若林奮
犬になった彫刻家

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雨の時広い地面に水たまりができなかったが、微細な水の粒子が空間を満たすのが見えた。乾燥の日々は土の粒が空気に混じっていた。それ以上に空間全体が赤とか緑とか一色になることがしばしばあった。帰り道で犬と人にすれ違った。桑の木のところであった。私は犬を見たが、人の顔は見なかった。だが、位置は少し変わっていた。したがって、私は見る場所を少し変えていた。
{ドッグ・フィールド 若林奮}

冒頭のテキストは神奈川県立近代美術館で長く仕事をされていた酒井忠康さんがみすず書房から出版した『若林奮 犬になった彫刻家』のはじまりに引用されているものだ。昨日の午後、横須賀美術館で開催中の「若林奮-- VALLEYS」展に行った。こと若林さんへの関心が深まったのは、日の出の森の活動あたりからだったと記憶する。写真の「雰囲気」や「胡桃の葉」、「飛翔と振動」は広義で環境との対話を作品に昇華するプロセスをわたしに教えてくれた、個人的には心に残るメッセージと出会いがあった作品だ。自己と空間の関係を観察眼的に、感覚に置き換えるのではなく「尺度」に置き換えて測量していく。感覚はむしろ鑑賞者にゆだねられているところに、作品の持つ意味を深く感じるのだ。「雰囲気」の作品にそっと置かれた乾いた花、刻まれた線、巻かれた布。そのどれをとっても作家の繊細な神経と手を抜かない緊張感が、完全性と立ち向かっているように思えてきて、いたたまれない情動を覚える。ある種のわたしの感傷に無性に触ってくるのだ。若林奮へのオマージュが散りばめられた会場で、いまは、天国で犬になって走りまわっていることを祈りながら、少し涙ぐむ自分がいた。
横須賀美術館(2008年02月16日 〜 2008年03月16日)

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