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2006年02月24日

こおる空気

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わたしの小さな田んぼに今年はなんども氷がはった。

posted: mitsubako: on 07:45AM

2006年02月22日

小さな漁港

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小さな漁港が目にとまった。
電線に止まる鳥の群れはからすでなくてとびだ。
漁師が残り物の魚の切り身を空中に向かって投げると旋回していた群れの秩序が乱れて騒がしくなる。

「魚市場だと人間の頭をつついていくんだ」と漁師はいった。

この空を飛ぶとびは餌付けに慣れた小さな共存の世界に生きてるやつらだ。

しばらく眺めていると天空を舞う魂のつかいが降りてきた。

posted: mitsubako: on 07:04AM

2006年02月20日

潮のひいた磯

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薄い白い雲の朝、磯へ向かった。
冬枯れの色彩に見慣れた目に、豊富な養分が堆積された磯は、ことのほか映えうつった。

posted: mitsubako: on 07:20AM | comments (3)

2006年02月16日

白の断片

ガラスケースの向こう側に白い四角い一冊の本がある
彼女の視線は決してそれを見逃さなかった
「手にとって見せてください」

<…>

『白の断片』を手渡してくれた女性はこういった
「読むとき強く開きすぎないように注意してください」っと

彼女はそんな声も耳に入らずていねいに項をめくるその白い手がぴんとはりつめていた

白い余白に一切の無駄なことばはなく消尽に消尽しつくされた一色
詩に建築があるとすれば白いフレームの四角い箱を構成する文字の詩(うた)が置かれている
そのすきまに射し込む光はない
いっさいの装飾をぬぐいさった昇華した白い一室
がらんとした白の均質空間に凛とひびく空気の音だけが壁にあたって反射する

彼女の求めるものがこの白いキューブに凝縮されつくされていた

覚え書きには北園克衛と印されていた

*わたしは北園克衛の世界に魅了されています。わたしとこの本は身近にはありませんが出会いはこんなことからでした。これから何度もテキストを読もうと思います。

posted: mitsubako: on 07:57AM

2006年02月14日

カーニバルのカージオイド

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街や通りのいたるところにカーニバルがやって来た。
赤い声を出す人 赤い顔の人 赤いドレスの人 赤い仮面の人。
どこもかしこも酔いしれた人々の熱気でごったがえす。
赤と白のフリルがたくさんついた帽子の女の子がぼくのことを見ていた。
ぼくは女の子に笑いかけた。
女の子がぼくの方へ近づいて来てカージオイドの白い貝を見せてくれた。
「ハートの形?」ぼくが聞くと女の子は首を大きく横にふって「違うわ
心臓よ」と答えた。それからぼくの心臓にその貝を押し当てた。
ぼくの心臓の鼓動と女の子の脈打つ手首が微妙にずれてカージオイドは本物の
心臓のようにぴくぴくと動いた。

肌を露出して陽気にリズムを刻む女たちが押し寄せて来た。
そのうちの一人が女の子にぶつかる。
真っ白のカージオイドはぼくの心臓からすり落ちて地面の上で粉々に砕けた。
ぼくはかけらを拾おうと夢中になったけれど、次から次ぎへと押し寄せてくる
人波で遠ざかり、やがてかけらは踏み砕かれて見えなくなった。

もうそこに女の子の姿はなかった。
ぼくのカーニバルはいつの日よりも悲しい一日だった。

posted: mitsubako: on 07:50AM

2006年02月13日

魂の往来

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「ぼくは水際で口笛を吹きながら
ぼくの指のあいだで湯気をたてている星を見る」

詩:波は死の舟を揺する ビセンテ・ウイドブロ

血液は頭のこめかみあたりを時々とくとくと流れる
わたしの魂はこの流れによって脳のどこかであるいは皮膚で存在を意識している
大きな衝撃に打たれて
まるで疲れ果てた時に襲われる混沌と現実をさまよう意識の移動

魂の往来とはそんなことか
臨死を1週間通りこして 彼女はしばらく旅立っていった。

*伯母が突然倒れてまもなく命をひきとりました。どうぞやすらかに魂が解放されますように……。

posted: mitsubako: on 07:47AM

2006年02月10日

ガウチョのマテの時間

この大地にはなにもない
太陽の光があたったとしても、草原に反射する色彩はわずかだ

ガウチョのナノはひとりぼっちで小屋に住んで獣から羊を守る番をする
隣のトタンの馬やに、四角く切り取られた入口からナノの白い馬が顔をのぞかせている
真っ黒な髪のナノは真っすぐな瞳と濃い眉でじっと止まったように凝視する
その目の奥にすべての自然の法則を透視する鋭い力が潜んでいる
野性と優しさに覆われた素朴な土地が生んだ人間臭い人間だ

3時になると荒い仕事から顔や手を真っ赤にしたガウチョが数人つどって、マテをすする時間になる

『あるいは たぐい希なき感性の投影…… 気づかぬ詩人へ』

posted: mitsubako: on 08:36AM

2006年02月08日

ともしび

昨年のこと。お互いに本が好きな友だちとカウブックスへ出かけてのんびり本を手にとった日があった。これを読んでみたい、あれも読んでみたいと思い思いの本を「ねぇねぇこれ…。」なんて具合に開いたページを見せ合った。まるで放課後の人影の少なくなった小さな図書館のような気分に浸っていたわたしたちは、ようやくどの1冊にするかを決めた。

本屋さんへ出かけて行くのに、この日にしようと約束をして、そこを目的に行くなんてことがこれまであっただろうか。ふらりと立ち寄りたくなる日もあるけれど、こうして純粋に本だけでなく本を通じて何かを感じることのできる場所、いごこちの良さ、あるいは自分を受け入れてくれる空気のような場所に惹きつけられるからなのかもしれない。
どうにもならない気持ちや溢れる思いの心のシェルターだと思う。

わたしはこの時『光大郎智恵子』を購入した。友だちが先に手にしていて「でも2冊はなぁ〜」とつぶやいていたので急に欲しくなった。「読んだら貸すね。」

昨年末に書かれていた松浦弥太郎さんのessayを年頭になって読んだ。新しい年、わたしはどんな1年を過ごそうかと思案中だっただけにessayを読んだ時、人からぎゅっと抱きしめてもらったときのような安心感を覚えて、わたしがしっかりとなった気がした。

“街の小さなともしびになれるよう”“誰か一人を思いながら、この手を使って本を選んできた”
だからわたしはここに出かけて、帰る時には少しだけ自分も誰かのためになにかをしたいと思う人になれる。いつものわたしより、もっと心の優しい人になれる。そういう原点でもあり、それを忘れそうになった時に駆け込めるそんなところだよ…と小さな声だけどお伝えしたい。

posted: mitsubako: on 07:16AM

2006年02月06日

panal = みつばちの巣

口承で伝えられていた1回性の詩(うた)をわたしたちがわかる言語に置きかえたりすると、そこで少しづつ誤差が生まれる。金関寿夫さんが『ナヴァホの砂絵』の中でこのようなことを書かれていたのがずっと心のどこかにひっかかっていた。

わたしのblogはスペイン語のみつばちの巣というタイトルだ。スペイン語圏の友だちから"panal=はちの巣"とつけられたイメージと不思議なテキストがある時送られて来た。

from my friend:
この写真は部分、コルクの蜜蜂の巣の前のもののような、である。もはや使用されない古い蜜蜂の巣。それは金属のカーテンリングを有し、(材料椅子がすべての生命の制御を取った) とenea 縫われる。私が東の蜜蜂の巣を見たときに、私はMistubako 、私が訪問することを推薦する私の接触の1 のSeth を覚えていた:

私はSeth によって引き付けられたMistubako を知っていた: "大きい美を有することに壮大なPa Matsuo 私に彼のユートピア" は、それようである(ないプラスチックなら、大きい美) 。多くの他のように誰でもと時はイメージと伝達し合うことができること私が好む何を私が彼に言う何を私が私に言う時々、しかしAM 自分自身何を彼が言語の私に障壁を抑制するかどれ、頻繁にと連絡し。Mistubako の感謝。
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東の蜜蜂の巣は、このテキストとイメージから数週間、繰り返し考えて書いてみた。
まだ瞬間に思ったことと、そこから拾ったことばをつなぎあわせただけのテキストだ。このテキストを書いているとき、神奈川県立美術館の裏庭で見つけた乾いた真っ黒な蓮の花托を思いだした。
panalを送ってくれた友だちは自動翻訳機で、はち好きのわたしと祖父の描いた桃源郷を想って、自分のこぼれそうな気持ちを伝えようと書いてくれたものだ。伝えたい意志と伝わりたい願望がとても微笑ましかった。
意味不明の文脈が、みつばちをなかなか見ることができずに春を待ちわびるわたしの思いと重なって、むしょうに何かにしたい気持ちにかきたてられた。

伝達不能のテキストはむしろ空想をちりばめたかけらだった。

*ナヴァホの砂絵

posted: mitsubako: on 07:58AM

2006年02月04日

Lotus 花托

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はすの花托は「はちす」とよばれる。

posted: mitsubako: on 14:31PM

2006年02月01日

東の蜜蜂の巣

そして、分封を終えたみつばちは新たな巣をみつけて静まった
つかい古された蜜蜂の巣
長い時の経過の果てにさびた鉄のように物質と化す
その表皮はもろく、穴がいくつもあいていて、老朽に原形をとどめはしない
黒い蓮の花が朽ちたかのように
有機的でありながら、無機質なマテリアルは地へと落ちていく

東の蜜蜂の巣はもはやここにはない
やがてやってくる季節の幻影をただ印すためにそこに置きさられたのだった

posted: mitsubako: on 07:21AM