清野賀子 「THE SIGN OF LIFE」

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数週間も前の土曜の午後だった。n˚f˚の翻訳をお願いしていたyamaさんと下北沢で何年ぶりかにコーヒーを飲みながらおしゃべりをした。彼女がポポンタレストランで仕事をしていた間は、お店以外の場所で待ち合わせることなんて考えたこともなかった。ほんの少しだけ遅れて来るyamaさんを、待ち合わせのお店の2階からぼんやり見ていた。初めて会ったとき髪型はベリーショートだったし、お店をきりもりしていた頃はセミロングが主流だったはず。彼女はこれまでで一番フェミニンなスタイルで、すっとお店にあがってくる様子が見えた。アクセサリーやスカーフをカジュアルに装って、軽やかな笑顔で「ごめんなさ〜い。遅れちゃって」とテーブルにやって来た。「yamaさんかわいいなぁ」。それが今日の第一印象だった。仕事を少し休息していたせいなのか、晴れやかないい顔をしている。わたしたちは少しだけ近況のようなことを話して、すぐに今日の本題に入った。本題といっても打合せでもなく、彼女の友人で写真家の清野賀子の写真集「THE SIGN OF LIFE」を見せてもらうのが目的だった。わたしがきっと好きな写真だろうとyamaさんが勧めてくれていたのだ。
風景写真と言ってしまえばそのカテゴリーに入るのだが、簡単にそうくくりたくないものを感じる。風景写真というとわたしのなかでは、どうしてもカレンダーやポストカードのイメージが強い。清野さんの写真には風景を介して伝えたい内面性があふれているなと思った。それは、もしかするとわたし自身が自然に向き合うときに、感性がゆさぶられるような体感をして、土地と自分の関係をことばで結びつけたくなる衝動にかられるのに似ているのかもしれない。これといった観光地でも名所でもないような場所に惹かれるのはなぜだろうか。それはもしかすると清野さんの心の原風景かもしれないし、好奇心かもしれないし、生理的なものかもしれない。ページをめくるうちにひとつ浮かびあがることばがあった。境界線。彼女の構図のなかには境界がはっきりある。その境界がとくに意図的であるとは思わないけれど、無造作にそうしているとは思えないのだ。さらっとした、毒のない写真だけに、あまりそこに意味性を見つけ出す必要もない。違う場所なんだけど、わたしもこういう場所を知っているよと何度も心のなかでつぶやいた。
もうひとつyamaさんがすてきな古本を見せてくれた。"ESKIMO SONGS AND STORIES"というタイトルで版画のような挿絵があどけなくてとてもすばらしい。これは貸してもらった。家にあるイヌイットの本を出してきて、帰りがけによった気流舎さんで購入した「極北の大地の深い夏」とならべて気分はすっかり北へ。北の旅から帰ったら、じっくりと味わいたいと思う。
楽しいいい時間をありがとう。

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Comments:

清野の写真のこと、こういうふうに感じてもらえて
文章にしてもらえて嬉しいです。
mistubakoさんになら、彼女の写真は
きっと伝わると思っていたし。
どうもありがとう。

そしてイヌイット勢揃いの写真もとてもかわいい:)

いい時間を過ごせて、そのことをあとから
こんなふうに追体験できるのは、楽しいですね。
なにか、写真を見ることにも似て……

楽しい時間でしたね。北海道へ行く前にこれをアップしたかったのですが、さまざまな予定調整があって帰ってからになっちゃいました。
イヌイットに少し類似した感じがしたものを見つけて、yamaさんのお土産にしました。わたしにしては珍しく子どもだましのようなものですけど。。。
本をお返しする時にお渡ししますね。

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