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2004年11月21日

蜂のこと その10

bee_010.jpg●12月の朝に思った蜂のこと
朝、雨戸を開けると、からっと晴れ渡る空、ちょっぴり緊張感のある空気を感じるようになりました。2004年も12月です。blogのカレンダーをせめてエントリーして12月にしなければと思い、とにかく時間のない中を書いています。忙しいからこそ書く、それも大事だと思います。
私は、いったい、今年どんなことをしただろうと通勤途上のあい間に、振り返ってみるのが、この時期です。今年はじめの目標は、確か自転車で各地を走り回ろうと、思っていたはずです。でも、今年の気候やスケジュールの関係で、なかなかいいタイミングを見つけることができず、ほとんど乗らなかったというのが、本当のところです。走るはずのために、私の時間をコントロールしようと思っていたのが、やはりできなかったのは、力不足でした。自分がやりたいと思うこと、したいと思う生活に近づけないのは、私自身の中にある意思とか、体力の弱さだと感じます。
私が自転車に乗るのは、純粋に走るのが好きだし、気持ちがいいし、楽しいからです。自転車は自立した乗り物です。私の体力さえあれば、どこでも一緒に行けます。燃料に頼らない移動手段と、時速21KMのゆっくりした速度は、知らない土地の空気とか、棲んでいるものの気配を感じるのに最適です。
今年とても感動したのは、熊野という地へ旅したこと、そして養蜂の世界を少し覗くことができたことです。熊野では、南方熊楠記念館を訪れました。前からとても行きたいと思っていながらも不便な場所に位置し、なかなか実現できなかったことのひとつです。
交通の不便さから、熊野は日本の辺境ともいわれます。けれども、その閉じた地域から、とっぴな宇宙観をもった風変わりなひとりの男が世界に向けて、メッセージを放ったのです。熊野のうっそうとした森、内なるものを秘めた地には想像もつかないほどの、エネルギーがみなぎっていると感じるのです。

養蜂には、転地養蜂と定置養蜂があります。採れる蜜の濃度の好みから、日本人は元来、転地養蜂のはちみつを好んだといわれます。私が訪ねた養蜂家には、出会い頭から、転地養蜂のイメージだけを売って、実際は定置を行っていることが多い事実を、知らされました。転地養蜂はいわばジプシーです。実は、私もこのイメージ化された“移動”ということに非常に注目をしていたわけですが、本当にこれで、実際に蜜を採って、仕事をしようとすれば、そううまく回らないことを示唆してくれました。ジプシー的な養蜂をしようとすれば、利潤ではなく蜂と共に暮らし、蜂が自分の子孫や、自分が必要とする蜜の一部を人間は、ほんの少し頂く程度であると知りました。たった、スプーン一杯の蜜のために、一匹のみつばちは300往復してもまかなえないのですから。
“みつばちの木箱”のお話で、私がイメージを膨らませて書いたことは、その瞬間に大きく崩れました。知らないということがテキストを不自由にすると同時に、自由にもする、と痛感したのです。
今、私は、ストーリーを再構築しようとは思いません。でも、このことを知った後、コンセプトが私の中でもっとコアなものになったと思っています。“移動”ということへの私のモチベーションは今も、そして、これから先も存続していきます。

posted: mitsubako at <13:49PM>