霧の但馬 その1

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友だちが豊岡市へ引っ越して数ヶ月後、地元に養蜂家がいることを知らせてくれた。お一人は西洋みつばちを、そして、もう一方は日本みつばちを飼っているという。兵庫県に属する但馬地方は一度も足を踏み入れたことのない場所だった。中国地方を境に日本海側に近いこの地域はいったいどんなところなのだろう。期待を胸に週末の早朝、羽田から伊丹経由でプロペラ機に乗り換え、コウノトリ空港へ飛んだ。あいにく、どんよりした曇り空。やがてぽつりぽつりと雨が降り出した。
出迎えに来てくれた友人が運転する車の中から何層にも重なる小山の谷間にたまる霧が見える。小さな集落を通り抜け養父市へ向かった。過去、灰塚に一時的に住んだわたしにとって、この風景はめずらしくはなかった。麦畑自然農場を営む上垣敏明さんのお宅へ到着したころには、そろそろお昼時だった。玄関先に顔を出してくれたつるちゃん(居候兼の自然農業研修生とでも言っておこう)に案内されて家に上がった。食卓には鮮やかな緑のとれたて春菊が盛ってあった。「春菊を生で食べられるんだよ」と友人に言われてひとつまみすると、味わったことのないようなやさしく柔らかな春菊だった。レタス、大根、ねぎ。どれをとっても食材そのものだけで十分なご馳走だから、余分な調理や味付けはほとんど無用に思えた。朝の農作業を終えた風呂上がりの上垣さんは、ロマンスグレーの髪に赤いジャージの上着が似合う人だった。杓子定規なご挨拶はぬきですぐさま本題に入る、そんな方だった。
無農薬野菜のこと、食全般にかかわること、健康について、そして日本がかかえる老齢社会と医療問題、社会保健制度など話はいきなり深かった。麦畑自然農場をはじめたぐらいの方だから、信念をしっかりと持っているのは当たり前のことだとわたしは思った。午後に向かうにつれて雨足はひどくなってきた。止む気配はないので、まずは農場へ案内してもらうことにした。
「これはね、僕が一番自慢にしている鶏小屋。これさわってみて、温かいから」と、鶏たちのえさを触らせてくれた。ほんわり温かみがあって糠床のようなかおりがたっている。ずいぶん前に天然酵母パンに夢中で酵母から作っていたころblogに書いたことがあるが、人間の体温、みつばちの巣箱内の温度、酵母の発酵温度などと共通する32度から36度前後のぬくもりをこのえさにも感じた。直感的にこれはすばらしいと思った。えさを触った瞬間にそこにこめられた情熱を感じずにはいられなかった。
上垣さんにいただいたチラシによると、国内産の小麦をベースに米、ぬか、大豆、カキガラ、魚粉にEM発酵の自家配合飼料にして与え、緑飼は完全無農薬の野菜をたっぷりとやっているという。EM発酵が気になったので、少し調べてみた。ひとことで言えば有用な微生物たちがこのEMの正体らしい。乳酸菌、酵母、光合成細菌といった善玉の微生物をバランスよく共生させた資材なのだそうだ。家畜の飼料はもとより、園芸や美容、最近は生ゴミの有効利用や腐敗水の改善など環境問題でもよく取りあげられているものだった。上垣さんのえさはこのEMによって発酵が助けられたいわば発酵食品のようなものだ。だから平飼いの飼育小屋も臭くないという。「鷄小屋に行ってみていいですか」と聞くと、上垣さんは喜んで「いいよ」と中へ案内してくれた。小屋の中へ入ると鷄たちは自由に動き回っている。高い止まり木には凛々しい雄鶏がこちらを見ている。良い環境で飼われているからなのか、神経質な感じもなく鷄たちは実にのびのびとしているように感じた。あまりに立派できれいな鷄たちで、目線を同じぐらいにしてカメラにおさめようと必死になっていたら、コツコツと指に振動を覚えた。見るとくちばしでこちらに向かってタックルしてくる人なつっこいやつがいるではないか!30分ぐらい小屋の中にいただろうか。鷄も見飽きないし、だいたい小屋下の床からふんわりと放たれるにおいが心地良いのだ。
こんな人が育てる野菜やみつばちは間違いなくすばらしいとわたしは確信した。
鷄とひとしきり遊んでから、すぐそばに置いてある蜂箱を見せてくれた。雨の日なのでみつばちは巣の入口でもごもごとしている。こんな姿にも彼女らの意思表示を感じずにはいられない。みつばちの巣箱の上に雨で落ちたアカシヤの葉があまりにも美しい色彩だった。

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本題の上垣さんと養蜂のお話はつづきで書いて行きます。
但馬のフォトアルバムをfacebookにアップしました。