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2005年11月30日
蘆

余は霜を愛す。其の凛として潔きが為に。其の牢晴を報ずるが為に。
清美なるは霜白き時の朝日なり。
『自然と人生』というタイトルをもし英語で訳すならnature and lifeとしてしまいそうだが、調べてみると、この訳はnature and manになっている。なるほど、その方がもっと自然との関係が対峙的に見えてくるように思う。
徳富蘆花の『自然と人生』は岩波の文庫本で持っていて、通読したことはまるでないのだけれど、時々、ぱらりと見ては漢字に感慨を覚えてしまう。
今年の2月、琵琶湖を旅したとき、枯れ行く蘆の群生が見たくて新幹線に飛び乗った。この時、蘆花が引用した清少納言のことばをもう一度読んだ。「蘆の花は見所とてもなく」だ。見所のないところがまたたまらなく愛することの対象となる…なんとなくそれは今のわたしに身にしみてわかるようになったことのひとつだ。
蘆花は、蘆花なる所以をここに見いだした文章を書いている。
静更に寂として、唯限りなき蘆花の蕭々として風に鳴るあるのみ。
くどくどした解説文はなく、漢字の組合せにすっきりと削られた一文は、風景が視覚的に蘇る、案外ミニマムな表現なんだとこのごろ思う。
posted: mitsubako at <07:23AM>