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赤土と石ころの振動が体を通りぬけていく
追い風に乗せられて走れば
空っぽの地平も時速21kmで蘇生する
 
 
和棉 和棉の時(2005.09.25)
 
和棉の種 果てしなくつづく綿畑。白い実棉をせっせと集める黒い手がある……。
わたしは、幼いころにそんな映画のワンシーンを見た記憶がある。7、8年前に外来種の棉の種を植えたことがある。どこかで棉の実を見て自分でも育ててみようと思ったからだった。けれども、その夏は害虫との闘いだった。なんとか棉の実は採れたものの葉はすさましい勢いで食い尽くされていった。栽培したことで害虫を増やしてしまったことに懲りてそれ以後、しばらく棉の印象はわたしの苦い経験となった。

和棉の芽

綿(Cotton; Gossypium spp.)はあおい科のワタ属に属する植物に分類される。1年または多年草の植物だ。栽培種は主に4種類あるとされている。海島綿、エジプト綿、陸地綿、アジア綿。
海島綿は中南米地域が原産とされていて、1年草の現在の栽培種が生まれ16世紀にはアフリカに伝わりエジプト綿が生まれた。また陸地綿も古くはメキシコなどで栽培されていたが、18世紀から北米で大量生産がはじまる。シロバナワタの1年草、キダチワタの多年草はどちらもエチオピア南部が原産とされている。インドでは古くモヘンジョ・ダロの遺跡から紀元前2500〜紀元前1500年の綿布が発見されたという。シロバナワタは古代、西アジアへ、そしてキダチワタはインドへと伝わって栽培され原産地では4〜6メートルほどの高木になるらしい。どちらも東南アジア一帯に広まりアジア綿と呼ばれるようになった。中国へ伝わったキダチワタから1年生のシナワタが分化して栽培されるようになりこれが日本へ伝来した。日本在来といわれる種はシロバナワタの系統だという。日本には古来、綿はなかったとされる。初めてその記録があらわれたのは孝謙天皇の時代だった。その綿は中国か朝鮮からの渡来品であったらしい。
綿が初めて日本で栽培されたのは桓武天皇の延暦18年(799)で、漂着したインド人がもたらしたとされている。けれどもこの種子は1年で絶えてしまう。その後、何度か栽培はされたが本格的に棉作のようなものが始まったのは16世紀に入ってからである。
その栽培の伝播とか種の系統を辿ってみるだけでも時代を越えた冒険心をかきたてられる。

和棉の本葉 棉の葉

和棉の葉

もうひとつは、この植物の生育する変容過程につけられた日本語の美しさに魅せられて虜になる。
通常は自家受粉した花はやがて果実となる。この状態を朔(さく、もも)= bollという。実のかたちが桃の形に似ているからだという。熟して裂けることを開絮(かいじょ)といいこれを、順次つみ採るのだ。開絮したふわふわの綿を押してみると中にかたいものがある。とてもしっかりと綿に包まれているので、それをとり出してみると黒い種子がある。繊維をつけたままの種子を実綿といい、実から種子を除いたものを繰綿、または綿花(lint)という。繊維をとりのぞいた種子のことを綿実といい、たんぱく質や油脂が含まれている。綿実油は食用油になり、そのしぼり粕は綿実粕といってすぐれた有機質肥料になる。むかしは綿を摘みとった残りの枯れ木を大切な燃料にもしていたのだという。

棉の蕾 和棉の蕾

和棉の花

和棉の朔
桃の形状をしたこの実は朔とよぶ

和棉の開絮
朔が開いたことを開絮(かいじょ)とよぶ

和棉の開絮2005年春、岩手のタイマグラへ旅をした時、出会った方から和棉の種を両手に一杯分もいただいた。blogの種子の時間でその成長記録をかいつまんで掲載した。
白い毛に覆われた棉の種。綿帽をかぶったまま地面の上に頭を出して、自分でその綿を脱ぎ去る。双葉の丸みをおびた葉の形状や新鮮な葉の色。成長するにつれて枝分かれし、夏の光と風を受けてゆれる清涼感あふれる緑の葉。やがて薄緑や淡い黄色、桃色がかった蕾ができる。芙蓉の花に似た形状の檸檬色の花びら、中央へむかって濃い小豆色の花が咲いた。1日たらずで咲き終わりぽとりと花を落とすのでもしかしたら実のらないかもしれないと不安な日を過ごした。
大蔵永常の『綿圃要務』にこんなことが書かれているのだそうだ。

すべての綿の花はもろもろの花とちがひ、皆開く事なく、半より六七分迄ひらく也。……綿は大きなる実を結ぶ故、花びら至りて核子(たね)を大切に囲ひ、存分開かず、散事なくしてしぼむ。是天道自然の妙也
(綿と木綿の歴史;武部善人 お茶の水書房)

和棉の実綿
繊維をつけたままの種子を実綿とよぶ

蕾だとばかり思っていた緑の塊は和棉の結実だった。そうしてある朝その朔が割れて、ふわふわの白い棉がぶらさがっていた。種から次の種までの間がこんなにも美しく、楽しい植物だと初めて知った喜びだった。来年は、今年収穫の実からと、前にいただいたものと両方を植えてみよう。そして今年はその特性がよくわからなくて、相手がこちらの都合にあわせてくれたぶん、もう少し相手の好みにあわせて育ててあげたいなと思う。
栽培の仕方をメモに残しておこう。
綿の生育には18度以上の温度と十分な日照が必要だ。開花前後には降水も十分必要で開花後収穫までは乾燥することが望ましい条件だ。塩分やアルカリには強いので、海岸や干拓地でも栽培ができる。酸性土壌には弱い。種子は表面を蝋物質に覆われているので地毛を除き水に浸した後にまく。
参考図書
『綿と木綿の歴史』武部善人 御茶の水書房
『シルクロードと綿』奥村正二 築地書館株式会社
平凡社大百科事典
*資料にあった「もめんいろいろ」は木綿地のサンプルノートのようでとても興味深かった。



**和綿の種を分けて育ててくれたm-louisさんが種をほしい方をサイトでcallしていた。いいことだなと思う。
和綿を来年育ててみたい方、わたしも種をお送りします。メールでお知らせください。

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