ダリアに向かうみつばちのように

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2009年もあとわずかとなりました。1年がかりで取り組んだ4篇のpoetペーパー、n˚f˚がなによりも充実した活動だったと思います。たとえ到達点に行き着いていない未完成なものであっても、いつまでも構想段階で終わってしまうのではなくて、時にはそれを形にしていくことで新しい構想が生まれてくることを体験したと思います。地道につづけて行こうと思いますし、ひとつのものを長いスパンで配布していこうと考えています。並行していたWhite Surfaceのコラボレーションサイトも、あと数回でお互いの更新は終了します。1年という約束で、どこまでやれるだろうかと不安でしたが、こちらも焦らずに大切にすすめてこれたと思っています。以前にpostkarteというコーナーを考案したのは、旅ばかりしているころのことでした。スイス各地、チェコスロバキア、イタリア、沖縄などで撮影をした写真を使って、本来とは異なる土地なのにある特定の場所を観光地で売られている絵はがきの手法をつかって再現しています。使い古しの海外切手、撮影現場はバラバラで組合わせとテキストの文脈から場所性が見えてくるというしかけです。ようするに「らしさ」が限定する壁や境界をとりはずしたいという意図が含まれています。White SurfaceはさらにWeb Siteというツールを利用して共時性から生まれる詩(うた)を可視化できないかと試みた実験です。nとfが存在する緯度からは球体的なイメージが浮かびあがるにもかかわらず、平面的な構成で見せています。中央のほんの1ピクセルほどの溝は異なる時間軸でもあり、見えない結び目が存在していることを表しています。postkarteで対象としてきた固有の場所性と神話性からやや精神世界に対象が移行してきた展開のあかしなのかもしれません。1年の積み重ねはしばらく記録としてサイトに残しておく予定です。いづれ、形を変えてまとめることになると思います。n˚f˚のほかに、夏には小さなテーマに挑んでダリアを追いかけました。ダリアの原産はメキシコといいます。原種はどんな花だったのでしょうか。みつばちの木箱のサイトのなかに2002年の夏にデンマークを旅したお話を掲載しています。デンマークの公園で見た大輪のダリアに強烈な印象があって、このときダリアと庭師の話を思いつきました。色鮮やかにまっすぐと空に向かって花を開かせるダリアを、新鮮なうちに次々と刈り取っていく庭師の話です。ダリアには花粉をつけたおしべが花びらの奥に隠れている種類があります。規則的に球体状に集合する花びらを見ていると人為的にさえ感じます。本来、わたしは野草のような草花が大好きで、ここまで整った存在感のある豪華な花は好みではありません。だのに、これだけ惹かれてしまうのは一体なぜなのでしょう。庭の草花にまざって、短い夏を謳歌するようなダリアに強い生命力を感じたからなのでしょうか。1本立ちで頭が大きくバランスが悪い感じがしますが、地面から伸びているダリアは、生き生きとした葉に包まれて立派なのです。ある夏、みつばちがダリアに向かってまっしぐらに飛んでいる瞬間の撮影に成功しました。このときの躍動感は忘れることはできません。こんな偶然がかさなって、ダリアもみつばちを予感させるためのモチーフのひとつになったのです。
2010年の活動がだいぶ見えてきました。この何年かずっと温めてきたひとつのテーマをいよいよ形にしていこうと思います。制作過程をゆっくりと公開していきたいと思っています。活動の一部をある意味で具体化できたこの1年は数々の成長に喜びもあり、また自分の拙さに落ち込むこともありました。「もっとのびやかに!」来年はそんな年にしたいと思います。
この1年も多くの方々に励ましていただき、力をかしていただきました。とても嬉しく感謝の気持ちでいっぱいです。どうもありがとうございます。