直彫り

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台風通過の連休、ようやく港千尋さんの「文字の母たち」を読んだ。
「書物は建築である」という冒頭の一文になんだか熱くなってうなずいたからだ。王の文字、王の身体にたとえられる王政の権力下に制作されたフランス語書体。パリ・フランス国立印刷所の図書館で港の目をひいたのは、大判で皮張り背表紙の「漢字西訳」だった。
ナポレオン一世の命令で1813年に編纂された中国語、フランス語、ラテン語の対訳辞典だという。ヨーロッパにおける漢字の活字化が他の文字の制作過程とはかなり異なっていることに港は注目している。
彫刻するだけでもかなりの数となる活字をいくつかの部首によって分類し、分合活字の方法を用いていたことは面白い。詳細は是非、本文に触れていただくとして、中国で生まれた活字が朝鮮にわたり、のちに西洋の活版印刷の発明後、ヨーロッパで活字化され、キリスト教と共にふたたび東の文化圏に戻ってきた漢字。長崎に伝授された活版印刷技術を学んだ一日本人の技が、現代に続く明朝体活字の始まりであったというから活字のもつ壮大な記憶に胸が熱くならないではいられない。活字は母から生み出され子へと伝達される身体の記憶だ。
活字の母型製造は精密な種字の彫刻をもとに型どりをする。この種字は種字彫刻師の直彫りの技術にかかっている。肉眼ではとうてい見えないような細かい字形をルーペでのぞきながら、しかも逆文字を直に彫るのだから。これはまさに身体の生き写しのような行為、魂が打ち込まれる過程といっても過言ではないはずだ。わたしが一番感動した一節を引用しておきたい。

字を彫る人の姿勢は、ルーペを使っているとはいえ、基本的には字を読む人の姿勢と同じである。彼や彼女は椅子に座り、小さな字を見つめる。そのとき字を彫ることは書物のアルファであり、印刷された字を読むことは書物のオメガであるが、その最初と最後がひとつにつながるように、同じ身体によって担われていることが、重要なのである。
その身体感覚は、おそらくデジタルの時代にこそ求められるものだろう。文字を作り出すことと読むことを結びつけ、書物のアルファとオメガをつなげるためには、これまで人間の手によって彫りだされてきた、すべての文字が必要になるだろう。それらの母型をとおして立ち上がる記憶は、未来の書物の血肉となるであろう。
「文字の母たち」港千尋 インスクリプト

あらためて、テキストを意を介して読むのではなく、テキストと余白が作り出す造形的な、あるいは建築的な構造を読みとっていきたいと感じる一文であった。

Comments:

わあ、この本面白そうですね!
探して読んでみます:)

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