『亀も空を飛ぶ』

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きょんみさんからいただいた手紙の中に『亀も空を飛ぶ』のちらしが同封されていた。
『亀も空を飛ぶ』......このフィルムのタイトルを見て、あらすじを知る前にとにかく必ず見ようと思った。"も"に含まれる思いがなんとなくピンときたからだった。亀だって、亀でも......ってことはもともと飛べない限界がある。飛べないものが飛べるからこそそこに込められた悲哀がある、そんな思いにかられた。

シーンから
パショー:これは?
シルクー:サダムの腕だよ。記念になると思って、地雷を全部売ってこれを買った。
     アメリカ人も"貴重"だって
サテライト:言葉が分かった?
シルクー:教えてくれたでしょ。地雷を集めて売ってると話したら、もうやめろって言われたよ。こういうものにしろってさ、持っていけばドルで買い取ってくれるって

(カタログ、採録シナリオから抜粋)

アグリンという名の美少女が戦争で乾ききった台地を見渡す丘から身投げをする。フィルムはそこからはじまる。クルド人の監督バフマン・ゴバディは2003年のイラク戦争終結後にイラク入りをし、街で出会った現地の子どもを起用して撮影をした。戦後の子どもたちのありのままの姿、現実の生活を表すために。
アモス・ギタイが『キプールの記憶』を描いたと同様に、戦争とか、地雷に苦しむ子どもを救うためとか、ブッシュとサダムの構図とかそういった政治的なメッセージはどこにも見あたらなかった。
ひとりひとりの子どもたちの個性を大切に、ユーモアとウィットに富んだ演出が光る。複雑さや装飾がなく、まっすぐに、今を生きることだけが見えている者たちはもしかすると表面的に恵まれたわたしたちよりも遙かに精神性が健全であると感じる。

アンテナを青空へ向かって立てるシーン、有刺鉄線と目の見えない幼児がさまようシーン、子どもが子どもをあやすシーン、戦争廃棄物の回収シーン、乗り合いトラックからの風景、上空のヘリコプターからばらまかれる白いビラ......いくつものシーンはどこを切りとっても詩的でそこに吸い込まれていく自分を感じた。

たくさんのエネルギーと創造することへの命をもらったよ。

『亀も空を飛ぶ』バフマン・ゴバディ
2005/9/17- 岩波ホールにて上映中