ゴーレム さまよえる魂...所属をこえて

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走るように時間が過ぎて、気がつけばもう12月。先日、「みつばちの木箱」の本文組がすべて届いた。同時に頼んでいたハイチの手工芸の蜂かごも届いた。その昔、養蜂は草で編んだかごで行われていたというが、現在この方法を使うのは禁止されている。未来を約束する徴としてそばに置いて眺めていたいと思う。
11月の終りに世田谷美術館で開催されていた「橋本平八と北園克衛」展に足を運んだ。克衛の造本作品は機会があるたび目にしたし、折に触れて詩にも親しんでいる。一方、兄平八の彫刻は初めて見たので、前衛的な弟と比較するとその作風にいささか驚いた。兄弟ともに三重県伊勢市朝熊町に生まれる。わたしは、かつて熊野地方を歩いたことを思い出しながら、神道と仏教が混在するあの地が彼らのバックグランドにあったことを知る。38歳という若さで亡くなった平八は気骨な精神で作品と対峙した。芸術と向き合う姿勢をなにより5歳年下の健吉(後の北園克衛)に吹き込んだのはこの兄であった。平八の作品のなかで、こと目をひいたのはやはり「石に就て」だった。石は石でありながらも、石を超えた力が木彫のなかに秘められている。石という素材が木の素材で象られていること自体も面白いが、どう見てもただの石の模倣には思えないのだ。平八は円空の作品に触れて以来その作風に深く共鳴したという。自らが地道に築いてきた彫刻道を、円空の独自な造形物のなかに確かなかたちで見ることができたからだろう。静けさが心に響く展覧会だった。
12月に入ってからのわたしはしばらく腰痛に悩まされていたものの、アモス・ギタイ監督が来日していることを知り、日仏学院とアテネフランセで特集上映に通った。約10年以上も前になるだろうか、彼のドキュメンタリー作品が上映されていたにもかかわらず、見逃してしまい非常に残念な思いをした。カイエ・シネマ・ジャポンで記事を読んで、「いつかまた必ず」と思っていただけにこの機会をのがす理由は何もなかった。
2001年、初めて見たギタイ作品は『キプールの記憶』だった。繰り返しの戦闘シーンに退廃した気持ちだけが記憶として残っている。この作品は1973年に勃発した第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)が舞台でギタイ自信の実体験をもとにしている。救急部隊に配属された若者たちの日常はひたすら戦場、そして戦場だった。今回のギタイ特集で幸運なことに監督自らの話を聞くことができた。上映プログラムのなかから『家』、『メモランダム』、『ケドマ』、『家からの報せ、故郷からの報せ』、そして念願の『ゴーレム、さまよえる魂』を見ることができた。来春1月後半にはアテネフランセで、ドキュメンタリーを中心に企画が催されるので『フィールド・ダイアリー』『ラシュミア谷の人々 この20年』などを見たいと思っている。
ギタイ作品の手がかりとして建築家の鈴木了二さんとの対談は得るものが多かった。2009年にテルアビブの美術館で2世代にわたるイスラエルの作家、建築と映像の異なる手法の対話を試みる展覧会が催された。もちろんこの2世代がギタイ親子のことであり、話しはこの展覧会カタログからはじまった。建築家の父親Munio Weinraub(ムニオ・ワインローブ・ギタイ 1909-1970年)はシレジア出身(現在ポーランド)で1934年にドイツに移民した。バウハウスに加わり、カンディンスキーやクレーらと共にその時代を過ごした。その後ミース・ファン・デル・ローエの事務所で助手を務めるが、やがてイスラエルに亡命した。当時のイスラエルは新政権のもと都市計画や公共構造物にも近代化が芽生え始めていた。ミースの影響を受けたワインローブはイスラエルのモダニズム建築に、多大な影響を与えることになる。そしてこの地でパレスチナ生まれの後の妻エフラティア・マルガリット・ギタイと出会うことになる。彼女は18歳の時フロイトに会いにウィーンに行き、懇願して門下生になり心理学を学ぶ。その後、左派シオニズム運動に傾倒する。おそらく妻のアイデンティティを客観的に見つめ、イスラエル民族の共同体キブツからも着想を得、さまざまなディテイルをひろい建築空間に発展させていったのだろう。共同体の核はむしろことばであって、概観の宗教性や記念碑的な象徴を排除していくことで構造物の機能性を高めたといえる。父と同様に建築を学んだギタイが観客になげかけたことばはこうだった。「専門に勉強したことを別の領域で生かすことが大事だ」と。ギタイもイスラエルとアメリカで建築を学んだが、彼は「場」から自由になる映像という手段で建築を応用しながら作品を展開することになる。
ギタイ作品をいくつ見ても、通常の映像作品を見た後に持つような感想は湧いてこない。いいだの悪いだの、面白い、面白くないだのといった通り一遍の見方はまずできない。ドキュメンタリーとフィクションのはざま、テキストの朗読、スクリプトの引用、翻訳の問題、俳優の国民性、場所、人種、性差、戦い、政治......。イスラエル人であることをもはや越えて、人間として誰もがかかえる矛盾や怒り、恐怖、哀しみの解決できない仕組みに焦点をあてることで、生きることそのものが問題をかかえ続けることを暗示している。『ゴーレム、さまよえる魂』はなかでも異彩をはなつ強烈な作品だった。旧約聖書のルツ記をもとに現代のパリに暮らすユダヤ人一家の話におきかえながら、聖書の引用の上に流浪の民の守護神としてゴーレム神話を重ねあわせている。複雑な多重構造を持つこの作品はこれまで見たギタイ作品のなかで、一番ドラマティックでストリー性の強いものだった。ギタイ作品はわたしの日常を精神のレベルに確実に引き上げてくれる。ディアスポラとは、亡命とは......。どこを歩いていても、あの奇妙な映像全体がわたしのゴーレムとしてつきまとってなかなか脳裏から離れない。映像で体感したことが心理的影響を受けている。作品構成や要素は明瞭にもかかわらず、ただ空虚な哀しみしか残らないのは一体なぜだろう。彼らの置かれた状況から考えれば、わたしの置かれている現状は問題という問題がひとつもない。わたしはどこから来て、わたしは何なのか。そんなことを探しても、結局のところは無意味だ。場所、所有、ことから解き放たれて、わたしがわたしであることを認識することができて、はじめて他者もそうあることに気づくのだろうか。
菅啓次郎さんの数々の本から共感したこと、「橋本平八と北園克衛」展で受けた魂、そしてギタイ作品は「もっと挑発的であれ」と、今のぬるいわたしに警告をうながしているように思う。