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2005年02月26日

豊田正夫さんの器

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豊田さんの湯飲みで番茶を飲んでいたら、ふっとそのぬくもりに、お元気だろうかと思い出した。もう、確かお会いした時から5年ぐらいの月日が経っている。私は、海外から来たお客さまをつれて、濱田庄司さんの民藝の精神を凝縮した益子記念館へ行った。春霞の頃の美しい時期だった。つれの人は、陶芸を趣味で長年やられている方だが、化学的な方法や、西欧の陶芸の手法だったので、私はどちらかというと、民藝を見せたいと思った。参考館の作品や釜に触れて、まる1日を興味深げにそこですごした後、参考館の方のご厚意で、「もし、濱田先生(息子さんだ)がいらしたら、ちょっと声をかけて、アトリエの方へもどうぞ。」と言ってくれた。こんな機会はきっとまたとないと思い、思いきって、お隣の濱田先生宅に厚かましく呼び鈴を押してご挨拶に行った。ちょうど、先生がご在宅で「あー、どうぞ。見て行ってください。」と気軽におっしゃってくれた。私たちは、器を作っているところへ通されて、そこで初めて豊田さんという職人に出会った。

豊田さんは13歳の時から濱田工房へ入られて、もう何十年と益子焼きの職人としてここで仕事をされている。小柄なお爺ちゃんだ。自然のものを使用する釉薬のことを、話してくれた。唐津の釉薬との混合や、籾殻を使用すること、蒔に使う原木のこと、それはそれは熱を込めて夢中で話してくれた。
豊田さんは最後に「あんたの住所を教えてくれれば、焼き上がった時に、ひとつ贈りますよ。」と言ってくれた。それから半年後、本当に豊田さんから湯飲みと器が贈られて来た。私は、これを一生大事に使いたいと思い、毎日、日々の生活で使って、使って、使いまくっている。
民藝には制作者は記されない。これこそ本物だと教えられた大事な器だ。

posted: mitsubako at <14:08PM>