
5月26日、美術批評家の針生一郎が亡くなった。わたしの誕生日の前日のことだった。生前ボイスと交流のあった針生さんたちの意志ではじまった国際自由大学が企画するミーティングや針生さんの講演には時々通った。花田清輝の『復興期の精神』、『アバンギャルド芸術論』を読むきっかけになったのは針生さんの影響だったと思う。考えや先が見えなくなった時、ページをめくる本のひとつだ。
知人の照屋勇賢の作品やニシムイ美術村の安谷屋正義(あだにや・まさよし)の作品を見るために、そして針生さんの追悼の思いも込めて「OKINAWA つなぎとめる記憶のために」の企画展を開催していた丸木美術館(埼玉)へ行った。その日は梅雨の晴れ間の猛暑日だった。バス停から降りて美術館に向かう細い山道は、まるで南国のジャングルのように緑がうっそうとしていて、植物が排出する濃度の濃い空気のなかで呼吸をすると体が一新されていく。美術館に着くと前日の雷雨で館内の空調とスポットライトが停電していた。あたりは薄暗かった。窓から見おろすと、近くを流れる都幾川は水かさがあがっていて流れも急だった。
暗く湿度のある館内で「原爆の図」を見るのは、いつに増して強烈な印象だった。浮き上がってくる人肌、探し求めるような手、時間が止まった目つき......。魂があっちにも、こっちにも、死んでも死にきれないとさまよっている。非常状態に置かれたときの人間の形相は一番大切なものが何なのかを教えてくれる。
カビ臭のする館内とは対照的にのどかな野鳥の声を耳にしていると、平穏であることが実に慈しむべき時間の流れであると自覚できる。その足で次は、代々木八幡のデザイン事務所へかけつける。ひっそりと岡崎乾二郎のクレパス画の個展が開かれていたからだ。色彩ゆたかな生き物たちが、この世の不順を追い払う魔除けと化して吠えている。はじめて原画を購入する。この日の充実感はたとえようもなかった。
けれどもその数日後、夏カゼでわたしはダウンしてしまった。守り神が悪霊を追い払ってくれたのか、熱が出た後は軽い気分になっている。
病気で倒れていた時に、一通のメールを受けとった。アウトドア商品を販売するパタゴニア店で長く仕事を続けていた伊藤征一郎さんが退職して、「カゴアミドリ」というかご屋さんをオープンした。実在の店舗はまだ構えていないが、まずはサイトでオンラインショップをはじめた。起業をされるとは聞いていたのでとても嬉しい知らせだった。偶然にも、岩手のフィールド・ノートの山代陽子さんとも知り合いだったようで人のつながりを知ってさらに嬉しかった。
わたしもいつまでもしょんぼりとはしていられない。「みつばちの木箱」の制作を再開した。
季節の変化とともに心身が日々変化をしてむかえた梅雨あけだった。
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