カージオイドの貝がら

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12月12日付の朝日新聞の夕刊に作家の角野栄子さんの記事が掲載されていた。「書くという魔法くれた」のなかで初めて知ったのは、角野さんが24歳のときにブラジルへ移民として渡ったということだった。貧しい人たちの集まる通りに借りたアパートでルイジンニョという少年に出会い、ことばを教えてもらったという。あるとき街のカーニバルで一緒に踊るのを恥ずかしがっていた角野さんに、この少年が「栄子、君にもコラソン(心臓)があるだろう。そのリズムは同じだよ。コラソンの音を聞けば踊れるよ」と言った。
この話にはっとして、とても興味深く思った。両親が駆け落ち同然でブラジルにわたり、リオデジャネイロで幼少の短い時期を過ごした友だちがいた。見せてもらった写真と幼年期の話からわたしはお話を書いたことがある。旧みつばちの木箱で2006年に公開をしていたものだ。角野さんの実話にあまりにも近いのでびっくりした。時空をこえて、空想が実話と交差するとはこんなことなのだろうか。「書くという魔法くれた」がわたしの上にも降ってきたらなぁと夢が広がる。


カーニバルのカージオイド

街や通りのいたるところにカーニバルがやって来た。
赤い声を出す人 赤い顔の人 赤いドレスの人 赤い仮面の人。
どこもかしこも酔いしれた人々の熱気でごったがえす。
赤と白のフリルがたくさんついた帽子の女の子がぼくのことを見ていた。
ぼくは女の子に笑いかけた。
女の子がぼくの方へ近づいて来てカージオイドの白い貝を見せてくれた。
「ハートの形?」ぼくが聞くと女の子は首を大きく横にふって「違うわ
心臓よ」と答えた。それからぼくの心臓にその貝を押し当てた。
ぼくの心臓の鼓動と女の子の脈打つ手首が微妙にずれてカージオイドは本物の
心臓のようにぴくぴくと動いた。

肌を露出して陽気にリズムを刻む女たちが押し寄せて来た。
そのうちの一人が女の子にぶつかる。
真っ白のカージオイドはぼくの心臓からすり落ちて地面の上で粉々に砕けた。
ぼくはかけらを拾おうと夢中になったけれど、次から次ぎへと押し寄せてくる
人波で遠ざかり、やがてかけらは踏み砕かれて見えなくなった。

もうそこに女の子の姿はなかった。
ぼくのカーニバルはいつの日よりも悲しい一日だった。

(公開は2006年2月14日)