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2005年10月06日
『亀も空を飛ぶ』生み出す原点
バフマン監督は、アグリンを抜擢したわけだけど、この少女にどんな想いを描いていたんだろう。女性から見ても、彼女の眼差し、ちょっとしたしぐさは、どぎまぎするほど大人びていたりする。おそらく、ここにかかげられた重たい課題は別のところへ置いておくとしても、少女の持つ驚くほどに熟した女性に彼自身も惚れ込んだにちがいないとわたしは思うのだ。男の方が熟しきれない、甘くせつない、ほのかな、幼児性をおびた恋い心が潜在的にあるように思えたりもする。そうした危なさのようなものも、もしかしたらこのフィルムの魅力となるひとつなのかもしれない。
このフィルムは、前面に戦場における“性”をあつかっているわけではない。けれども、少女アグリンにはそうした影がついてまわる。彼女の身体の傷はけっして癒すことはできない。以前に『ラマン』のことを書いた。それと相通じて、共感するものがわたしにはある。
ただ、数日前の『亀も空を飛ぶ』のフィルムの感想にも書いたけれど、映像には政治性とか社会問題が表出されているわけではない。悲しくて泣いて欲しい作品でもない。
何もないところから生み出された純粋に作品を創る原点に回帰したものだとわたしは感動した。
posted: mitsubako at <07:23AM>