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2006年09月11日

草木の跡を

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先週の土曜日は、いくらか高い秋の空になって来たので、少し遠方の図書館に出かけることにした。小田急線の渋沢駅を降りて秦野市立図書館へ向かった。伊勢原あたりから山並みと雲が、ずっと車窓について来て、この予想外の風景にちょっとした旅情が嬉しくなった。
図書館の資料室で数冊の本を手にしたわたしは、山と雲が一番よく見える席に腰かけた。それが少しだけさまたげになって、気持ちは高まっているはずなのに、本にすっかりと没頭できなかった。もくじを開き、序を読むごとに「あぁー」とことばにはならない感情が沸き上がってきては、視線はすぐに山の稜線と空模様に向いてしまう。活字を追えない空白時間は2分、3分、いや5分だったか、こんな繰り返しをしていた。こうしてどこかで自分の気持ちをせき止めながら時間をすごしてから、数ページのコピーをして図書館を出た。たったこれだけのことだったけれど魂をふきかえすほどの溢れるばかりの緑が、心のそこここに浸透してわたしはあまりに新鮮だった。そして心のなかに「ありがとう」がきらきらと反射していた。
渋沢駅から反対に渡って、わたしは秦野の駅までを散策してみることにした。駅から15分もすると、あたりは閑散とした住宅地、一軒一軒は広いものの新築の住宅が多いのに驚いた。小田急線の線路からは3本ぐらい山側の道路を選んで歩き始めたら、やがて草原や田畑が出て来てほっとする。そうしてだんだんに長閑な田舎の村落のような道になった。
道祖神があちらこちらに残されている。真昼の日光を浴びながら静かに農作業をする老人の姿。とびかうトンボの群れ。ひまわりの種をついばむ小鳥たち。黒くて白い斑入りの大きな蝶がふんわり花の蜜を吸いに来た。いいところだなぁ。ふり返ると山には霞がかかって、深い深い藍の線が重なっている。古い空き家に竹藪が茂っている。隙間から覗いてみると、その昔、作業に使われた梯子や農具が錆びて納屋にかけられている。ひんやりしたあちら側の時間がゆっくりと刻まれている。ブンとスズメバチが通り過ぎる。
それから、関東大震災の時、渋沢丘陵の一部が崩れて谷をせき止めてできたという震生湖まで丘を登って行ってみた。わぁ、丘のてっぺんは草や田畑に囲まれていて、丹沢の山々が見渡せる。わたしは夕暮れをそこで眺めてから、ゆっくり秦野の駅へと向かった。駅へ着いたのはもう午後6時をとっくに過ぎていた。そして秦野は「ハダノ」とタに濁点をつけて発音することを初めて知った。
一日の終わりに、この日を感謝したいと自然に思える日は、一体何日ぐらいあるだろうか。静かに羊歯を眺めて、文章に出会って、いい空気をいっぱいに吸って、歩けたら、わたしはこんな日が一番大好きで、暮れゆく空に「今日をありがとう」とつぶやいていたい。

posted: mitsubako at <07:30AM>

comments:

すてきな一日を、ここにこうして記してくれて、ありがとう。

posted: ai on 2006年09月09日 22:43

aiさん
つまらなくて、なにをやってもうまく行かない時もあれば、こんないい日もある、わたしの日々はそんな感じです。
ありがとうございます。

posted: mistubako on 2006年09月11日 07:46

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