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2005年10月31日

無音

PA290002.jpgポール・クレーのKleine Felsenstadt/Petite ville dans les rochers(small town among the rocks)… いや、そうじゃない。
画集かな… いや、そうじゃない。
ぽろりとはがれた表紙のイメージのうしろに パチパチとタイプを打ったみたいにカタカナが並ぶ
詩集なの… いや、そうじゃない。タヌマくんとか家男くんの話しみたい。
知らない人のこと… いや、そうでもない。
アナタのすぐそばにいる人。もしかしたらアナタがよく知っている人。いや、アナタのことかもしれないの。

こういうことだったのかもしれない、わたしがずっと混沌として抜け出せないでいたことから、こたえがはねかえってきた一冊…。
それから、わたしは以前に素通りしたFOIL 自然を手にした。ノートみたいに気軽に書き込むことができそうなこの一冊…。いま、繰り返し両方を開いて見ている…

*無言の声としていたけれど、1日どうもちがうと思いつづけていた。声はなくて、すべての音が消えている感じがしたのに、どうしてわたしはそうタイトルしたのかがわからなくなった。無音にした。

「家について」:伊勢克也/立花文穂プロ
FOIL 8月号増刊 自然:伊勢克也/リトル・モア

posted: mitsubako: on 07:19AM

2005年10月28日

くもの巣

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今年は女郎蜘蛛の巣はまだそれほど大きくは張られていない。でも、低木をよく見ると綿菓子のように虹色に輝く糸がぐるぐる巻になっている…。
2004年10月31日、明け方の雷と大雨で今朝は早くから目が覚めていた。10月も終わろうというのに激しい雷雨とは珍しいことだ。先日、秋晴れの庭木に大きくかけられているくもの巣をしばらく見ていた。直径80cm以上あるのではないかと思うほどの大きさの女郎蜘蛛の巣だ。真っ青な空にやさしい風にゆられてきらきらとしている。そういえば、秋の日射しに輝くものはいろいろある。ススキ、紅葉した葉、とんぼ…。いつだったかりんご園で夕日に真っ赤に染まるりんごを見たことがあった。この季節の太陽の位置によってきっと、さらに実りを輝かせてくれる光を放っているのかもしれない。くもの糸があまりに繊細に織りをなしていたので、カメラを持ち出して何枚も撮ってみた。そんなことがあって、毎日なんとなく、今日もまだかかっているだろうか?と気になるのだ。今朝の大雨後もまだ無事にあったので、ほっとした。雨をよけられる場所にはかかっていないので、激しく降る中よくぞ破けなかった、よほどグリスが効いているのかなぁ。

posted: mitsubako: on 07:33AM

2005年10月27日

夕焼け

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1年まえの丁度この日わたしはこんなことを書いていた。その時はサーモンピンクの夕焼けの写真を載せていたけれど、ときが過ぎて、今日思う色はむしろこんな夕焼けだったりする。
1年まえのこの日からかぞえて、この間、サーモンピンクの夕焼けを見た。志村ふくみさんの『色を奏でる』を読んでいたので糸の染色や織りにできたらと思うような空だった。自分で何かを生み出すことができる人ってうらやましい。こうして、瞬間に感じたものを織り込んで形にすることができたらどんなに嬉しいことだろう。私には、果たしてどんなことが生み出せる。
そんなことを考える秋の頃は熟れている。夕焼けを見て、小粒の涙が出そうになるときもあるし、満ちたりた笑顔であたたまるときもあるよ。

posted: mitsubako: on 07:08AM

2005年10月26日

交差点のとんぼ

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交差点のとんぼ
東京のどまんなか
午前9時40分
朝の交通ラッシュ時
太陽と排気ガスの靄のなか
きらきらととんぼが飛んでいる
たくさんのとんぼが飛んでいる

とんぼは光るものが水辺と認知するらしいから
空から見えるメタリックの車のボディの行列が反射して
きっと水辺なんだと思ってる
産卵をしようと車に向かって飛んでいく

東京のどまんなか
交差点の近くで毎朝いっぴきのとんぼの死がいを見た…。

posted: mitsubako: on 07:21AM

2005年10月25日

ピンホールノート

ピンホールカメラで撮影をしたいけれど、なかなか天気と自分の休みが出会ってくれない。前に練習で撮ったものの中からお気に入りを集めてノートを作ってみている。すごく簡単なもの。アイディアは森田千晶さんという方の和紙でできたnotebookがとてもすてきだなと思ったので少しヒントをもらってアレンジしてみた。
ただ、表紙部分をダンボールみたいな厚紙にして、中ページはわたしが好きなトレペ。
単純にじゃばらに折って好みのテープでとめただけだ。
肝心の写真を何で台紙につけようというのに迷っている…。

ならべてみるとぼやけた失敗作の数々も撮ろうと思って撮れるものではないので今ではかえってそれがいいなと思えたりする。
偶然が生み出す魔法の不完全性を集めたおかしなピンホールノートがここに1冊誕生…。

posted: mitsubako: on 07:48AM

2005年10月24日

秋草

PA150002.jpg遠くへ出かけることができないけれど、近くを久しぶりに散歩した。えのころぐさやすすき、秋の草花がいつのまにか元気よく咲きみだれている。秋はこれほど花が多かったかと思う。今年はいつになく草が美しいと感じる。朝日を受けた朝露の残る草むらが、今一番大好きだ。
少し涼しい夜は「晩秋」ということばが漸く光るようになって、虫の鳴き声がいっそう澄み渡って聴こえてくる。もっともっと冴えてきて、空中の純度が増すころが待ち遠しい…。
みつばちは、いずれやってくる寒い季節の前に最後の花の季節を謳歌して飛びかっている。





posted: mitsubako: on 07:49AM

2005年10月21日

朝、青く描く

この本のタイトルが大好きだ。前田夕暮はどんな青を想っていたのだろう。
秋の朝、朝露の草むらに朝日があたる時、そっとピンホールの針穴からわたしのひとさし指をはずした…。

pinhole_grass.jpg

posted: mitsubako: on 07:05AM

2005年10月20日

散るかおり

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雨つづきだった…。雨と一緒にぱらぱらとオレンジの小粒がおちていく。
出かけの朝、ぼんやりそれを見ていたら、急にちょっぴり哀しくなった…。
あまりに新鮮だったから…。

「きんもくせい」にコメントやメールをいただいた。雨の日に撮った写真も載せてみました。

posted: mitsubako: on 07:45AM | comments (2)

2005年10月19日

きんもくせい

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どこからか運ばれてくる甘いかおり。
暗い夜道を歩いていると、自然にこのかおりに連れられて、そのどこかを辿って行ってしまいそうになる。
こんなに甘く、誘発するかおりなのに、みつばちはこの花にはただの一匹だってやってはこない。

posted: mitsubako: on 07:41AM | comments (4)

2005年10月18日

インクとペン

PA160002.jpg友だちとおそろいのペンをまた買った。
時々、自分が昔にメモしたものをぱらぱらと見ることがある。あるノートのあるページにこんな落書きを残していた。

錬金術の4つのエレメント「土・水・風・火」
紙(固体)→ 土または地
インク(液体) → 水
声(発声) → 風または空気
燃焼 → (火)

なんのために残したつもりだったかは忘れてしまった。でも、ちょっと面白いなと思った。nodocaさんという方は撮影された写真から栞をつくられていて、この夏、暑中お見舞いのはがきと一緒に同封くださった。お礼のはがきをお送りしたら、わたしの筆圧はインクとよくあうと言ってくださった。そんなことがとっても嬉しかった。インクのにじみとか、かすれとか紙と出会ってできる文字がとても好きだからだ。
インクとぺんの夢は無限大だ…。なにを落書きしようかな…。

ところで、別にわたしは不老長寿をめざしてはいないはず。

posted: mitsubako: on 07:31AM | comments (2)

2005年10月17日

重たい本

PA160001.jpg『アマゾン河の博物学者』を読もうと思ってからもうかれこれ3年以上の時が過ぎてしまった。未開の地に幻の昆虫を求めて彷徨う話しは、観察記録的でもあり、美しい描写でもある。わたしは、この本の60ページあたりぐらいまでを、すでに4回読みなおしているはずだ。なのに、必ずその辺りで止まってしまう何かが起こる。
なぜだろうと思っていたけれど、それは本の重さにあるのではないかと、ふっとこの頃思う。寝ころんで読めないし、荷物が多い時には持ち歩きからは外されてしまう。そうしているうちに疎遠となって、ゆっくりと時間のある時に読もうと思う本として置き去りにされてしまうのかもしれない。でも、気になって、気になって仕方がなくて、また手にするのに…。同じことの繰り返しをしている。
数年前の夏、スイスのルツェルンという街の自然博物館でDr. H.C.Walter Linsenmaierという学者の昆虫コレクション展と偶然に出会った。いまだにそのことはよく覚えていて生前彼が使っていた机とか引き出しとか採取道具とかの展示が見事でひどく心を打たれた。昆虫を追い、その形態や生態そのものに魅了されロマンを抱く気持ちが、わたしのみつばちのことに二重写しになるからなのかもしれない。
いや、もしかするとある種のユートピアへの逃避なのかもしれない。ある人が熱中して恋い焦がれた探求心を辿って擬似体験をできる喜びが重たい本の向こうにはある。
擬態と変容はどんなに理屈があったとしても「不思議」ということにとどめておきたい想像の世界があると思う。

posted: mitsubako: on 07:13AM

2005年10月14日

収穫のコンポジション

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ある人が種から実までを並べてオーガニックサイクルと題していたのを見た。わかりやすくて変容のおもしろさが簡潔に表れていてとても好きだなと思った。この秋、和綿が採れた。茶豆も一度は食べたけれど、少しだけ種にと残しておいた。白小豆も種を採った。
それを、お気に入りの机で並べたり動かしたりして観察してみた。
じつは、鞘を乾かして、開けてみる時がどきどきする。白小豆を植えたのに、小豆色の種だったらどうしようかと思うようなひからびた皮の色だったからだ。
ぱかっと開いた鞘に新品の白小豆が並んでいた時には歓声をあげた。小さくても、たった一粒の種からこれだけ種が採れたから、来年はまた植えようと思う。可憐な花とか、蔓、緑の色が一緒に過ごした夏と鮮やかに蘇ってくる。単純なこのサイクルに感謝と頭が下がる思いでいっぱいになった。ありがとう。

posted: mitsubako: on 08:16AM

2005年10月13日

白老アイヌ・コタン

今日のタイトルは、前田夕暮の書籍の一遍から。わたしは北海道へ二度だけ訪れたことがある。一度目に行った時釧路から列車にゆられて広大な湿原を見ながら弟子屈へ向かった。泊まり先の宿でバイトをしていた人が、アイヌの話しに詳しかったことを思い出したりした。
そういえば、姉が昔、買ったのか、人からいただいたのか木彫りのペンダントがあったことも思い出した。表がアイヌの女性の顔で裏にピリカ・・・と彫られていた。「ピリカ?」その頃はなにも知らない子どものわたし。おもしろいと思って復唱していたのだった。
夕暮の文章を読んでいたら、アイヌの祖先は犬であると書かれていた。
海岸に漂着した難破船に美しい娘がゐた。瀕死の状態のこの娘にどこからともなく犬がやって来て看病をし命を救った。犬と娘の間に誕生した男の子をアイヌと呼んだという神話が書かれていた。
そうか、犬だったのか。わたしはこれを読んだとき犬は狼ではなかったかと想像をめぐらし、『しづかなおはなし』の挿絵が頭に浮かんだり、月夜の晩の湖畔を思ったり幻想的なイメージの世界にひきこまれそうになった。
にわかにその時、通勤電車の窓から明るい太陽のひかりがそのページに射し込んだ。

posted: mitsubako: on 08:50AM

2005年10月12日

遠野の友だちへ

P9180041.jpgわたしがみつばちが好きで追いかけてまわっているように、自分の大好きなものがあって大事にしている人と話すのはたのもしい。どのぐらいにそれに熱狂しているかが、なんとなくわかるからだ。悲しい体験をすると人の心がわかるようになるというけれど、大好きなものがあって、「好きだ、好きだ」と思う気持ちを共有できるのは、やっぱり自分の大好きがあってはじめてわかるものだと思う。
遠野の友だちは馬が大好き。そうしたら、いつのまにかわたしも何か馬のことに出会うとすぐにその友だちのことを思い出してしまい、そわそわ知らせたくなって落ち着かなくなったりする。きっと喜んでくれるとわかるからなのかもしれない。この間新聞に北海道の馬のことが掲載されていた。すぐにここへ書こうと思っていた矢先、ブログのトラブルに巻き込まれてしまってお預けになってしまった。
真っ先に、デジカメを持ち出して、記事の写真だけは撮っておいた。(そう、わたしはこのごろなんでもデジカメでとりあえずスキャンしてしまうようになった。)
体に北海道の地形を象った模様のある子馬のことだ。偶然だろうけれど、よく人はこうした錯覚じみた夢に未来を描く。月に兎がいるだとか、そうした寓話的な発想はいつの時代でも微笑ましいものだとほっとする記事だった。
ところでこの子馬、大きくなってもはたして北海道の形を保つだろうか?膨張して南米大陸になっていたりはしないか…ちょっとばかげた心配なんかしたりした。

posted: mitsubako: on 07:55AM | comments (2)

2005年10月11日

個展へ

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10月の青空、洗濯日和のある日、わたしは仕事の合間をぬって画廊の個展へ行った。
銀座の南天子画廊で、毎年この頃に開かれる岡崎乾二郎展へ。

だあれもいない室内の空間で「はっ」と思ってずっと見入った。作品タイトルはとてもながいのですぐには見ないで少し離れて立ち止まっていた。『ゲルニカ』とかルオーのこととかが唐突に浮かびあがってきた。なぜだかちっともわからなかったけれど…。
それからタイトルを読んだ。私が知っている中での岡崎さんの作品で、今いちばん好きな作品になった。何度も見たいのに…と思う。

作品タイトル
「石がとどく距離なら、隅なく見渡せるさ。よって、剥き出しになった骸に気づかぬ者-水を眼の前に乾いた口で飢えを我慢するような者はだれもいない!
悲しみは消えず、きっと机の上に残るだろう(だから)いつまでもきりなく泣くことはない。
奇麗な死を願うのであれば(食われたくなければ)。海綿と水を用意し、今すぐ洗濯に出かけたまえ。」

posted: mitsubako: on 06:49AM

2005年10月09日

秋のひまわり

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どんよりした曇り空だから、あお空をおくります。
秋なのに、ひまわりの仲間の花が生き生きと咲いているのを見ると元気でいなきゃと励まされている気がします。

*blogツールや週末にかけて契約しているサーバの不具合などでご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。

posted: mitsubako: on 16:03PM

2005年10月07日

おまもりのこと

おまもりということばに久しぶりに触れた。
熱心な宗教性をおびたことばとしてではなくて、それはもっと人への信頼とか、自分がひとりで生かされていないことへの証とか……。
それまで、おまもりというイメージはわたしの中ですぐある特定の宗教と結びついて、そういうちょっと俗的なものはあまり手をだしたくない感じのものだった。

でも、その人のいうおまもりってきっともっと自分を小さく見れるから、大きな見えない手の中にいる自分の存在を知っているんだってことだと思った。

白い革袋にはいったものをおまもりがわりにぶらさげてみた。
ホワイトセージには浄化、スイートグラスには健全な精神、タバコの葉には平和、ターコイズには魔よけ、熊の毛には勇気とそれぞれにわたしに宿るらしい。
なるほど、そういわれてみると、ちょっとだけ安堵感ってあるものだ。

posted: mitsubako: on 07:26AM

2005年10月06日

『亀も空を飛ぶ』生み出す原点

バフマン監督は、アグリンを抜擢したわけだけど、この少女にどんな想いを描いていたんだろう。女性から見ても、彼女の眼差し、ちょっとしたしぐさは、どぎまぎするほど大人びていたりする。おそらく、ここにかかげられた重たい課題は別のところへ置いておくとしても、少女の持つ驚くほどに熟した女性に彼自身も惚れ込んだにちがいないとわたしは思うのだ。男の方が熟しきれない、甘くせつない、ほのかな、幼児性をおびた恋い心が潜在的にあるように思えたりもする。そうした危なさのようなものも、もしかしたらこのフィルムの魅力となるひとつなのかもしれない。
このフィルムは、前面に戦場における“性”をあつかっているわけではない。けれども、少女アグリンにはそうした影がついてまわる。彼女の身体の傷はけっして癒すことはできない。以前に『ラマン』のことを書いた。それと相通じて、共感するものがわたしにはある。

ただ、数日前の『亀も空を飛ぶ』のフィルムの感想にも書いたけれど、映像には政治性とか社会問題が表出されているわけではない。悲しくて泣いて欲しい作品でもない。
何もないところから生み出された純粋に作品を創る原点に回帰したものだとわたしは感動した。

posted: mitsubako: on 07:23AM

2005年10月05日

『亀も空を飛ぶ』カタログ

film_051004.jpgそもそも、このフィルムのご案内をいただいたのは、ブログで何度も書かせていただいたことのある、ぱくきょんみさんからだった。『亀も空を飛ぶ』フィルムを見終わった後、少し詳しくのこ撮影背景とかを知りたくてカタログを購入した。
きょんみさんの文章がここにあった。
映画に登場する《少女たち》に魅了され会いにときどき行きたくなるという。
そうだ、わたしにもちょっとそんなところがある。自分をそこに投影したいという願望よりは、憧れの的のあの子を見ていたい……という気持ちだったりする。
きょんみさんの書かれた『いつも鳥が飛んでいる』『そのコ』には彼女の見る鋭い少女像が表れている。

わたしは小学校の時、転校してきた少女を思いだした。すっと背の高い、早熟に胸のふくらんだ、瞳の大きな大人びた子だった。その子はなんでも知っていそうで恐かったから、なんとなく近よりがたかった。そんな記憶がわたしにはある。
フィルムのヒロイン、アグリンはその少女と二重映しになった。

posted: mitsubako: on 07:21AM

2005年10月04日

『亀も空を飛ぶ』

きょんみさんからいただいた手紙の中に『亀も空を飛ぶ』のちらしが同封されていた。
『亀も空を飛ぶ』……このフィルムのタイトルを見て、あらすじを知る前にとにかく必ず見ようと思った。“も”に含まれる思いがなんとなくピンときたからだった。亀だって、亀でも……ってことはもともと飛べない限界がある。飛べないものが飛べるからこそそこに込められた悲哀がある、そんな思いにかられた。

シーンから
パショー:これは?
シルクー:サダムの腕だよ。記念になると思って、地雷を全部売ってこれを買った。
     アメリカ人も“貴重”だって
サテライト:言葉が分かった?
シルクー:教えてくれたでしょ。地雷を集めて売ってると話したら、もうやめろって言われたよ。こういうものにしろってさ、持っていけばドルで買い取ってくれるって

(カタログ、採録シナリオから抜粋)

アグリンという名の美少女が戦争で乾ききった台地を見渡す丘から身投げをする。フィルムはそこからはじまる。クルド人の監督バフマン・ゴバディは2003年のイラク戦争終結後にイラク入りをし、街で出会った現地の子どもを起用して撮影をした。戦後の子どもたちのありのままの姿、現実の生活を表すために。
アモス・ギタイが『キプールの記憶』を描いたと同様に、戦争とか、地雷に苦しむ子どもを救うためとか、ブッシュとサダムの構図とかそういった政治的なメッセージはどこにも見あたらなかった。
ひとりひとりの子どもたちの個性を大切に、ユーモアとウィットに富んだ演出が光る。複雑さや装飾がなく、まっすぐに、今を生きることだけが見えている者たちはもしかすると表面的に恵まれたわたしたちよりも遙かに精神性が健全であると感じる。

アンテナを青空へ向かって立てるシーン、有刺鉄線と目の見えない幼児がさまようシーン、子どもが子どもをあやすシーン、戦争廃棄物の回収シーン、乗り合いトラックからの風景、上空のヘリコプターからばらまかれる白いビラ……いくつものシーンはどこを切りとっても詩的でそこに吸い込まれていく自分を感じた。

たくさんのエネルギーと創造することへの命をもらったよ。

『亀も空を飛ぶ』バフマン・ゴバディ
2005/9/17- 岩波ホールにて上映中

posted: mitsubako: on 07:16AM

2005年10月03日

伊東忠太の壁画

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わたしは、生まれだけは大阪でした。たった2歳で大阪から父の転勤のため仙台へ移り住みました。ですから、幼いころの大阪のことは、ほとんど大人になってからの写真や、人からの話、何度も行った関西の旅で肉付けされたようなものです。
それでも、大阪というと懐かしさが残っているのは、人からの過去の記憶を受け継いでいるからだと思います。それ以外に、その場とわたしをつなぐものはないからです。

先日、友人でブログ仲間でもあるm-louisさんのブログから阪急梅田コンコース解体というニュースを知りました。今回ここに彼の撮影した写真を掲載リンクさせてもらいました。写真をクリックするとm-louisさんの記事に飛びます。信じられなかったです……。
あそこには伊東忠太の壁画があって、コテコテの独特の雰囲気を醸し出していたところです。m-louisさんのすばらしいアングルで撮影された数々のコンコースの写真を見てもそれはよくわかります。
伊東忠太は法隆寺の源流を求めた旅する建築家としてよく知られています。東京では、築地本願寺に、ボルヘスではないけれど幻獣のような奇怪な動物たちを残したことでもとてもよく知られています。そう、わたしは『伊東忠太動物園』をいつか手元にと思っているのですが。
忠太はロバにまたがり、シルクロードを、そして地中海、トルコなどへと調査を巡りました。今でいうキャラバンでしょうか。明治政府は富国強兵策にのっとり、日本の近代化を西洋化へと進めていきました。ジョサイア・コンドルが日本の近代建築に残した業績は大きいけれど、西洋の模倣に対して懐疑心を抱き、日本建築を模索した点で注目すべき人物として伊東忠太をあげることができるのではないでしょうか。

「阪急梅田コンコースを残したい・・」ここに馴染んだ者、この文化圏に生きた人たちの声を記憶として集める活動をm-louisさんが新たにアクションとしてブログで立ち上げました。
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琵琶湖のヴォーリス建築も100年を迎えようとして老朽化の目立つものは取り壊しの方向が進んでいます。いくつかの建築物は地元の方々の強い支援で守られていますが。
新橋の駅舎跡のようにある一部だけを博物館の一郭のように残すというのでは、本来の残す意味にはならないとわたしは考えています。
同潤会アパートしかり戦後の足跡を残すかおりも形としては消え失せていくものばかりです。確かに永遠性というものはないし、もしそれを強く望めばそれはそれで、作者のエゴではないかとも思いますが。日本という国は修復ということに今はお金をかけない国になりました。せっかく日本の良い手仕事を職人が培った長年の勘で、壊れかけては修繕して再利用しなおすという循環があったはずなのに。面倒なことはしなくなったのです。
朽ちる美しさ、朽ちていく過程を見ずに新しいものだけを追いかけるとはなんとも未熟な精神社会なのだろうと恥ずかしく思わずにはいられません。残念です。

壁の染ひとつだってそこに在ることの意義は大きいとわたしは考えるからです。

posted: mitsubako: on 08:20AM | comments (0)

2005年10月02日

大失敗

ふあぁ。。。
大失敗でした。blogツールをアップグレードしようとして中のプログラムを壊してしまいましたとさ...。でも、わたしには考えがあるのでもう大丈夫です。

0地点にもどりました。
今、最大に必要と思った文章だけここへ引越ました。
すっきり今日からこの場所ではじまります。

posted: mitsubako: on 11:12AM