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2005年09月24日

あかね色

dragonfly.jpg

早朝の散歩をしてみたら、あかね色の主がじっとしていた。
草原の光線に飛ぶ群はゴールデンに輝いていて朝靄の中で幻想的だった…

渡瀬川をこえて、栃木に向かうところにあき津亭というお店がある。もう1年も前のことになるけれど、そこへ一度だけ行ったことがある。このお店の名前の由来はアキアカネの古名『秋津』からきているというのを思い出した。

*写真の主、ネキトンボかナツアカネかどちらかではないかと思う。近くの公園にて……

posted: mitsubako: on 08:31AM

2005年09月21日

ピンホールカメラ

pinhole_001.jpg祖父、松尾則民のことを以前に書いた。その後、彼の撮影した満州での写真など、ここに掲載をしてみようかと考えたけれど、なんとなく今はやめることにした。そのかわりにデジカメで初めて写真がおもしろくなりはじめたわたしは、最近アナログに興味を覚えている。絞りとか、シャッター速度とかまったくもって理解をしていなくて、マクロだって勝手にマクロモードとやらが撮影をしてくれていた。よくわからなくて感覚で撮っていただけだ。だから、逆光に向かっても写すし、なんでもかんでも撮っていて、本当になんだかさっぱりわからないまま奔放な撮影をしていた。
ピンホールは、自分で作ればいいのだけれど、まず手始めはポラロイド社のものを買ってみた。はじめは、このシンプルな装置がかえって難解に感じたけど、何十枚か捨て撮りのような練習をしているうちにすぐ楽しくなった。そうして光の関係と向き合うようになった。
朝日って大事だ。
光って1日のあいだにものすごい変化する。そんな当たり前を今知った。もっとすがすがしい秋になったら、早朝から朝の光でぼやんとしたジョナス・メカスのフィルムのような写真が撮れるようになれたらいいな。

*写真は初回のなかからです。

posted: mitsubako: on 08:16AM

2005年09月18日

羊のなる木

cotton_050917.jpg

おはよう!
朝起きたら とうとうなったよ
この不思議 どう考えてもまるで魔法にかけられたみたい……。

朝晩は涼しくなって、また大好きな月がいちばん大きく輝く季節に近づきました。
線路沿いの小さな草むらに、夕方とんぼがきらきらと群をなして飛んでいました。
"have a beautiful day, everyone!"

*和綿の時を書きました。

posted: mitsubako: on 07:37AM | comments (1)

2005年09月16日

蘇生された土地はどこへ

“わたしのお腹の中に種子が宿ったならパンパの風が吹き荒れる大地へ移り住もう”

人々のいくつもの記憶の残像を集めて 一度それを大きな釜の中に入れると溶けていく
時間軸 価値観 歴史性 感傷 そうした意味づけされたものがいったん消尽する
わたしがわたしとしてわたしらしく生きられる地はどこかに求めて見つかるものではない

わたしがそうだと意識した瞬間(とき)そこに現れる
虹を追いかけ夢想に明け暮れ その瞬間を逃しては 決して蘇生された土地へたどりつくことはない

自転車を1台用意してわたしの体に蓄えられたエネルギーでわたしの力を使って生きられる道を走っていたい
そこには季節にあった食物を収穫できる最小限の土と眠る場所がある
澄んだ空気と泉がある
すべての現象は万事有機的に廻る
雨風雪を凌いで
種子はその土地に蒔かれ月日をかけて発芽する そしてわたしは消えてなくなる 
種子に託されたもの 受け継がれたものは何ひとつとしてなくて 蘇生された土地が有するものに適応し
時を待って成長する樹となる 
再現されることもなく 反復することもなく 再構築されることもない 
零度の純度と研ぎすまされた感性が ボーダレスな草原の風に響和し 蘇生された土地のイメージを象っていく 

誰もがあたり前のように存在する土地に気づくために
どこでもないどこかで……

posted: mitsubako: on 08:40AM | comments (1)

2005年09月15日

アズールと錆び

ほかのなにかに、いく度か繰り返し書いたことのある原風景。
なん度となく、人とデジャブだねと語り合ったことのある風景。
誰しもの心の中に静かに、熱く映しだされているだろう。

原風景がいくつもあるなら原風景ではないかもしれない。
でも、その究極中の究極があるとするならば、それがパタゴニアという大地だ。

あるとき、アズールが赤茶けて錆びたバルパライソの街影の写真を目にした。ボルヘスに想起された風景だという。ボルヘスを知らずとも、そこに流れる時間軸の世界に埋没されてしまいそうな哀しさがある。ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges、1899- 1986)。奇異な作品を数々残した詩人ボルヘスは英語、スペイン語、ラテン語、ドイツ語...多言語にたけた人であった。そのバックグラウンドにジュネーブ時代があることを最近知った。ラテンというイメージが強烈だったが、実は彼のアイデンティティを特定するのは難しい。作品の中で、もっとも代表的とされる『伝奇集』をわたしはまだ読んだことがない。急にバルパライソを見て「円環の廃墟」を読んでみたくなった。
その日、夜遅くに書店に向かった。店頭にはなぜかボルヘスのコーナーが設置されていて、彼の講義集だとかが前面に売り出されていた。肝心の欲しい本はどこにもなかった。
テキストと写真の関係は循環する。テキストから被写体となるモチーフが生まれたかと思えば、被写体からテキストを探し求める行為が生まれたりする。見え隠れする隠喩がさまざまな言語のゆらぎの中で新しい解釈へと蘇生する。

posted: mitsubako: on 07:41AM

2005年09月14日

BOOKSから 「前田夕暮」

このあいだ、少し疲れて家に帰ると、いつもの白い地に赤い文字でArneと印刷された封筒が届いていた。なんとなく急いで開けてみた。青空の下、りんごの樹には赤い実がなっている爽やかな表紙が目に飛び込んできた。ぱらりとページをめくってから、わたしが、すぐ、そう、真っ先に読むコーナーはやっぱりBOOKS。いつだったか、松浦弥太郎さんが、「前田夕暮」を読んでいるとサイトに書かれていたことを思い出した。そのことが、ここにもっとたくさん書かれていて、短い文章なので2度繰り返し読んでしまった。『朝、青く描く』この本のタイトルだけで、なにかを感じて感動してしまうってどういうことだろう。

そうして文末に「私を裸で青い草のなかにおいてもらいたい……」と前田夕暮のことばで終わるこの文章。手にしたことも読んだこともないのに、たったそれだけのテキストのフレーズで、わたし自身がどうしようもないぐらいに揺り動かされて、青く透明な鋭い1本の草に心臓を刺されたような気持ちになった。わたしはしばらく呆然としていた。

なんだかわからないけど、「わたしを青い草のなかにおいてください」といいたかった。

posted: mitsubako: on 08:26AM

2005年09月13日

沖縄の街角で

okinawa_bunko.jpgもう何年も昔のことです。沖縄に初めて行った時の写真が出てきました。
なんでもないような街角に本棚がありました。「ここから自由にとり出して、また読み終わったら返すんですよ。」とあちこち同行をしてくださったOkinawanが話してくれました。都内でもメトロのホームにキヨスクみたいな古本の本棚が置かれているように、ここでも古くなった本を街角で無人で貸出しをしているのです。手作りの本棚にぎっしりと本が入っていて、ちょっと借りて、木陰で読んでなんて気軽さが、とても新鮮だった記憶が蘇ります。
本棚にはたしか「借りる喜び 返す楽しみ」と書かれていたように思います。
偶然、本やお話のことを少し書いていた矢先、こんな写真が出てきたので、続きで書きとめておこうと思います。
こうやって写真を撮っていたということは、この頃もうすでに、本箱が気になる存在だったんだなと思います。
いっとき自分の中からすっかり冷めて消えてしまったかもしれないことも、こうしてあるとき急に繋がることがある、こういうことはわりと生きているあいだによく起こることです。ちょっとだけ長く生きてみるのも悪くないなと思えた瞬間です。

posted: mitsubako: on 18:38PM

2005年09月12日

ぷーたろうのこと

phootaro.jpgむかし、山の奥の奥に太い大きな木で組み立てられたログハウス風のれすとらん“ぷーたろう”がありました。
長年のあいだ、どっしりとした山小屋でお客さんを迎えていたぷーたろうが、ある時閉店することになりました。それはそれは立派な木材で建てられていたものですから、閉じてほおっておくのはもったえない。そこで、ある先生がお願いをして、このログハウスを移築してもらうことにしました。
子どもたちがたくさん集まるところに、一度取り壊されたぷーたろうの木材が運ばれて来て、あっという間に組まれて、またもとのぷーたろうが建ちました。古い木のぬくもりがあたたかで、少し暗い空間が、あの子やこの子の格好の遊び場となりました。
それからは、ぷーたろうはお話の部屋となってそこで楽しい素話を聞いたり、絵本を読んでもらったりするところとなりました。
しんしんと降る雪の日、ぽつんとテラスから誰もいないぷーたろうを眺めている人がいました。

いつでも人を迎える役割を果たしてきたぷーたろう、時代が変わっても、その温かさを人に伝え続けてぽつりと建っていてくれるんだろうなぁ。

posted: mitsubako: on 18:41PM

2005年09月09日

ちいちゃい、ちいちゃい

P9040002.jpg「むかし、ひとりのちいちゃい、ちいちゃいおばあさんが、ちいちゃい、ちいちゃい村のちいちゃい、ちいちゃい家に住んでいました。……」
babay mammothにからめて松岡享子さんのこととかを連載しているうちに書棚からほこりのかぶった本をとりだしてみたくなった。
イギリスとアイルランドの昔話。
松岡さんの恐い素話ってこの「ちいちゃい、ちいちゃい」だった。何十年も前のお話なのにこんなに鮮明に残っているなんてすごいことだと思う。

それから『なぞなぞのすきな女の子』とか『それ ほんとう?』はいつまでたっても大好きだ。

「あめりかうまれの
ありのありすさんが
あるあきの
あかるいあめのあさ
あたらしい
あかいあまがさをさし
ありあわせの
あおいあまぐつをはき
あつぼったい
あめいろいのあまがっぱをきて
あるところを
あるいていたら……」
『それ ほんとう?』の作者は松岡享子さん絵は長新太さんだ。

あんなのもあったけ、こんなのもあったけと次々と思い出す。
ほんとうは大人の方がお話を楽しんでたのかもしれない……。

*イメージは本文とは関係ありません。昔に受け取って心に残るポストカードを載せてみました。

posted: mitsubako: on 18:44PM

2005年09月08日

babay mammoth 3のまき

P7290008.jpgみつばち好きのわたしが今ここにあるのはいくつもの体験とか出会いによる。「きっかけは何だったんですか?」とよく聞かれるけれどあまり特定ができない。
昆虫はキライではなかったけれど、格別スキというわけでもなかった。
ビクトル・エリセのフィルムを見たり、イリヤ・カバコフの蠅の話しを聞いたり、ルイス・セプルベダの『パタゴニア・エキスプレス』とかブルース・チャトウィンの『どうして僕はこんなところに』を読んだり、あちこちの国でおいしいはちみつを食べたり……。
松岡さんとの出会いもそのひとつだったろうと確信できる。
別にでもそれはみつばちに限定しなくたって、もしかするとわたしの生き方とか、思想とかそういうものにまで及んでいる。“みつばちの木箱” = わたし だから。

絵本、今ならきっともっとのびのびと自分の“好き”を伝えられそうな気がする。
自分をとりまいていたいろんなフレームが取り除かれて、今現存することを認められるようになったから。
そのうち、庭の片隅にみつばちの巣箱を置いて、食べ種をまいて育てたりしてる、不思議なおばあさんが絵本を読んでくれたり、お話をしてくれるお部屋があるよ…なんていわれるときが来るかもしれないなぁ。。。
babay mammothには福音館書店の絵本づくりのこととかモトスミ・オズ通りとかおもしろい記事がたくさんあった。雑誌の引用を少しだけ掲載しておきます。
「……ちっちゃいうちに、愛情に包まれた言葉をちゃんと身につけておくと、あとの人生、生き易いんじゃないかな。言葉には必ず音が隠れてると思うんだけど、音楽って無意味な所が強みでしょ?言葉は意味があるのが、強みでもあり弱みでもある。無意味なことも、意味あることと同じように大事だって思えると、僕はいいと思う。(哲学者の)鶴見俊介さんが、non senseは世界の肌触りだって言うんです。人間は世界の意味を一生懸命つけようとしてるけど、意味だけでは追求しきれないものがあって、それを肌触りって言ってるんだと思うんだけど。……」
babay mammoth no.2より抜粋:谷川俊太郎 絵本作家インタビュー ちいさな子どもと絵本について

btw:偶然この雑誌ですてきなことを見つけた。でも確率がひくくなるといやだから内緒!

posted: mitsubako: on 18:46PM

2005年09月07日

babay mammoth 2のまき

P7290012.jpgわたしが大人になってからの好きな絵本は80%ぐらい松岡さんの影響があるといっても過言ではない。ストリーテラーという仕事があることや、文庫という楽しさを知ったのもこの時だった。いつか文庫を持ちたいなと夢見ていたこともあった…。ほんの数回だけ自宅を開放して読み聞かせをやったこともあったけれど、自分の都合でそう長くはできなかった。こういうことは気長にずっと続けないと意味がない。悔い改めはやまほどあるけどそれは心の底で自分で自分に折をつけるとして。。。

素話やリズミカルなうたあそび、わらべうたに関心が深まったのもあの頃からだった。子どもたちの本棚に置くものを選ぶのはひと苦労だった。あまりに意図しすぎてもよくないし、かといって自分の“好き”だけでは偏ってしまう。わたしはいろんな挑戦をした。いつだったか、朝日新聞で動物記が連載されている時期があって、子どもたちの本棚にそんな新聞を置いてみたことがあった。それが、とても人気なのには驚いた。子どもだからという枠をとりはずして、その当時自分の思う限りの選出をした。
子どもに新聞ってどうなんだろう?というわたしの好奇心と、ちょっと大人っぽく新聞を読んでみたい子どもの背のびごころがピタリとあった喜びだった。でもなぁ、今思うとやっぱりちょっと笑えるセレクトだった。その時出会った子どもたちはもう今は立派な成人。どんな大人になっただろう。
本は好きだろうか。
ちょっと気になったりする。

posted: mitsubako: on 18:49PM | comments (0)

2005年09月06日

babay mammoth 1のまき

seetal-08.jpg
8月の終わりごろ、突然久しぶりに数冊雑誌を買ってみた。
まるで買わない時もあるし、たくさん買ってみたくなる時もある。

創刊当初、おもしろいなと手にしたことのあるmammoth。baby mammothが出たのを知ったのはつい最近だった。relaxは時々。「平和がいいね」が特集だったので3回ぐらい書店でページをめくっていたけどついに買ってみた。paperskyは秋田のこと、アーネムランドのことが出ていて……っとそんな調子で5、6冊ごっそり手に入れてしまった。なので車中読書はしばらく雑誌たちだった。

babay mammothは赤ちゃんのだいすきな絵本特集。でも、わたしを買う気にさせてしまったのは東京子ども図書館の記事だった。いろいろ話したいけれど、1年分のノートになってしまうから。何をどう切り口にしていいやら、あふれる思いですぐにいっぱいになってしまって伝えるのがへたくそでいやになる。手短に話すと、東京子ども図書館の松岡享子さんは忘れられない恩師のひとり。松岡さんにしてみるとものすごい数の生徒を送り出したわけだから、今さら恩師なんていわれてもだけれど。
わたしの方は熱烈なファンで片思いの生徒って感じぐらいの関係にしておこう。

松岡さんは絵本の世界と子どもをつなぐたくさんのきっかけや種をまいてくださった。授業のはじまりにおはなしろうそくのうた遊びがすっと始まって、素話をしてくださった。いつが始まりで、いつが終わりだかわからないような、お話の世界へ引き込まれていく。
恐ろしい昔話は本当に恐ろしかったし、ことば遊びは口がまわって思わず笑いがこぼれる。一度、素の声を耳にすると、人をすっとそこへ入り込ませる不思議な魔力をもった人柄だった。なにしろ、松岡さんご自身がお話が好きで好きでたまらない。無邪気でそのことだけを伝えるまっすぐな人、えくぼのできる笑顔がステキな人だった。

posted: mitsubako: on 18:51PM

2005年09月05日

そのコ

P9040010.jpg

花柄の地に切手がちりばめられた装幀のこの本は前から持っていた。

きのう『横断歩道』を読んでこんな場面が写真に撮れたならって
わくわくしてきたところがあって栞をはさんだ。

それはここのページのこのことば……

「あなた
わたし
あなた
わたし横断歩道で立ち止まってはいけないの

渡ればいい
渡ればいい
ふり返ればいい
逆光を受けたひとの景色はバツにみえて
それで
あなた
わたし
マルにできる」


……どうしてこんなことばが生まれてくるんだろう……。
ちょっと羨ましいなと思ったのも確かだった。

『そのコ』書肆山田 ぱくきょんみ著

posted: mitsubako: on 07:28AM