雑然、混在、混沌 霧のなかで考えたこと

|

5076870660.jpg

_DSC0093.jpg

_DSC0366.jpg

『オムニフォン』(管啓次郎/岩波書店)を読んでいる。少し遅めにとった夏の休暇は秋のはじまりをむかえてからだった。
姉が一時帰国をして、日本の紅葉を見たいと言うので1日は山へ行った。日本の紅葉の色数や樹木の種類の多様性は独特なのだと彼女は言う。ケーブル待ちで混雑する麓から一本のロープで引き上げられた上の世界は、別の意味で雑然とした賑やかさがある。火山灰の登山道を歩けば、低木の緑、赤みをおびた枯れ草、黄色に紅葉した葉が深い霧にぬれて彩度を増している。この混在は複雑だなと感じる。
姉は成田へ、わたしは羽田へ同日一緒に飛び立った。函館行きの第一の目的は、函館出身の長谷川潾二郎の個展を彼の出身地でもう一度見たいと強く思っていたからだ。わたしが一番好きな作品「ハリストス正教会への道」(1923年)の場所を実際に訪ねておきたいという気持ちもあった。展示順や絵画の配列は平塚市美術館と少し異なり、キュレーションという意図は取り払われているように感じた。ハリストス正教会に向かう大三坂を登る。あたりの様子は整備され観光地化された後の現在なだけに、潾二郎が生きて確かにここに立ったと想い起こせる痕跡はどこにもなかった。実在の場をむやみに追いすぎると幻想が崩れ落ちることがある。崩れてもいいが、ほどほどにと自覚する。
ただ、よかったことは函館の街の雲は低いと知ったことだ。雲の方がたれこめているのか、街が雲に近づいているのかはわからない。でも雲が低いことが異質な感覚にとらわれた。
北海道立函館美術館へ行く前の二日間は湿地帯と森林のなかでぼんやりと過ごした。早朝から小沼地帯を歩き、湖面にたちこめる朝霧の変化をながめているだけで考えを捨てること、捨てたぶんそこをなにかが補ってくれる。自分は簡素化されていくのに、目前の水面は浮き草、波模様、風、靄、木、山、雲が反射して混沌とした世界が映しだされている。水面を境に実像と虚像が複雑に対話して、レンズに目を通すとどちらが本当で、上下の方向感覚もわからなくなる。
旅の途上、目にしたニュースはチリのコピアポ、サンホセ鉱山で生還した33人の鉱夫たちの話だった。チリは遠い国だがつながる人がいることでわたしには近い国だ。大統領が日本の記者に返したことばのなかに、「このままどんどん堀りつづけてそちら側に貫通できる」とジョークをとばす。わたしはトンネルという道ではないけれど、ことばという道で向こう側と結ばれている実感を持っている。サンチャゴに住むFelipeとn˚f˚のpoetペーパーとサイトで1年対話をしたWhite Surfaceのプロジェクトでこのremote place=遠隔の地が、行ってはいないのに親密さを覚えるのだ。Felipeから救出当日に、「よくも悪くもこのニュースでチリは世界中に知れ渡った。いろいろなゴシップはあるけれど暗闇の底で希望をもって同士がこころをひとつにし、自分が生きていることが他者の命でもあるのだと、この大惨事で気づかされた」とメールをくれた。自分が生きていることがすなわち他者の命の存続のためだとは、なんと深いことばだろうと思う。
多忙な仕事と仕事のあいま、季節と季節のかわりめ、混沌とした見えない境をくぐりぬけたこの数日間は旅の移動中でも読みつづけていた『オムニフォン』を理解していくのにぴったりだったように思う。それはまた、次の機会に書きたいと思う。
現在、自分が生きる主軸になっている時間の流れよりも、あいだをつなぐ時間をひろげて生きていけるようになりたい。そのためにどうしらよいかを考える時間と行動力を与えられたように思う。
いつもわたしは、霧に包まれることを途方にくれて自信を喪失してしまっている自分に投影している。けれども霧と霧のあいまにときどき見えるなにかに方向づけられる瞬間がある。そして、霧はかならず晴れる。だからわたしは霧のなかを歩くのが好きで、そうしなければとり戻せないこころの葛藤があるのかもしれない。

_DSC0400.jpg