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2005年09月08日
babay mammoth 3のまき
みつばち好きのわたしが今ここにあるのはいくつもの体験とか出会いによる。「きっかけは何だったんですか?」とよく聞かれるけれどあまり特定ができない。
昆虫はキライではなかったけれど、格別スキというわけでもなかった。
ビクトル・エリセのフィルムを見たり、イリヤ・カバコフの蠅の話しを聞いたり、ルイス・セプルベダの『パタゴニア・エキスプレス』とかブルース・チャトウィンの『どうして僕はこんなところに』を読んだり、あちこちの国でおいしいはちみつを食べたり……。
松岡さんとの出会いもそのひとつだったろうと確信できる。
別にでもそれはみつばちに限定しなくたって、もしかするとわたしの生き方とか、思想とかそういうものにまで及んでいる。“みつばちの木箱” = わたし だから。
絵本、今ならきっともっとのびのびと自分の“好き”を伝えられそうな気がする。
自分をとりまいていたいろんなフレームが取り除かれて、今現存することを認められるようになったから。
そのうち、庭の片隅にみつばちの巣箱を置いて、食べ種をまいて育てたりしてる、不思議なおばあさんが絵本を読んでくれたり、お話をしてくれるお部屋があるよ…なんていわれるときが来るかもしれないなぁ。。。
babay mammothには福音館書店の絵本づくりのこととかモトスミ・オズ通りとかおもしろい記事がたくさんあった。雑誌の引用を少しだけ掲載しておきます。
「……ちっちゃいうちに、愛情に包まれた言葉をちゃんと身につけておくと、あとの人生、生き易いんじゃないかな。言葉には必ず音が隠れてると思うんだけど、音楽って無意味な所が強みでしょ?言葉は意味があるのが、強みでもあり弱みでもある。無意味なことも、意味あることと同じように大事だって思えると、僕はいいと思う。(哲学者の)鶴見俊介さんが、non senseは世界の肌触りだって言うんです。人間は世界の意味を一生懸命つけようとしてるけど、意味だけでは追求しきれないものがあって、それを肌触りって言ってるんだと思うんだけど。……」
babay mammoth no.2より抜粋:谷川俊太郎 絵本作家インタビュー ちいさな子どもと絵本について
btw:偶然この雑誌ですてきなことを見つけた。でも確率がひくくなるといやだから内緒!
posted: mitsubako at <18:46PM>