長崎・五島から外海へ 旅程4日目

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朝の鳥の声は美しいともいえるが、ある意味、騒々しいほどに鳴くから自然と目が覚める。朝のフェリーで、この静かな五島の島を離れる。この日は雨だった。重たい雲がしっとりと樹木たちに降りてきて、葉の色をますます濃厚にしていく。船着き場にはすでに人が集まっていた。雨の島もまた美しいが、これがわたしの日々の暮らしだったとしたら数週間もたたないうちにきっと飽きてしまうのだろうなと思う。旅は定住に対して無頓着な発想だから。
帰りの長崎港は船旅に慣れたせいか早く感じた。長崎港の断崖に霧の街並が密集している。もしかしたら、ここは日本のバルパライソなのだと思った。長崎の大波止は連休客でごったがえしていた。荷物を大波止に預けたまま、さっそく市内観光をはじめる。大浦天主堂だけは見ておこうと路面電車に乗る。乗客は満員で身動きひとつできないし、窓は曇ってしまい街並みも見えやしない。天主堂下で下車して歩きはじめると土産物店が並ぶ坂は人人人の波だ。天主堂では300円の拝観料もとられるし、さすがに観光地化しているのですっかり気落ちしてしまった。祖父はこの天主堂を中心とした街のどこかで生まれたのだ。町名は知っているが、合併を繰り返し、おそらくこの辺りとなている。都市は早い速度で新しい観光地化を進めてしまうから、おそらく昔の面影は残されてはいないのだろう。長崎市内は込み合っているので、急遽、外海(そとめ)に行ってみることにした。しかし再び乗った路面電車が、人身事故で止まってしまう。最近は通勤でも頻繁に事故に合うが、まさかここでもか。幸い路面なのですぐに下ろしてもらい、長崎駅へいそぐ。直行バスには乗り遅れた。乗り継ぎ経由の外海方面に行くバスに乗ったつもりが、一度は間違え乗り直し。意外にバスの発着はせっかちで、後払いのため車掌さんに目的地を聞くのにもなかなかトビラを開けてはくれない。乗るとただちに走り出すし、市内の運転は路面電車とあわせて複雑だ。わたしにはこの雑然とした感じがなじめない気がした。黒崎教会で下車する。もし時間があればとプランを考えていたのがこの場所だった。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台になった集落と教会だ。黒崎教会は雨のためか人はひとりだけしか来ていなかった。煉瓦造りのこの教会は、1897年ごろから出津教会を中心にフランス人宣教師ド・ロ神父が布教と貧民救済を行った地域にある。煉瓦の外壁に水色に塗装された窓扉が、整然と左右対称に配置されているのが印象的だ。すっきりとした立派な教会のなかでしばらく雨宿りをさせてもらった。バスでまた市内へ戻った。天候がよければ、外海はすばらしい海だろうと思った。大波止にもどり荷物を持って宿泊先に行き、びしょぬれになった服を着替えてしばらく横になった。もうこれ以上は時間があっても市内観光をする気力もなく、夕食に少し地元のおいしいものでも探して食べようということになった。カメラを置いて身軽になって歩き始めた。少し歩いただけで寒い雨と混沌とした空気にめげて、お茶を飲んで休むことにした。たまたま通ったアーケード街に梅月堂があったので入ってみる。古くからの地元のお菓子屋さんだ。いちごのショートケーキを食べたらスポンジがしっとりしていて柔らかくとてもおいしい。懐かしいいい味がした。これで少し元気になれた。しばらくアーケド内を見ていたら、今度はおいしそうな茶わん蒸屋さんがあったので入ってみることにした。吉宗という名の店だった。大きな茶碗にかまぼこ、しいたけ、ぎんなん、竹の子、きくらげ、あなごまで入っていて、だし汁の味がとてもいい。五島では夜はお店もないので出歩かなかったせいか、街の楽しさはこんなところにあるように感じた。続いて小さな割烹に入った。おいしい地酒を軽く飲みながら、焼きあご、石鯛の刺身、かつおの塩辛、さかなのすり身揚げなどなど、酒の肴をおいしくいただき、最後ににぎりを何巻かにぎってもらた。魚がとても新鮮でおいしかった。おいしいものを食べるととたんにすべての旅がよく思えてくるから単純なものだ。すっかりこれで市内の印象もよくなる。味をしめた路面電車にも遠回りをして乗り継いで、ようやく人気の減った夜の長崎の街をゆっくり見ながら宿へと戻った。

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チリのバルパライソのような長崎港へ静かに入港する

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大浦天主堂

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外海 雨の日の黒崎教会

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