈な灰汁がある。
灰汁はたいてい煮出したり晒してとりのぞかれる。
澄んでいくには繰り返し繰り返す。

灰汁の原液に不思議とこころを奪われた。

posted: mitsubako: on 07:36AM

2006年03月15日

幻灯機のせかい

以前はもう少し自分周辺のことがらを書いていた。その頃、とらやのホームページの「歴史上の人物と和菓子」のコーナーで中勘助について触れていることを紹介したことがある。
今月は、宮沢賢治のことが書かれていたので、たまには『うかたま』に続いてこんなことを書いてみたくなった。
岩手でミツバチを飼われている横沢さんのところへ、フィールドノートの陽子さんと遊びに行ったとき、横沢のおばあちゃんが地域につたわるお餅のことを話してくれた。5月だったからおそらく柏餅のような葉にくるむ餅菓子のことだったように記憶する。すらすらとそんな話をしてくださったのだが、もっとこういうお話をきちんと書きとめておくべきだったなと今になって思う。
ところで、とらやのページだ。賢治の書いた『鹿踊りのはじまり』とあったので、古い文庫本をひっぱり出してまた読み返してみた。食べかけの団子を鹿のために残していくというところから、人と鹿の不思議な世界がはじまる。賢治の世界でわたしをすぐそこへ引き込んでくれる装置が「幻灯機」だ。
この素朴な創作が遠野地方に伝わる伝統芸能「鹿踊り」のもとになったといわれている。
その土地固有とされる文化はある人の空想や幻想が原形だったりするものだと妙に納得する自分がいる。その空想や幻想は土地が人にもたらす発酵加減なのかもしれない。

posted: mitsubako: on 07:38AM | comments (3)

2006年03月13日

うかたま

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どうしても、静かなところでゆっくりと手紙を書きたいという思いがつのってどこへ行こうかと考えていた時、タイマグラという土地に巡り会った。それは昨年の5月のこと。
岩手県にあるカタカナの地名タイマグラ、雄大な早池峰山の裾野に小さな山小屋フィールドノートがある。何もとりたててないけれど、何もないというところを休暇の場所に選ぶのは意外にむずかしかったりする。とにかく日頃使う、PCや携帯など便利な通信ツールのスイッチをオフにして、自分の手でえんぴつを持って書きたいというのがこの旅の目的だった。フィールドノートは、そんな場所に100%ぴったりとはいえないけれど、大きな自然に包まれた本当に何もないところだった。わいわい楽しく家族のようにして、わたしは自分の田舎ができたようなそんな一時を温かい薪ストーブのまわりで過ごさせてもらった。

「うかたま」は、宇迦御魂神に由来することばだそうだ。もともとは稲の豊作を願う守り神だったという。その土地と深く結びつく先人の知恵や精神を支える「食」をテーマに、わたしたちが忘れかけてしまった素朴な味を伝えようとする雑誌が昨年冬に創刊された。フィールドノートですっかり仲良しになった宿主のひとり山代陽子さんが、ここにタイマグラから楽しい連載をはじめた。
陽子さんが今いる食文化圏は決してオシャレで洗練されたものではないけれど、季節ごとに人間が土や空気から感じた、原点に近い食欲と結びついたものではないかと思う。生命をぎりぎりの環境の中で支えるための工夫や、空腹をなんとか乗り越えるための知恵がたくさん盛り込まれた、生きるための暗号がかくされた食がタイマグラという入植地に息づいているように感じる。
現代のように均一に分化され洗練されてきた食もわたしは好きだが、贅沢すぎるのはちょっと気がひけるのが本当のところだ。素朴でも手間暇かけたものはなんでもその心がおいしいと思えるものだ。
創刊号にはタイマグラの味噌のこと、そして2号には春の外ごはんのことが書かれていて懐かしくて嬉しくなった。
陽子さんこれからも楽しみにしています。

『うかたま』季刊 発行:農村漁村文化協会
詳細はこちらのサイトでごらんください。

*ほんのちょっぴり2号でお役にたてて嬉しかったです!
タイマグラでの記録はこちらをお読みください。

posted: mitsubako: on 07:53AM | comments (2)

2006年03月10日

すべる海

しばらく流感でうやもやとした時をすごした。2月の中旬にどんよりした磯へ深呼吸をしに出かけたとき、闇の予兆を感じていた。大仰だけれど、この過程は通過するべくしてやって来たと思う。
この日の穏やかな海は格別だった。陸のはらっぱにも季節があるように、海草にもどうやら季節がある。冬から春先にかけて海水の透明度がクリアになると海草類がよく見える。波の動きに身をゆだねた茂る海草の流れを眺めているのはいつまでだって見ていたい。この海草のおかげで海水は豊かな養分が含まれていて、そこにわずかながら光が射すと海面は神秘な表情をいくつも描きだす。真っ青に晴れ渡った海面より、こうした微妙な天候の魅力に、はるかにとりこになっている。
「なめらかで、鏡のような海面を50cmぐらい浮上して移動してみたい…」わたしもだ。

posted: mitsubako: on 07:43AM | comments (2)

2006年03月08日

新聞の切り抜き

「これ」っと小さな新聞の切り抜きをもらった。
毎年春になると家に鬼がやってくる岩手の自然に囲まれたある村の記事だった。節分には「鬼はうち」とピーナッツをまいて、今年も恐しいはずの鬼を実は待っているのだという。鬼の正体はミツバチだった。おそらくヤマバチだろう。秋に1リットルほどの蜜の収穫をいただいた後は追い払って山へ返してしまうのだが、春になるとそこにもどってきて巣をつくるそうだ。なんとうらやましい理想的な暮らしだろう。ミツバチが棲みつくおかげか夏には蚊もよってこないそうだ。しかしハチは刺されれば蚊より大ごとになる。筆者は何度か刺されて病院へ行ったこともあると書いていた。
ほんの数行の記事の中にのどかな岩手の春の風景がイメージできた。そして今年は、遠野のミツバチに会うことができると嬉しいと思っている。

posted: mitsubako: on 07:28AM

2006年03月06日

海の泡

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夕暮れどきの淡い泡をすくってみたかった……

posted: mitsubako: on 07:26AM | comments (2)

2006年03月02日

黒い夢

喉に針がささったような痛みを覚えた金曜日の夜から急に発熱がはじまった。ぐんぐん上昇する熱、頭痛、足や背中、首すじの痛みで、わたしはわたしの身体を身体だと自覚する。

自然と潤む目の涙、鼻水、吐き出す息の蒸気で顔中が高温の温室の中にいる。

ぼんやりと夢を見た。
あまりよくは覚えていないのに、確かにそこへ行ったような記憶だけが残る不思議な夢だった。

だれかに会わなければいけない
わたしは慌てていた
いつもなら間違わずに4階の部屋へ行くはずが
知らないうちにわたしが入口を間違えたことになっている
夢はそこからはじまった

「古い階段だ!」と足の底できしむ音を気にしながら懐かしい倉庫を上がる
4階の入口は壊れた錠がぶらさがった木戸だった
戸は簡単に開いて足を1歩踏み入れると床が音をたてた
このままだと下へ落ちると直感する
わたしはここで、はじめて自分がおかしな場所へ来たと気がつく
もと来た通りに降りて引き返そうと思うのだが、とびらは外から鍵がかかっている
そんなはずがないのにそうなのだ
どうやってその戸を開けたかは夢の都合で、次の断片ではもう1階の入口の扉についていた
扉を開けるとがらんとした倉庫の1階があってそこから遠くの風景が見える
夕暮れ時の広大な空き地にかすかに紺色の山並みが見えている
ふと視線を向けると外の小さな流し場にひとりの女性がうつむいていた

「かぎですか?」とわたしが訪ねると「そう」とだけ答え、なんの違和感もな
く、鍵の隠し場所を教えてくれるのだ
小さな錆びた空き缶はにごった水がたまっている
そこへ錆びた鍵を入れるとしばらくして浮き上がってくる……

浮かないようにする方法を教えようとしていたのに、その人に教えることもできないままわたしは目が覚めて別れてしまった。伝えたいことが伝えられないあまりに心残りな思いにしょんぼりした。
そしてあきらかに、まだわたしの体の節々は痛むのだった。

*流感にかかりました。熱の後の体は浄化された気分です。これを持続できるような生活をしなければと思います。

posted: mitsubako: on 07:53AM | comments (1)