自然災害の痕跡、心の傷...東日本大震災

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震災の一週間前、京都で見た朝焼けです

慌ただしい時間を過ごしているうちに、2月も過ぎ3月の半ばになりました。
書きたいことがたくさんありながらも、ことばにしないまま日々を過ごしてしまったことを後悔しています。そして3月11日の金曜日に起きた東日本大震災でなにもかもが恐怖に変わってしまいました。福島原発で起きている大惨事にしても、震災後の被災地で起きていることにしても、自然に破壊された人間にできる力の小ささに呆然としています。いったいわたしにできることはあるのでしょうか。
1月の終りにアモス・ギタイ監督の初期ドキュメンタリー作品をなんとか1本見ることができました。「ラシュミア谷の人々 この20年」です。イスラエル北部にある都市ハイファの郊外に、パレスチナ人とユダヤ人が身をよせて暮らす谷を、1981年から10年おきに撮影した作品です。初めは異なる人種と価値感を認め合って生きていても、時間や世の中の情勢の変化にともないユートピアは崩壊していく。わたしはこのドキュメントフィルムを見て、もちろん民族や宗教などは大きく人間の価値感に結びつくのだけれど、そもそも他者と向き合ったとき、そして一緒に長く暮らしていくには、お互いの異なる部分を許し合っていかなければ、やがては憎しみに変わってしまうのだと感じました。イデオロギーを大きな理由にはしているものの、実は人は他者を愛すること、あるいは共存をはじめたときから、お互いの相違を背負って生き続けるのだと思えました。これは悲観ではなく、はじめから「他者とは自分ではない」そう思って生きれば、もう少し間合いをもって向き合っていけるのではないかというわたしのテーゼです。
さて、ギタイ監督に並行して、作家佐藤泰志の小説を映画化した「海炭市叙景」の映画を見てから、『佐藤泰志作品集』をとり寄せ読みました。これも今年になってから、いろいろと考えさせられた本でした。小説をなかなか読まないのですが、佐藤の文体は簡潔で、むしろ殺風景なほど無駄のない人間描写に引き込まれていきます。函館の街を舞台に、やるせない人間関係を現代社会に投影して読み進めることができました。佐藤は40代で死を選んだのですが、希望の見いだせない人生観は重苦しい、「でもこんな行きづまり方をしたくない」。わたしはもう少し合間で深呼吸ができるはずだという反動が、本を読んだ後に沸き起こりました。
2月はなぜかたくさんお菓子を焼きました。久しぶりのことで、どんなに過去に習ったり、いろいろと作ったことがあっても忘れてしまったことがずい分あるなと思いました。ほとんどが粉の焼菓子で、同じレシピでも1度目よりは2度目の方がよりよく焼けたりします。なかでもビスコッティはとても面白くこれには発見がたくさんありました。柔らかい生地を一度ひとかたまりで焼いて、切り分けてからもう一度乾燥させて焼くので「2度焼く=ビスコッティ」という名がついたそうです。柔らかめの生地だと持ち運べないし、日持ちもしないので、乾燥焼きをさせることで行動食になるのだということが分かりました。魅力的なお菓子というか保存食ですね。この災害で食料品が瞬く間に都内のスーパーやコンビニエンスストアーから消えました。わたしはまず、自宅の食料品の状況把握をして整理しました。まだまだ工夫をすれば2、3週間はなんとかなると思いました。こんなときこそと思い、ドライイーストで短い時間で焼けるパンはないか試作をしたり、パンは短縮しても時間がかかるので、パンケーキを焼きました。乾物はとても助かるし、不安がつのる情勢だからこそ、気分をかえようと簡単にできる寒天のお菓子もつくっています。
わたしはどちらかといえば、自分の暮しは自然と協調したい、むしろ自然のなかに謙虚に生きる者になれたらというのが理想でした。でも、その考え方は必然に迫られた選択肢ではなく、非常に甘く、脆く、平和に満たされ続けた結果危機管理能力の衰えた自分がスタイルとして選択したいと思っていたにすぎないことに気づきました。都市の仕事にあけくれて、リゾートに避暑に行きたい姿とさして変わらないことにようやく気がついたのです。わたしたちの地域は、この災害で小さな被害しか受けていません。都市機能の混乱と情報過剰からくる過多の心的ストレスです。不可抗力の自然災害をまのあたりにして、「もし自分もそうなったら」と、足がすくみ、ただ怯えているだけなのです。自然とは想像を絶する恵みと禍いをわたしたちに一方的与えるものなのだと痛感しています。それは時に暴力的で無差別的です。
今、食べて、眠れて、排泄ができていれば、こんなに幸せなことはないのだとあらためてわたしは自覚したと思います。
たったさっき、遠野の徳吉敏江さんから無事を知らせるメールをいただきました。ずっと心配でした。お仕事をされている市役所は全壊をして、場所をかえて再開していると聞きました。ガソリンが不足しているため、8kmを自転車通勤されると書いてありました。そして、もっと大きな被害を受けられた方々のために支援活動をはじめられるそうです。
勇気をもらったメールです。本当に無事でよかった、そしてありがとう!

「みつばちの木箱」は制作期間がいろいろな事情で遅れています。まもなく1年が経ちますが、予定どおり活版印刷で進めていてそろそろ下版を迎えようとしています。束見本も間もなくあがってくることでしょう。
東日本大震災ですべてを失われ、被災地で困難なときを過ごされていらっしゃる方々の上に、原発で見えない不安に脅かされているわたしたちすべてに、もうこれ以上の災難がふりそそがないことを心より祈ります。平安がかならずおとづれることを願い、希望をもって生きたいと思います。
みなさまの無事をお祈りいたします。

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苔寺の苔の林で心静まるときをすごしました

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たとえどんな事態でも春はやがてめぐってきます