実はその昔、ある国の小さな美術学校で人物画科なるもののクラスを専攻してデッサンずくめの日々を送っていたことがある。「キミはデザインには向かない。線が有機的だから」と当時の先生に言われて、それがずっと心に残っていた。無機的なものが本来は好きで惹かれるのに、自分はまったく有機の中に取り囲まれていくし、目指すものとは真逆の方向に知らず知らずのうちに向かっているのが不思議だ。それから人物とかがなんだか苦手になってしまい、私が少なくとも撮る写真にはあまり人影とかはない。それでも、時々人を撮ることもある。理由はあんまりないが自然に撮りたくなるからだ。
2005年の5月、岩手の横沢集落へ行って、横沢隆雄さんという方を知ることになった。横沢さんは、アマチュアカメラマンとして、出身の集落を撮り続けているという。「家と人。」という岩手発の雑誌をこのことから知る機会があったのだが、そこに横沢隆雄さんの写真がいくつか掲載されていた。私は、この雑誌をすぐに取り寄せて、今手元で見ている。
いろいろな写真家の方々の人物写真をこれまでにいくつも見て来ているけれど、なぜかこれだけ心に打つものに出会ったのは初めてのような気がする。写真にはまったく詳しくない私が、静かだけれど、強いメッセージ性を感じたのはもしかしたらこれが初めてかもしれない。
それで、私も未熟ながら、気にはなりつつも、どうまとめて行ってよいやら途方に暮れていた人の横顔をここに、なんの一貫性もなくアップしてみていこうと考えた。そうしたらもしかすると、また何かがいつか見えてくるのではないかと思っている。これは、自分の行為としては非常に希なる思いつきだ。試行錯誤の過程をそのまま露出する、あからさまの未完成ページだ。 |