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2004年11月30日

蜂のこと その19

●中村先生からの郵便
家に帰ると、ぽつんとA4サイズの茶封筒が届いていました。送り先を見ると玉川大学ミツバチ科学研究施設となっています。私はどきどきしました。養蜂家に、学術的なことを知りたいなら、この研究所に問い合わせるようにと話しを聞いていたので、サイトで調べて、メールを出しました。ひとつは、この施設への取材のお願いです。そして、もうひとつは、養蜂家と会ってから、私は自分が書いた“みつばちの木箱”が実際と大きくイメージがかけ離れていることを知りました。もっとミツバチそのものの生態を知ろうと感じたこともあって、研究所に質問をかかえて行こうと思ったのです。
すぐに研究所の中村純さんから返事が来ました。自然科学系の人でなくとも、私のように興味を持って何らかの形で人に伝えることを目的としている人なら歓迎するところです、と温かい返答をいただきました。少し詳しく、私がやろうとしている活動をお伝えし、このサイトも見て頂きました。中村純さんは、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(スペイン映画)のことも書いて来てくださったり、私の話に出てくるような木箱をしょって活動をした芸術家がいますとも知らせてくれました。長い年月をかけて制作された『ミツバチのささやき』は私がみつばちに関心を持つきっかになった作品でもあります。
木箱をしょって活動した作家のことはまったく知らなかったので、是非、教えて欲しいとお願いをしました。封筒に入っていたのは、『ミツバチ科学』(玉川大学ミツバチ科学研究施設機関誌)からの抜粋で「ミツバチを追って--私の芸術活動--」Mark Thompson、翻訳松香光夫の記事でした。彼の作品を大きくわけて、主に2つの場所で行われた活動に注目して書かれたものでした。ベルリンの壁崩壊以前の、西ベルリンの壁ぎわにある、1800年代前半から病院として使用されていた拠点と、松尾芭蕉の『奥の細道』に書かれた地の足跡の一部を追って、背負い巣箱で日本の旅をしたという記録でした。活動の写真のひとつに北カリフォルニアを歩く彼の姿がありました。この作品については、次回、もう少しよく理解をしてからここで書こうと思います。が、驚くほど私が、コアコンセプトとして書いているものと近いので、「あぁ、こういう人がいるんだ」と、またまた熱くなっている自分がいます。この記事の最後にMark Thompsonの住所があります。オークランドに住んでいるようです。私はMark Thompsonに手紙を書こうと思います。活動に出ているかもしれないけれど、引越をしていなければいいなと願って…。そして、手紙が届くことを心から祈って!
最後になりましたが、学会前の大変にお忙しい中、みつばちの切手をはって、こんなにすてきな記事をお送りくださった、中村純さん、どうもありがとうございます。私はみつばちのことで夢中になっているうちに、どんなにたくさんの人に親切にしていただいているかわかりません。
いずれ、許可を頂けたら、施設の取材をさせて頂くことを楽しみにしています。

posted: mitsubako: on 21:38PM

2004年11月29日

蜂のこと その18

●外来種と養蜂
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蜂のこと その1から書いてきて、いよいよ、18番目になりました。そして、そろそろ、私が1日養蜂園で過ごした記録も終わろうとしています。たった1日の出来事でしたがこんなにたくさんの事を教えてもらったなんて思いもしませんでした。そう考えてみると、毎日、私が何かを吸収する量は膨大だなぁと思いますし、だから、時々溢れてしまうのかもしれないなと思います。仕方ない、そういう自分と付き合っていかなければならないのは確かですから。
養蜂家とは、最後の方で、外来種ということについて話したりしました。最近は、魚、植物、昆虫などなど、外来種に対してあまり好意的でない話しをたくさん聞くと思います。
海外渡航が当たり前の時代となった今、これを制限しても、もう、もはやそれはほとんど無効力に等しい状態です。それに関してどうしろということを私はここで言うつもりはありません。ただ、こういう事実が私たちの見えないところで起きているということを、私も含めて自覚しなければならないとは思っています。
みつばちで一番に影響するのは花蜜を集める花の種類です。「自然というのにはね、やっぱり、そのものの法というのがあるんですよ。外来種の植物がどんどん増えることによって、みつばちにも狂いが生じます。どういうことかと言うと、花はね、花によってまず蜜を出す時間が違うんです。それから、蜜をためている部分のたまる深さも違うのです。在来種と外来種でそれが違うと、みつばちにも混乱が起きます。やがて、蜜がとれなくなるかもしれない。」養蜂家ははっきりとは言いませんでしたが、守って行くべきものがあること、自然は本来のままにしておくべき理由がどんなに小さなことにでもあるということを教えてくれたように思います。
2003年の秋は、猛暑の影響で、熊が人里に降りて来たことが話題になりました。これについて、養蜂家は興味深い見解を話してくれました。「ニュースやなんかでは、猛暑の影響だと言ってるでしょ。蜂を飼ってる人はね、みんな分かってるんですよ。それだけじゃない。外来種の昆虫類がどの山にも加速的に増えていてね、樹木を荒らしたり、森林の生態系を変えていってるんですよ。だからね、熊なんかの食べるものも減って来ている。そういうことを本当はわかっているくせに、公には公表をしていないんです。でも蜂屋さんはね、蜂といるといろんなことがわかるから、自然界で何が起きてるかも、予測がついたりするもんなんです。大変なことになりますよ。」
養蜂で使われるみつばちは家畜です。その多くは海外市場で売り買いをされて届けられるものです。皮肉なことにこの外来種のみつばちが、日本では野生化しにくい理由に、スズメバチとの関係があります。スズメバチが天敵であるために、こうして家畜として飼うことができるのです。
みつばちは人間が世話をちゃんとしなければ、飼えません。それでも、それを飼うことによって、みつばちが媒介をして人が自然とつながっていることがわかるようになります。小さなみつばちに秘められた、重力との関係、構造、メカニズム、自然的観測は計り知れない知恵の結晶でもあり、ただひたすら繰り返しの労働でもあるのです。
養蜂家からアリストテレスの動物誌を読むように勧められました。私は、動物誌やファーブル昆虫記全巻、その他にもH・W・ベイツの『アマゾン河の博物者』など本をかかえて、これから生きている間の時間を蜂のことをテーマに学んで行きたいと考えています。

posted: mitsubako: on 21:36PM

2004年11月28日

蜂のこと その17

PB130106.jpg●本物の蜂蜜
先日、養蜂園から、みかんの蜂蜜が届きました。ふたを開けると、柑橘の香りと蜂蜜の香りが合わさって心地よい感じの空気が漂います。ところで、養蜂園からお送りいただく蜂蜜はコチコチと固い塊です。そして、瓶の一番上は泡のような白い層があります。いっけん、なんで固まってるんだ……っと思う方もあるかもしれません。でも、これが本当の純粋な蜂蜜なのです。「本物の蜂蜜の見分けかたは、まず、固まるということです。そして、瓶に詰める時に手作業でやったというしるしがこの泡にあるんですよ。」と養蜂家が教えてくれたことを思い出します。
糖類について、私は何も知りませんでした。養蜂家は「糖には大きく分けて2つの種類があるんですよ。1つがね、多糖類、そしてもう1つが単糖類というんです。」と話し始めました。砂糖などの主成分となるショ糖がこの多糖類で、これは人間が体内に吸収すると小腸で酵素分解をしてブドウ糖や果糖になり、エネルギーとして吸収されるのだそうです。一方、蜂蜜は単糖類に属します。これは、人の体に入った時、分解をしなくてもすぐに栄養になるのだそうです。「あなたはネクターってことばを聞いたことがあるでしょう?ネクターっていうのは花蜜のことですよ。これは多糖類なんです。みつばちは、ネクターを集めて、はちの体内で唾液によって分解をするんです。」ぎっしりと蜜が詰め込まれた巣板を1枚とりだして「ほら、よく見てごらんなさい。これが蜜が集められて蝋で蓋をされた貯蔵庫ですよ。持ってごらん。重たいでしょ。」私は、そっと受け取り、手にしてみました。ずっしりとした重みが、この薄い巣板から感じることができました。「よく、できてるでしょ。六角形というのは、最小限の構造で最大のものを貯蔵できるんですよ。ハニカム構造って言うでしょ。それは本来はこのみつばちの巣のことから由来してるんです。それから、養蜂家は言いました。「これをなめてごらんなさい。」
指先に、初めて、みつばちの巣に蓄えられた蜜をほんのちょっとつけて、それを口に運びました。今まで口にしたことのないような、花の味がじわじわと広がっていくのを感じました。どんなたとえようもないほどの感動の一瞬でした。「あなたがね、今指につけたそのちょっとの蜜は、一匹のみつばちが300往復して集めた蜜の量ですよ。」

posted: mitsubako: on 21:33PM

2004年11月27日

蜂のこと その16

bee_016.jpg●蜂の冬の過ごし方
一昨日、養蜂家に久しぶりに電話をしました。ひとつは、みかんの蜂蜜を買いたかったのと、もうひつは、雪の時は蜂はどうしていたのかを知りたかったからです。他にもっと先にお話を書きたいことがあったのですが、新鮮な印象のうちにこのことを先に書きたいと
思いました。
「この辺のみつばちはね、だいたい、巣箱の温度を20°ぐらいまで下げて中で蜂球運動をしてるんですよ。室内に貯蔵してあった蜜を食べながら摩擦熱をおこして巡回するような運動です。巣箱の入口はだいぶ小さくしてあるんですがね、風が入らないように、入口の門番がうろうろうろうろしてるんですよ。」そうだ、そういえば、私が1月2日にこっそり巣箱を覗きに行った時、入口付近に顔を出したりひっこめたりしているのがいたな、と思いました。「だいたい、5°〜9°もあれば、太陽の光が出てる時は飛ぶのもいるんですよ。それにね、掃除をする役のが、フンや死骸を外に命がけで運び出しますからね。もっと寒い北の地方なんかになると、半分冬眠をしたような状態になるんですが、この地域だと、動いているんです。ただし、この時期は卵をほとんど生まないです。
で、もうすぐ暖かくなるという、ちょっと前ぐらいから、また生みだすんですよ。蜂はね、だいたい、2カ月から3カ月先の気候を読むことができると言われてます。」私はその話しに絶句しました。それからやっとの思いでこう聞きました。「ということは、養蜂家は、そのみつばちの行動を見て、天候や気候の予測ができるというわけですか?」すると養蜂家はこう答えました。「まぁ、完全にわかりはしないけど、たとえば、去年の夏なんかは、例年になくみつばちがものすごい仕事をして蜂蜜をたくさん貯めるわけですよ。そうすると、秋に何かあるなとは思うんです。で、昨年は秋に台風が多かったでしょう。みつばちにはそうした先見性があるんです。」私は、ひどくこの話しに感動を覚えると同時に、何か無機的な労働の繰り返しと0101が並ぶ脳のようなものを、このみつばちたちに感ぜずにはおれないのでした。
最後に「夜はみつばちはどうしているのでしょう?」と聞くと、「だいたい日没前後の15分ぐらいまでと日の出10分前ぐらいから外へ飛びますが、夜は飛ばないですよ。」といいました。
「あなたね、暖かくなったら、みつばちを飼ってみたらどうですか?」

ああ、どうしたらいいんだろう、飼いたいのはやまやまだけれど……。

posted: mitsubako: on 23:06PM

2004年11月26日

蜂のこと その15

●アントン・ヤンシャ、蜂の種類

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ところで、このスロベニアには、巣門飾りと時を同じくして、偉大な養蜂指導者の活躍があります。この人がアントン・ヤンシャ(Anton Jansa/1734-1773)です。
ヤンシャの本は日本語に翻訳されてないんだろうなぁ。いつか読んでみたいと思います。このヤンシャは青年期に蜂を飼っていました。やがて画家を志望してウィーンへ行き優秀な成績で美術学校を卒業しました。ところが、あのマリア・テレジアに命を受けてウィーン市内に設立された養蜂学校の初代養蜂指導者に任命されたのでした。ヤンシャは雄蜂の生態に関して、女王蜂と分封の関係や腐蛆病にかかった蜂群の治癒など実践と理論をもって「養蜂家の父」といえる名声を博したそうです。
西洋ミツバチにも種類があります。イタリアンとかコーカシアンとか種があるのです。少し、養蜂の世界に入りこむと「カーニオラン」というのはよく耳にします。このカーニオランの故郷はなんとスロベニアなんだそうです。腹部に緑に光る灰色の毛があって「灰色熊のカーニオラン」とスロベニアの養蜂家たちの間で愛称があるほどだそうです。きっとそれほどまでに愛らしい種なのだろうと思います。私が見学させていただいている養蜂家のみつばちはイタリアン種です。岩手で見せていただいた横沢さんのところのはコーカシアンなのでしょうか。たぶん種類が違うように見えたのですが。
カーニオランは従順、勤勉、穏和、すぐれた帰巣・定位能力を持つ性質なのだそうです。すごいな。表記は違うけどスロベニアの伝統的な巣箱と同じ名称なんだなとも思いました。

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日本の伝統的な山蜂の養蜂もおもしろいけれど、世界にはまだきっと知らない場所でいろんなみつばちと人間の付き合い方があるんだろうと思います。そしてその背後にはこの小さな生き物の生態から見えてくるその土地々の自然に気づかされ謙虚に生きている人々がいることに喜びと共感を持たずにはいられないのです。
ところで、今年のApimondia2005(国際養蜂会議)はアイルランドで開催されるそうです。アイルランドというと、またちょっと胸がわくわくします。ケルトの源流はもちろんですが、ここは17世紀後半から19世紀カトリック修道士たちの安住の地となった場でもあります。スケリッグ・マイケル(聖マイケルの岩)はアイルランド最古の初期キリスト教修道院跡で有名な場所です。蜂の巣型僧坊という庵のようなものがいくつも作られているのです。
信州の長坂にある清春芸術村のラ・リューシュ、蜂の巣型のアトリエはずっと建築要素の高いものですが、この修道士たちの巣庵はよりプリミティブに近い感じがしてとても興味があります。人はずいぶんと長い間蜂に教えられて模倣をしてきたものがあるのだなぁと思ったりするのです。この話しはまた、少しづつ書いてみたいと思います。

資料提供:玉川大学ミツバチ科学研究施設
『ミツバチ科学(HONEYBEE SCIENCE)』2002 VOL.23 No.3 p123-126、スロベニアの養蜂 Franc Sivic
カタログ:LIVING WITH BEES / Franc Sivic
*写真はFranc Sivicさん撮影の本からです。巣箱を移動させるトラックは魅力的です。

posted: mitsubako: on 23:02PM

2004年11月24日

蜂のこと その14

●スロベニアの養蜂

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スロベニア共和国はこれまであまり身近に感じたことのない国でした。地図上どこに位置するのかもおぼろげだし、どこから独立したのかも曖昧だったりします。恥ずかしいことです。旧ユーゴスラビアからの独立国で、隣接する国はイタリア、オーストリア、ハンガリー、クロアチア。クロアチア以外は1度訪れたことのある国で、そう思うと少し親近感もわいて来るし、なんとなく文化圏の想像がつくような気がしてきます。
このスロベニアでは国民1000人のうち4人が養蜂家だといいますから立派な養蜂国なのです。Franc Sivicさんは花とみつばちやスロベニアに伝統的に伝わる蜂の巣箱などを写真に撮っている人です。2003年にこのスロベニアの首都リュブリャナでApimondia2003(国際養蜂会議)が開催され、カタログとして販売されていた本を、お願いしてSivicさんに送ってもらいました。ページをめくるとリュブリャナの写真が目に映りこみます。山頂に残雪の残る美しいアルプスに囲まれた街だとひと目見て思いました。そうして次々に写真を見ていくと、牧歌的で平穏な山村の田舎にいろどりの鮮やかなかわいらしい木製の蜂小屋がいくつも紹介されています。まるでおとぎ話のような世界です。きっと厳しい寒さの冬を越して、春が訪れた時、どんなにか明るく、澄みわたる、楽しげな場所なのだろうと思います。
蜂小屋には冬を乗り越えるために、そして夏の暑さから守るために、巣箱をタンスの引き出しのように積み重ねてあります。そして、赤、青、黄、緑などにペイントされていて、中には昔話のシーンを描いたものまであります。この地方に伝わる伝統的な木箱と蜂小屋のようです。こんなものが、果樹園の中に置かれているのですから夢のように美しいことでしょう。この木造の長方形で前と後ろから開ける巣箱をカーニオランと呼ぶのだそうです。
Sivicさんによれば、この民芸調の絵画は18世紀の中頃「巣門飾り絵画」として、この時代にスロベニアで開花したものだといいます。当時はオーストリア・ハンガリー帝国に含まれていた地域で、このどことなくチロル風というのか、あるいは農民田園的な絵画はなんとなく、スイスでよく目にする可愛らしい牛や花のモチーフに類似するものを感じます。これは、私の想像だけれど、おそらくスイスのアルプス地方でもきっと目にすることができるのではないかと思うのです。

資料提供:玉川大学ミツバチ科学研究施設
『ミツバチ科学(HONEYBEE SCIENCE)』2002 VOL.23 No.3 p123-126、スロベニアの養蜂 Franc Sivic
カタログ:LIVING WITH BEES / Franc Sivic

posted: mitsubako: on 22:58PM

蜂のこと その13

bee_013.jpg●東洋みつばちのこと
昨日、養蜂家からもらった蜂の死骸を土にかえしました。
少し、埃もかかっていたし、カビもはえかけていたので、とっておくのをついに諦めました。いわてのいちごが、食べ種から順調に育っているので、そこへそっと4匹を葬りました。私にとっては、ここしばらくのお守りのような死骸だったので、なんとなく、みつばちの好きそうなところへ返してやりたい気持ちでした。
今日は東洋のみつばち種を見たことを書こうと思います。「東洋みつばちと言われる種は、百済から日本に渡って来たといわれています。」と養蜂家は言いながら「あなたに、東洋みつばちも見せてあげましょう。」と西洋みつばちとは少し離れたところに置かれた1箱のふたを大事に開けてくれました。「東洋みつばちは少し小さいでしょう。」開けられたふたに作られた、そのみつばちの巣の形状に私は見とれていました。幾何学的な六角形と蜜蝋が実に有機的な形を生み出しているのです。これは、宝箱のようだと私は思いました。
「日本書記には、百済の太子余豊璋が奈良の三輪山に蜂を放ったという記録があるんですよ。だから、日本での東洋みつばちの原種は、それとされる説があるんです。これもその原種からのものだろうと思いますよ。」と話してくれました。今年は暑い夏に奈良の吉野へ行った時のことを思い浮かべました。神聖な奈良の地に放たれ、とびかう蜂はさぞかし神秘に満ちていただろうと思うのです。
日本の養蜂の形態が文献や資料に現れるようになるのは江戸時代であったとされています。ちょっと興味を引くのは、幕末にかけて、紀州では、貞市右衛門による、開花に合わせて、数百メートル巣箱を担ぎ移動するいわば、転地養蜂の走り、蜜市流が記録にあることです。やっぱり紀州なのか、と思った瞬間です。
そして明治維新を迎え、西洋みつばちのイタリア種が、現在の新宿御苑に持ち込まれ、飼育のしやすいこのみつばち種が普及をはじめて行くのだそうです。

posted: mitsubako: on 13:53PM

2004年11月23日

蜂のこと その12

bee_012.jpg●近代養蜂のこと
人が、養蜂をシステマチックに確立するのは、19世紀中頃になってからのことです。近代養蜂をもたらした、3大発明があります。
1851年、アメリカのロレンツォ・ラングストロースは、巣を1枚の板として取り外しができる、巣板を発明しました。著書に『巣箱とミツバチ』があり、現代の養蜂家が飼育しているイタリア種のみつばちを進化させたことでも有名な人物です。1857年にはドイツ人のJ.メーリングが人工巣を考案しました。これにより、繰り返し採蜜できるような丈夫な巣が確立されたのです。そして、1865年にオーストリアのフルシュカが遠心分離器の発明に成功し、採蜜は手絞りから機械により効率化が進みます。現在の養蜂に使用されている巣箱はみつばちの生態と採蜜を非常に合理化させた形と言えます。

養蜂家に「なぜ、木箱にペンキを塗るのですか?」と尋ねてみると、「本当は、塗料を塗ると蜂には良くない、巣箱が蒸れるからね。ただ、雨で木が腐るのを防ぐためだけですよ。」と話してくれました。四角い木箱は、実にシンプルですが、それは近代養蜂に集約された知恵の結晶であると知りました。「ヨーロッパの養蜂家を訪ねるとね、もっと巣箱が立派なんですよ。屋根が祠みたいになってたり、木彫りの彫刻があったりしてね。それぐらいに、養蜂ってことが神聖視されてるんだね。家具のように大事にしてて、これは曾おじいちゃんの時代からの巣箱だってぴかぴかに磨いて自慢して見せるんですよ。」
メキシコでは、もっとペイントがカラフルで赤や黒に塗られているそうです。
日本でも明治時代の諏訪式巣箱には屋根がついていて、巣箱の形や色ひとつとっても奥の深いおもしろさがあると感じたのでした。


posted: mitsubako: on 13:52PM

2004年11月22日

蜂のこと その11

bee_011.jpg●養蜂はいつの時代から…
今朝の嵐は台風並でした。我が家のベランダのベニヤ板の屋根を、突風が一部さらっていってしまいました。
この大嵐で、早朝から目が覚め、ごろごろと布団の中で「みつばちはどうしているだろう」と考えていたのです。自然巣の場合は雨風をできるだけ防げる場所を蜂が選ぶのでしょうが、養蜂は、人間が家畜として飼っている以上、巣箱の管理は養蜂家の長年の勘と知恵で守られているはずです。
そもそも、蜂蜜の採取と人とのかかわりは、紀元前6000年ごろからと言われています。最古の資料とされているものにスペイン・バレンシア地方にあるアラニアの洞窟の壁画があります。養蜂家もこの洞窟を一度は訪れたかったそうですが、公開日や人数の制約が厳しく、機会を逃していると残念そうに話していました。
古代エジプトのピラミッドの中にはみつばちと蘆を組み合わせたヒエログリフ(象形文字)が出てくるのです。これは、エジプト王朝のシンボルであったといわれ、みつばちは下エジプト、蘆は上エジプトの象徴とされていた、つまりこの両方を統治していた支配者がファラオであったのです。第18王朝のツタンカーメンの墓からは副葬品の中に蜂蜜が出土したのは良く知られている話しです。
バビロニアで死んだアレキサンダー大王の遺体は蜂蜜漬けでアレキサンドリアまで運ばれたと言われます。すでにエジプト人たちは蜂蜜には防腐作用があることを知っていたようです。以前に養蜂には転地養蜂と定置養蜂があると書きました。このエジプトの時代では船にみつばちを積んで、花を追いながらナイル川を上下していたと言う人がいます。転地養蜂がもうすでにこの頃には行われていたとなると、この時代のエジプトの養蜂技術は非常にレベルの高いものであったに違いないのです。歴史的なものを辿ると、ギリシャ神話や旧約聖書、ヨーロッパ中世などの話しも少しずつまた書いて行こうと思いますが、今は割愛して話しを近代に飛ばします。

*写真はプラハを訪れた時、街の建築物に彫り込まれた蜂の巣の彫刻を撮影したものです。

posted: mitsubako: on 13:51PM

2004年11月21日

蜂のこと その10

bee_010.jpg●12月の朝に思った蜂のこと
朝、雨戸を開けると、からっと晴れ渡る空、ちょっぴり緊張感のある空気を感じるようになりました。2004年も12月です。blogのカレンダーをせめてエントリーして12月にしなければと思い、とにかく時間のない中を書いています。忙しいからこそ書く、それも大事だと思います。
私は、いったい、今年どんなことをしただろうと通勤途上のあい間に、振り返ってみるのが、この時期です。今年はじめの目標は、確か自転車で各地を走り回ろうと、思っていたはずです。でも、今年の気候やスケジュールの関係で、なかなかいいタイミングを見つけることができず、ほとんど乗らなかったというのが、本当のところです。走るはずのために、私の時間をコントロールしようと思っていたのが、やはりできなかったのは、力不足でした。自分がやりたいと思うこと、したいと思う生活に近づけないのは、私自身の中にある意思とか、体力の弱さだと感じます。
私が自転車に乗るのは、純粋に走るのが好きだし、気持ちがいいし、楽しいからです。自転車は自立した乗り物です。私の体力さえあれば、どこでも一緒に行けます。燃料に頼らない移動手段と、時速21KMのゆっくりした速度は、知らない土地の空気とか、棲んでいるものの気配を感じるのに最適です。
今年とても感動したのは、熊野という地へ旅したこと、そして養蜂の世界を少し覗くことができたことです。熊野では、南方熊楠記念館を訪れました。前からとても行きたいと思っていながらも不便な場所に位置し、なかなか実現できなかったことのひとつです。
交通の不便さから、熊野は日本の辺境ともいわれます。けれども、その閉じた地域から、とっぴな宇宙観をもった風変わりなひとりの男が世界に向けて、メッセージを放ったのです。熊野のうっそうとした森、内なるものを秘めた地には想像もつかないほどの、エネルギーがみなぎっていると感じるのです。

養蜂には、転地養蜂と定置養蜂があります。採れる蜜の濃度の好みから、日本人は元来、転地養蜂のはちみつを好んだといわれます。私が訪ねた養蜂家には、出会い頭から、転地養蜂のイメージだけを売って、実際は定置を行っていることが多い事実を、知らされました。転地養蜂はいわばジプシーです。実は、私もこのイメージ化された“移動”ということに非常に注目をしていたわけですが、本当にこれで、実際に蜜を採って、仕事をしようとすれば、そううまく回らないことを示唆してくれました。ジプシー的な養蜂をしようとすれば、利潤ではなく蜂と共に暮らし、蜂が自分の子孫や、自分が必要とする蜜の一部を人間は、ほんの少し頂く程度であると知りました。たった、スプーン一杯の蜜のために、一匹のみつばちは300往復してもまかなえないのですから。
“みつばちの木箱”のお話で、私がイメージを膨らませて書いたことは、その瞬間に大きく崩れました。知らないということがテキストを不自由にすると同時に、自由にもする、と痛感したのです。
今、私は、ストーリーを再構築しようとは思いません。でも、このことを知った後、コンセプトが私の中でもっとコアなものになったと思っています。“移動”ということへの私のモチベーションは今も、そして、これから先も存続していきます。

posted: mitsubako: on 13:49PM

2004年11月20日

蜂のこと その9

bee_009.jpg●みつばちの寿命
「みつばちの死骸をもらってもいいですか?」っと養蜂家に言いました。「あー、いいよ。だけど、あんまりきれいなのはないよ。だいたい蜂は死骸を遠くに運んで行くからね。きれい好きなんですよ。」そう言いながら4匹の死骸を手に持って来てくれました。
「おしりが黒くなってるでしょ、これは年取って死んだんです。で、こっちの黒くない方は若いまま死んだんですよ。」私は、つぶさないようにこの繊細な死骸を持ち帰ろうと思いました。
「あんたが、今見てるみつばち達はだいたい来年の2月には死んでしまうでしょう。」
そう思うと今、その瞬間を懸命に飛ぶみつばちをもっとよく見ておきたいという思いがこみ上げて来ました。
夏の働き盛りの季節は約1カ月、寒い冬場は2カ月から3カ月ぐらいで巣箱のコロニー内は生死が循環しています。

posted: mitsubako: on 13:46PM

2004年11月19日

蜂のこと その8

bee_008.jpg●スズメバチ
数十個もおかれた木箱のいくつかに、スズメバチが死んでいました。「大きいですね」と言うと、「これは、まだ小さい方のでコガタスズメバチです。もっとね、オオスズメバチは大きいですよ。」と中から死骸をとりだしてほうりました。
けれども、養蜂家は、どんな蜂でも役に立つと言いました。農家の人はツバメが害虫をよく食べるからツバメを大事にするけれど、オオスズメバチの方がはるかに害虫を捕獲するのだそうです。それでも、養蜂をしている以上、襲撃は困るので、それは殺してしまうとあっさり答えていました。私の家には、2004年の夏、スズメバチが来ました。私は、数日窓越しに観察をしましたが、近所のことや、自分たちが刺されるのも嫌なので、結局駆除を選択しました。半分いたたまれない思いがして、こうした自分は嫌いだったことを思い出しました。
ただ、西洋みつばちを養蜂として日本で飼えるのも、皮肉なことに天敵となるこのスズメバチがいるからこそなのだそうです。もし天敵がなければ、外来種の西洋みつばちが野生化して増殖をしてしまう。それができないのはスズメバチがいるからなのだそうです。
もちろん、西洋みつばちの野生種も日本で発見はされているそうですが、今のところはまだとても希な事例のようです。
自然界と養蜂というバランスはとてもアイロニックだと思いました。

posted: mitsubako: on 13:46PM

2004年11月18日

蜂のこと その7

bee_007.jpg●みつばちの分業
今日は、小春日和でした。太陽がぽかぽかと暖かかったのでベランダに布団を干している時、山の上の養蜂園を思い出していました。こんな昼間はきっとみつばちが忙しそうにせっせと花蜜や花粉を運んでいるに違いないのです。その姿をまた見たくて仕方ありません。
みつばちの社会はとても細かく役割分担がされていると養蜂家は話してくれました。「大きく分けて、内役蜂と外役蜂とあるんですよ。まぁ、もっと細かく養育係とか清掃係りとかね。」以前に、みつばちの巣箱内はだいたい36°前後に保たれていると書きました。今年のように暑い夏はどうしていたのでしょうか。私は、養蜂家に聞いてみました。みつばちの中に巣箱内の部屋の番をするのがいて、暑い時期にはよく水を飲みに行き帰って来ては、含んだ水で羽を振るわせて冷風を送り室内の温度を下げる仕事をするのだそうです。「近くに水のみ場がないとだめですよ。」っと養蜂家はつぶやきました。
そうです、みつばちは水場があると、そこへ集まって来るということをわたしは初めて知りました。

posted: mitsubako: on 13:44PM

2004年11月17日

蜂のこと その6

bee_006.jpg●お礼のはがきを
11月13日の土曜日には、お忙しい中、長いお時間を割いて頂き、山の蜂を見せてくださりありがとうございました。西洋みつばちが懸命に淡い黄色や濃いオレンジの花粉を巣箱に運び帰る姿を初めて見て、ただひたすら感銘を受けました。
また、東洋みつばちの巣もとても美しい形をしていることに驚きました。8の字ダンスのこと、アリストテレスの動物誌と蜂飼いさんに教わったことをちゃんと本で調べてもっと蜂のことを知ろうと思いました。
さっそく、野の花の蜂蜜を、うっかがった巣箱の光景を思いながら花の香りを楽しんで味わいました。
本当にどうもありがとうございました。また、時々蜂の様子を見に是非立ち寄らせてください。


posted: mitsubako: on 08:42AM

2004年11月16日

蜂のこと その5

bee_005.jpg●蜂を飼うこころ
養蜂家はこれまで海外のあちこちの養蜂を視察してきたといいます。パリのリュクサンブール公園では市が主催をするはちの講習会があるそうです。これに参加するのは高校生以下の生徒たちや55歳以上の定年を迎えた人たちなどで500名ぐらい集まるそうです。視察には日本の養蜂業界の人たちと出向くのだそうですが、日本の養蜂家が質問をする内容はどこへ行っても乏しく、すぐに「これだけの巣箱でいくらぐらいのはちみつが採れるか」というような金銭や儲け話しになってしまうので、海外でも非常にレベルが低いと軽蔑をされているんだと話していました。養蜂家でさえそうなんだから、蜂を知らない人たちの低さなんていったら……。パリのオペラ座の屋上で飼っている蜂蜜が密かに日本ではブームを呼んでいますが、こういうことをして高い蜂蜜を買いに走るのは決まって日本人でこのことが外国人までスポイルしてしまうことになるんだと嘆いていました。

養蜂家は、パリの講習会で後ろの方から手をあげて質問をしたそうです。「みつばちを飼っていて一番楽しいことはなんですか?」っと。この質問で私だけが、海外のどこの会合に行っても、こっちが忘れてても覚えていてくれている人がいて声をかけてくれるといいます。養蜂家のこの質問には「人生を豊にしてくれる、人とのお付き合いがよくなる。」という答えが返って来たそうです。
1度ではとても書きつくせない蜜の濃いお話がこれからたくさんです。続きは追々、断片的に書いて行こうと思います。

posted: mitsubako: on 08:40AM

2004年11月15日

蜂のこと その4

bee_004.jpg●何万匹の羽音
これから冬に向かう時期は、みつばちも活動をあまりしないので木箱は1段にしておくそうです。暖かい時期になると2段3段と重ねて飼育をするのだそうです。はち箱の位置は厳密で50cmでも後方に動かしてしまうとみつばちは迷うのだそうです。みつばちは太陽、巣箱、蜜源の位置関係を角度で把握し、蜜源までの距離を尾を振るわせる震動のヘルツで測っているのだと説明してくれました。1973年にノーベル賞を受賞したドイツのカール・フォン・フリッシュ博士の20年に渡る「8の字ダンス」の研究を調べて詳しく勉強してごらんなさいと言われました。
巣枠をそっともちあげて取り出してくれるとそこにはびっしりと何万匹もの蜂がうごめいています。「みつばちはいやなことをして苛立たせない限りは刺さないですから。でもこういう時は万が一ということもあります。」と言われているのも上の空、羽音と無数のみつばちに囲まれている幸福感に一気に満たされてしまったのです。ずっと近くでその動きを見ていました。「しかし、あなた変わってるねぇ。こんなの見て普通はみんな気持ち悪いと大騒ぎするのに全然平気だね。」と言われました。私も映像で見ていた時は、きっとあの密集したみつばちに弱いだろうと思っていましたが、実際はまるで違う自分の行動と反応に私自身でさえも驚いていました。噴煙とみつばちや巣から立ちこめるほのかな蜜蝋のかおりが気持ちを穏やかにしてくれました。先日『ミツバチと暮らす四季』(スー・ハベル/晶文社)の冒頭に「誰もがミツバチの巣箱を二つか三つ持つべきだと思う。」とあると書きましたが、ほんの少しだけこの書き出しの意味がわかるような気がしてきました。

posted: mitsubako: on 07:39AM

2004年11月14日

蜂のこと その3

bee_003.jpg●初めての養蜂園
土曜の朝は青空が美しく、気温が12°前後まで下がり、少し肌寒く、おまけに北風も吹きはじめました。道中は輪行し最寄り駅から自転車に久しぶりに乗り8kmぐらい走って教えてもらったお宅へたどり着きました。
「あー、こないだの電話の人だね。」前おきはあまりなく「私は忙しいから、ちょっとだけ案内しますよ。」と言って軽トラックに乗せて頂いてから、巣箱の置いてある山の上までつれて行ってもらいました。
車中、日本の子どもの嫌いな昆虫第3位の中に蜂が入っていること、中国では蜂は聖虫で2番目が蚕であること、日本人ほど蜂蜜や蜂に関する知識の乏しいものはいないことなど、私がどこの誰でなんてことはどうでもよくて、もうただ“はち”の話しをしてくれることに養蜂家の誇りのようなものを感ぜずにはいられませんでした。
広場のように切り開いた一郭に木箱が一定の位置できっちりと置かれています。空がすぐそばにあるようなオープンスペースで直感でよい土地だと感じました。日が射しているので、少しだけみつばちは飛んでいました。まずその光景に感動がみなぎりました。スズメバチがまだ襲撃をしに来るのでスズメバチの捕獲カゴをとりつけてあるのですが、それをはずして、蜂箱の出入り口を見せてくれました。「薄い黄色の花粉を運んでるのがいるでしょ、それはセイタカアワダチソウとかツワブキの花の花粉です。」よく観察していると帰って来るはちの足に塊になった花粉が運び込まれています。
長さは20cmほどでしょうか、そして丁度みつばち一匹がくぐれるぐらいの高さの入口で蜜源を求めに行くもの、持って帰って来たものが慌ただしく出たり入ったりしています。あれほど、巣箱は開けたくないと言っていた養蜂家は「せっかく遠いとこから来たんだから、仕方ないけど見せてあげましょう。」とゆっくりゆっくり木箱を開けて中の様子を見せてくれました。

posted: mitsubako: on 08:37AM

2004年11月13日

蜂のこと その2

bee_002.jpg●養蜂家との出会い
あるひとつのことをモチーフにずっとそのことを思い続け、それに向かってこつこつと活動を続けていると必ず願うべき出会いがあります。私は生きていてそういうことばかりでしたから人はその方向に引き寄せられると確信しています。ただ、それがいつなのか、どのような形でなのかは検討もつきません。が、一番よしとする時に与えられるものだと思ったりしています。
今日は、人生の中でまた自分の心臓の鼓動が今にも宇宙のどこかへ向けて発射しかねないような出会いが待っていました。それは数日前、人から教えて頂いた養蜂園に胸騒ぎがして、即電話をしました。「あなたは、蜂蜜を買いたいの?それとも蜂を見たいの?」と電話の向こうでしゃきりとした声の質問がかえって来ました。私はなんの迷いもなく「みつばちが見たいです。」と答えました。「ほぉー、みつばちを見たいという人は賢い人だよ。」っといわれ、それから1時間ばかり日本の蜂事情に関しての話しが始まりました。「私は忙しいからね、飛んでるところを見たいならいつでも好きに見に行っていいですよ。蜂箱も、この時期は外との温度差が大きくなって来てるから、あんまり開けて見せると蜂にはよくないんです。室温がだいたい36°ぐらいに保たれてるからね。」こうして半分断られているような気もしながら、私の気持ちの方はますます、この養蜂家にも会いたくなり、この人が飼っているみつばちにも会いたくなりました。「明日行きます!」と言うと「まぁ、いるにはいるが、土曜にほかの人も来るって言ってたから、昼にいらっしゃい。1人だけにいちいち巣箱を開けてられないから。」とやっと承諾してくださいました。

posted: mitsubako: on 18:32PM

2004年11月07日

蜂のこと その1

bee_book.jpg●そもそものはじまり
私のblogのタイトル"Abejas e colmenas"はスペイン語の蜂の巣という意味です。いつの頃からか養蜂家という仕事をしている人に興味を持って、木箱をしょって花の開花と共に北上する旅から旅への生き方に隠喩として魅力を感じたのです。
蜂をいつか飼ってみたいと思っていて、まずは独学で庭に来る蜂を観察したり本で調べたりしています。
最近読んだ本に『ミツバチと暮らす四季』(スー・ハベル/晶文社)があります。30代後半から米国のミズリー州で養蜂を始めた女性の話しです。「誰もがミツバチの巣箱を二つか三つ持つべきだと思う。」という書き出しから始まります。蜂の習性や養蜂に必要な道具、近代養蜂の発明や偉大な養蜂家について女性の目から見た養蜂の世界を知ることのできる一冊です。
この本で初めて、アメリカの蜂事情を知りました。ミツバチは本来は新鮮な花粉を好むしこれを求めて飛び回るのですが、花粉の供給源が少ない地域では、花粉代用品を利用するし、日常的にもこれを与えることを奨めていると書いてありました。さらに、ミツバチの病気の中でとても深刻なものがアメリカ腐蛆病で、これは至るところにいるバクテリアが媒介になるのだそうです。幼虫がこれに感染をするとすぐに発病したり、35年もの感染力を持続し続けるほどの強烈なものだそうです。感染に対処できる方法は焼却のみです。すべてを焼き払い失ってしまう以外に方法はないのだそうです。そのために蜂に投薬を与えるし、品種改良家たちはアメリカ腐蛆病に抵抗力のある品種を生み出すことに熱中しているといいます。あの小さなミツバチたちは品種改良を重ね重ねできた生き物だし、投薬や代用品を食して生きているのです。昆虫の世界でもひとたびビジネスがからめばかなりブラックな世界だと思いました。私たちはそうしたみつばちの蜂蜜を大好きで食べているのですが、はたしてどうなのだろうか?と考えてしまいました。
私が知る限りでは、ニュージーランド産の蜂蜜は抗生物質の残留が少なく安全性が非常に高いと聞いています。マヌカというティーツリーの仲間やユウカリなどの蜂蜜でとても有名になりましたが。
養蜂をしないで、天然の蜂蜜が一番いいのかなぁと思ったりもします。蜂は蜂本来の好きな生き方をしていたら環境に順応して元気にいい蜂蜜をつくったのではないかと思ったりもします。
ところで、マルハナバチの仲間はむくむく、ころころとしていて私は大好きですが、なかなか家の近所でお目にかかることはありません。2004年の夏から秋はアシナガバチやスズメバチをたくさん見かけました。猛暑続きで、天敵も都会にはいないからなのかもしれません。これから少しづつ蜂のことを知ろうと思います。

posted: mitsubako: on 18:24PM