旅の途上

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長崎の旅の話にはまだつづきがある。が、今日は中休みにした。n˚f˚のpoetペーパーを作るようになってから、自分の気持ちがぐっと安定してきた。失意に迷っていたひと頃前のわたしは無くなり、野原に立って実にしっかりと空の雲と対面できるようになった。五島から帰ってきて、さらにまたひとまわり大きくなったと思う。ただ、封印していたわたしの感覚がすっかり目をさましてしまい、とうとう今日はすこしばかりしんみりしている。
この数日、久しぶりに星野道夫さんの本を手にしている。坂本直行さんのことを書いた短いエッセイがあるのを目次で見つけ、「旅をする木」と「長い旅の途上」を買った。星野さんのことばを読んでいるとアラスカに立ちつくしている小さな自分の姿をイメージできる。そしていつしかパタゴニアにすりかわっていたりする。誰にも説明ができないことだけれど、人には想像上の土地があって、無性にその彼方を想うことがないだろうか。表現しようがないともどかしく思っていたそのことが、星野さんの文章に見つかって、急に感極まって泣きたくなった。
 
「......僕には彼の気持ちが痛いほどよくわかった。日々の暮らしに追われている時、もうひとつの別の時間が流れている。それを悠久の自然と言っても良いだろう。そのことを知ることができたなら、いや想像でも心の片隅に意識することができたなら、それは生きてゆくうえでひとつの力になるような気がするのだ。
人間にとって、きっとふたつの大切な自然があるのだろう。ひとつは、日々の暮らしの中で関わる身近な自然である。それは道ばたの草花であったり、近くの川の流れであったりする。そしてもうひとつは、日々の暮らしと関わらない遥か遠い自然である。それは僕たちに創造力という豊かさを与えてくれるからだと思う。......」
星野道夫著/長い旅の途上(文春文庫)

できるわけがないけど、「アウトロウの暮らしにいっそなってしまえば......」という自問に首を縦にふりたくなる衝動が今わたしの中をかけぬけていく。