緑色夢想

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香港郊外の養蜂園にて 左からMichael Leung Kelly York Shing Man

湿度120%、強烈なグリーン!香港に滞在した数日は、鮮明で色濃い印象が心に焼きついている。
『GRANDMA GRANDPA COOK』という本をゆっくり読んでいる。4月に入ってからわたしの生活はサマータイムに変更した。毎朝5時ごろを目標に起床して、自分のやりたいことを朝一番にするようにしている。初めの一週間は、まるで時差ぼけのような感覚だったが、すぐにペースができあがった。ぬか床をまぜたり、酵母液をつくったり、読書をしたり、メールを書いたり......。1日のはじまりを自分のやりたいことからはじめると、とても気持ちがいい。朝食までにはお腹もほどよく空いて、ゆったりと朝の時間が過ごせる。
『GRANDMA GRANDPA COOK』は単なる祖父母の時代の懐かしいレシピを収集した本ではない。人生のどこかの時間に食したものから立ち上がる、記憶、文化、歴史の記録だ。"FOOD IS MADE BY THE PEOPLE AND FOR THE PEOPLE. IT INEVITABLY EXUDES LIVES, CULTURES, MEMORIES AND HISTORIES."
構成は非常に私的な個人史の採録で、むしろその個性こそが全体感を支えている。一人ひとりのポートレートと短い生い立ちのエッセイから時代的な背景を読みとったり、食の思い出から、ほのかな食材のにおいや料理中の火加減、蒸気などの臨場感が伝わってくる。そこで一瞬口に運んだ食べ物は空腹を満たすためのものであり、身体の軸となり、感性の芽生えとさえなる。読んでいるだけで、五感が無償に刺激される。中国語と英語の二カ国語で書かれていることも意外におもしろい。どちらの言語もわたしの母国語ではないのだが、英語の意味がわからない時は、漢字を辿って想像ができるから、曖昧な国境地帯に立たされているような気分になる。こんな読書は生まれて初めての体験だ。
HK HONEYを主宰するMichaelに連れられて、香港の郊外、新界地区の中国とのボーダーあたりで養蜂園をしているMr.Shing Manにお会いした。鉄塔をくぐり、塀づたいに細い道をしばらく歩いた行きどまりに、かわいらしいみつばちのマークが鉄条門にある家にたどりついた。Mr.Manの優しい笑顔が、わたしたちを迎えてくれた。門からあちら側は、通り道からは到底、想像できないような楽園が広がっていた。土地中央に広がる大きな池からカエルの鳴き声が響いている。緑色に濁った水と周囲に自生するバナナの木は、これまで見たことがない庭の情景だった。片すみに干された洗濯物がその緑に映える。彼らにとってはただの日常の光景が、わたしには異国情緒溢れるシーンに映るのだった。それはもうどう説明していいのかわからないような懐かしさに心が奪われていく感覚だった。緑池の向いに金字で書かれた幸福を呼ぶ真っ赤な紙が貼られた玄関があった。玄関には広いテラスがあって、椅子とテーブルが置かれている。そこに座って人とも話せるし、ぼんやり池の向こうの丘を眺めることもできる。番犬が2匹、しばらくわたしたちの様子をうかがっていただが、警戒心がとけると、庭のどこかへ消えて行ってしまった。家の裏山とでも言おうか、少し階段を上がると木陰にみつばちの巣箱が整然と並んでいた。使われている巣箱だけでなく、使っていない巣箱がまとまって重ねられており、切り落とした巣はていねいに一箇所に盛られていた。巣箱の色彩や置き方の美しさは、養蜂家の感性にまかされている。わたしはMr.Manのつくり出したどこにも書かれたことのない設計図、この表現が一体どこから、どのようにして生み出されてきたのだろうと思った。
よく管理された養蜂園だが、その美しさは管理をはるかに超えたものだと感じる。本人はおそらくそれが必要で必然だからそうしているのだろう。みつばちをよく観察し、その行動に応じた細やかな配慮を、愛情をもってしていると、おのずとそういうなっていくのだとしたら、みつばちとの共同作業で養蜂園をかたち造っているのだと思う。
わたしが養蜂園に抱く愛おしさとか美しさは、『GRANDMA GRANDPA COOK』の本が持つコンセプトに近いような気がする。日々繰り返し行なわれる技を積み重ねていくうちに、自然に培われていく感性と日常の光景。その人の行為として、便宜上でしかつくることのできない空間。すなわち個人が生きた一回生の痕跡を集めてみると、そこに共通する全体感のようなある種の雰囲気がかもし出されてくるのだろう。国内外を問わず、もう何軒の養蜂園を訪ねただろう。蜜の芳ばしいかおりと羽音の全体性のなかに、ひとり一人の養蜂家の愛情がきわだって記憶に残っている。どれひとつとして同じ飼い方はない。

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