暮らしに思想をもって、願いをこめて

|

_DSC8644.jpg

わたしたちの生活に必要な水、火、電力を支えるインフラが、あるいは金融機関や電話回線(電波)などが良心に基づいたブランドならどんなにいいだろう。水道の蛇口をひねれば、溢れんばかりの水が流れてくる。それにもかかわらず、人はペットボトルでなぜ水をわざわざ買うのだろう。仕事で一生懸命に稼いだわずかばかりのお金を、自分の将来の夢のために銀行に貯金しておこうと思ったとき、しばらく眠るこの預貯金がわたしたちの未来の暮らしを平穏な環境にするために活用されるとしたら、どんなに嬉しいだろう。例えば自分が購入した携帯電話会社が、わたしたちの自然環境を自給自足で守ってきてくれた賢い島々の人々に、1%でも還元できて加速的に進む村落の崩壊や過疎化に、歯止めをかける役割をになうことができたら、わたしはその会社を選びたい。それが単に企業のイメージアップではなく、良心を持って社会に還元する精神に基づいているのならば。
東京を中心とする近郊都市。この街に人はなぜ故郷を離れてやってくるのだろう。ここに一体どんな魅力があるのだろう。東京ほど自然との共生に遠い、暮らしに疎く、財力や物欲が好物の成金趣味で田舎者の集合体はないように思う。打算的で即物的に得られる利益が、この国の経済成長のあかしであると信仰してきた人々が一生懸命に作り上げた社会だ。
福島原子力発電所の事故以来、原発を扱った『100,000年の安全』、『六ヶ所村ラプソディー』、『ミツバチの羽音と地球の回転』などのフィルムを見た。また、京大原子炉実験所の小出裕章さんの記事や講演、5月23日に行われた参議院の行政監視委員会のラジオ中継(「原発事故と行政監視システムの在り方」、参考人:小出裕章/京都大学原子炉実験所助教、後藤政志/芝浦工業大学非常勤講師、石橋克彦/神戸大学名誉教授、孫正義/ソフトバンク株式会社代表取締役社長)、MBSラジオの番組「たね蒔きジャーナル」、5月15日にNHK教育テレビで放送されたETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から2か月〜」、『現代思想 2011年6月号』、『今こそ、エネルギーシフト』(岩波ブックレットNo.810/鎌仲ひとみ、飯田哲也)、『世界』(2011年7月号)を考え方の指針にした。そして身近な人と意見をかわし、耳を傾けてきた。今、この国と周辺環境が置かれている状況や生活エネルギーの現状を少しでも理解し把握するためだ。3.11以降大きく変ったわたしをとりまく環境とこれから数十年どう向き合っていくべきかを真剣に問うためだ。
供給される家庭エネルギーに、これまではただなんとなく使用料を自動的に払っていた自分がいかに無知であったことか。わたしは少し呆然としてしまった。自然の中に自分をさらすことを楽しみにしてはいたが、エネルギーを使用することも大きく自然とつながっている意識に欠けていた。気づいたときには、それで落ち込んでいる暇はもうすでにこの国にはなかった。突然、焦りを感じるようになったわたしは、これから個人とエネルギーについての活動もはじめて行こうと決心している。それは「みつばちの木箱」とも通じるものがあって、みつばちが飛びかう小さな庭つくりは、人の心身にこだまする豊かな環境の民主化の上にしかありえないと思うからだ。
政府も電力会社もこれまでの原子力推進計画が間違っていないことの釈明と節電を強いる嫌悪感情の植えつけで、今後も原発が必要であるというイメージアップ作戦に必死だ。市民生活に今一番必要となる、放射能汚染地帯の正確な情報収集、詳細な汚染地図の作成と公開や放射線量の広く持続的な告知方法は後回しになっている。
わたしたちの生命維持にかかわるエネルギー政策が一独占企業のかさかのもとでこのまま引き継がれていくのだとしたら、個人はもういいかげんに目を覚まして、「国が悪い、電力会社が悪い」と人たたきや苦情、「推進派と反対派」のような二対抗闘争から脱して、次世代のエネルギー権を自分たちで選択し管理できる仕組みを表明していかなければならないと思う。このことは、復興を目指す東北沿岸地域に同じ人災を招かない支援や負の循環の流れを変える鍵になるのではないかと思っている。即刻、電力供給会社を個人が選択できる市場に開放し、送電、配電は高速道路などと同様に政府がインフラとしてまずは基礎を築き、ブランドの種類はこれまでの火力発電、原子力発電、水力発電に風力発電、太陽光発電、地熱発電、波動発電などの新たな自然エネルギーを加えて、個人が自分が好ましいと思うエネルギー源を選択購入できる権利が欲しいと思う。願わくばすべての核資源開発に終止符を打ち、わたしは自然エネルギーへのシフトに協力と賛同の意を表したい。
5月25日、ソフトバンクは自然エネルギー普及をめざす協議会を設立すると発表した。全国の都道府県知事や専門家といわれる人々に声をかけているようだが、この協議会にぜひ、出版社とアマチュアの市民を入れて欲しい。出版業界が参加するのは、広告料に依存しないエネルギー思想を一媒体として責任をになう意味があると思うからだ。アマチュアの市民参加は今後エネルギーに対して思想を持つべきだと思うからだ。これまでのエネルギー政策がいかに個人の自由や人間の条件を制約し不平等を生み出してきたかを知るべきだからだ。エネルギーは知らないどこかから供給されて、お金でサービスを購入するものという概念を捨てることだ。必要なエネルギーは自分たちで地産地消できるしくみを研究し、利益を生み、地域を存続していける環境をつくり、大きな権力から自立して細分・独立すべきだろう。これは活発な地震列島上に命をつないでいくための知的共同体の宿命であると思う。
「節電」は電力会社に協力をしているわけではない。CMなどで「ご迷惑をおかけして...」と流れていると、いつのまにか迷惑をかけられているイメージが人々の意識を支配してしまう。この呪文の前ではエネルギーを個の問題として自発的にとらえる思想は生まれてこない。節電はあくまでも自分のためにやっている自発的な行為であって、わたしたちの電力を支えている電力会社に頼まれて協力をすることではない。この依存関係がある以上、電力エネルギーの一企業独占は終わらない。青森では核燃再処理工場の傍らで風力発電が稼動している。大都市は、こうした自然エネルギーを高値で買うようにすればいい。やがて尽きる核資源にかける膨大な開発費や頻繁に起きる事故対応、処理場のない使用済み核燃料の保管にかかるコストは長期的に考えて誰にとっても原価の安い安心なエネルギーとは言えない。
地方出身者のなかには田舎の方がずっと新鮮でおいしい食べ物もあるし、環境もいいので本当は帰って生活をしたいという声を聞くことがある。「じゃあなぜ出てきたの?」と言うと、「田舎では仕事がないから。とても生活費がかせげないから...」という答えがかえってくる。東京ほど愚かなたまり場はないのだから、帰れるところがあるならとっと戻ってまともな環境で生活した方がどんなにいいか知れないとわたしなら思ってしまう。自然資源が豊富な地方はこれから大都市をモデルにするのではなく、その土地固有の自然を守り人が暮らしやすい環境を目指すべきだと思う。そのためにも、ダメな東京を逆手にとって、これまでさんざん都合のいいように利用されてきた大都市に代償を払ってもらうべきだろう。一方、都心の大企業や専門家、個人は自分たちだけの利益目的だけでなく、自分たちも含めた公共性と公平性を意識しなければならない。未来の命のために創造する知性を働かすことができる人間性こそが、これからの指導者に特に求められている。中央主権型、依存型である以上は、いつまでも中央に対立する小市民の縮図しか生まれない。対立から未来像は生まれてこない。この時こそ個人が主体になって自らエネルギーの民主化にシフトする社会を発想していくときなのだと思う。
わたしの志を行動に移したい動機は非常に単純なことだ。だれかの犠牲のもとに生み出されたエネルギーに、自分が労働して貯めた資金をこれ以上投資したくない。戦争や強制的離散による生活崩壊の共犯にこれ以上なり続けたくないのだ。わたしは、自分が使うエネルギーは清らかなものであって欲しいと願っている。少なくともこれから先、清らかなエネルギーを選択し購買できる暮らしの実現のために行動を一歩踏み出していきたい。