採蜜の仕事

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採蜜の現場は終始、戦闘状態だった。
巣箱から巣板を取り出す作業は単純な行為でありながら、巣箱のみつばちの反応は予測はついてもその行動に100%確信を持つことは、相手が昆虫がゆえに難しい。
みつばちの行動が感情によるものではないと思えるだけに経験と勘と自分の体力だけをたよりに、暑くなる前にどれだけ蜜蓋作業の場所まで運べるかが目前の仕事となる。
蜜蓋開けのポジションをもらったわたしは特に誰かが事前に教えてくれるということもなく見よう見まねで仕事を始めることになった。ここでは自分で体験をして経験にしていくしか学ぶ方法はない。
蜜で重くなった巣板を持つだけでも汗が額から落ちてくる。ネットですっぽりと覆った自分の顔の汗をぬぐうことはできない。巣板内の状態は様々でどれひとつとして同じものはない。全面が蜜蓋で封印されているものもあれば、半分以上はふんわりした濃い茶の膜におおわれた巣房であったり、あるいは女王蜂の育つ王台がひとつ突起しているものもある。誤ってナイフで巣房の入口を切ってしまえば、育っているさなぎの命を奪うことになる。素早く見分けて損傷をなるべく少なく蜜蓋を開けることがわたしの仕事だ。蜜の蓋が外されれば、中から当然のように蜂蜜がしたたり落ちてくる。その蜜をかぎつけて一時的に巣からおいだされた蜂たちが自ら蜜に向かって飛び込んで来る。羽が蜂蜜につかって溺れれば、そのみつばちの命はそれまでとなる。蜜蓋を開ける最中に飛んでくるものはみつばちだけではない。カオス状態になっているみつばちをエサにスズメバチは周辺を獲物ねらいにしぶとく飛びかってくる。人間も昆虫も採蜜という極上の贈り物をわかちあうために犠牲を払う繰り返しの儀式は、やがてトランスとでもいえるような心身的な興奮状態を生みだすとわたしは感じた。
現代人の仕事にはなかなか見えにくくなりつつある労働の原点を幻覚の中にしばしわたしは見たように思う。